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夢への挑戦

ニューヨークの片隅で


城佐じょうさは倒れ込んでいた。


スラム街の住人にボコボコにされ


身も心もズタズタの状態だ。


共にニューヨークに移り住んだ


彼女にも逃げられ


持っていたものは全て失った。


希望も何も今の城佐には


一つも無かった。


そんなところに


1人の男が目の前に現れた。


「ヘイ、ユー!

おまえこんなところでなにしてる?」


大柄な男は


金髪でサングラスに


ビシッと決めた高そうなスーツ姿で


城佐に喋りかけた。


「いや、なにって、、なんか、、怖そうな

やつらに、、ボコボコにされて、、

ぶっ倒れてる、、とこだけど、、」


話すのが

やっとといった感じで城佐は声を振り絞った。


「ほぉ、、何かやらかしたんだな。お前は日本人か?あまりニューヨークを舐めないほうが良い。何をやらかしたか知らんが、とどめをさされないうちに

とっとと日本に帰ったほうが良いぞ。」


「アイノーン、、分かってるよ、、んなこと、、」


立ちあがろうとした瞬間

ふらついた。


「おい、危ないぞ!」


大柄な男は、倒れそうになる城佐を支えた。


「んっ?お前なにかスポーツをやっているか?」


「えっ?ベースボールをちょっと、、、大した選手ではないけど、、」


「身長もあるな。筋力もかなりある。

ポジションはどこだ?」


「ピッチャー、、、なんで?」


「それは良い。。おい、お前、おれと契約しろ。

ニューヨークマインズ。ヤンキースの1Aチームだ。

飯は3食出す。月給は3000ドルだ。ちょうどピッチャーが不足していたところだったんだ。チームの合宿所もある。今日からで良い。そこに住んでいいぞ。」


「いや、ウエイト、、いきなり契約って、、

ぶっ飛んでんな、、おれの経歴とか知らないのに

良いのかよ?」


「黙れ!こっちは緊急事態なんだ。とにかくピッチャーの頭数が必要なんだ。おれももう30年アメリカのベースボールチームに関わっている。身体つきを見れば大体の予想はつく。」


アメリカの野球ってこんな自由なのか?


城佐は半信半疑ながらも

この契約を承諾し大柄な男に付いていくことを決めた。


ここから城佐の奇妙な野球人生が始まっていく。





その大柄な男はプライムという

名前だった。

どうやら

ニューヨークマインズの共同オーナーらしい。


とりあえず数日後にあるゲームで先発させるということを伝えられた。


「おい、これからお前のことをジョーと呼ぶ。ジョー、お前球種は何を持ってる?」


「ストレート、スローカーブ、スライダー、ツーシーム、チェンジアップ、、そのくらいは投げれる」


城佐がそう伝えると

プライムは嬉しそうに


「よし!それだけあれば充分だ。

今シーズンお前にはフルで働いてもらうぞ!覚悟しておけよ。」


プライムはそう答えた。





数日後の試合で本当に城佐は

マウンドに立っていた。


相手はレッドソックスの1Aチーム

ブルドッグスだった。


城佐は四国の名門、高松商業でエースを張っていた経歴がある。


甲子園は未出場のものの

強豪校でエースを張っていた男の実力に見劣りは無かった。


「プライム、おれはあなたに人生を託したいと思っている。ここからの野球生活は全てを賭けて挑むつもりだ。その覚悟を見せたい。」


そう言ってマウンドに登った城佐は先頭打者の初球


相手のヘルメット目掛けて弾丸ストレートをぶち込んだ。


球速としては142キロと大したスピードボールでは無かったが

ヘルメットを狙ったストレートは勢いよく跳ね返り三塁ダッグアウトの方に転々とした。


「おい、ジャップ!!

どういうつもりだ!」


怒り狂う相手ダッグアウト。


デッドボールを受けたバッターの

サンタナもすぐに立ち上がって城佐を目掛けて走り寄ってきた。



「ヘイ!ジャップ!おまえ狙っただろう?」


怒り狂うサンタナ。


「シャラップ!!避けれないおまえが悪いんだよ!とっとと失せろ!」


両軍入り乱れての乱闘が始まった。


ニューヨークの路上に続いて

グラウンドでも城佐はボコボコにされた。


当然の如く、試合終了後に城佐はプライムに呼ばれた。


「おまえ、、、

どういうことだ?」


プライムは静かに尋ねる。


「おれはここアメリカでナンバー1になろうと思っている。大谷選手を超えようと思ってる。無名の日本人のおれがメジャーで成り上がっていくためには、相手にビビってたんじゃ始まらない。おれは今のうちからメジャーNo.1ピッチャーのつもりで投げていく。だからその覚悟を、アメリカで初めて投げる一球目に込めて、みんなに見せたかったんだ。本当に申し訳ない。謝るよ、プライム。もうやらないから、許してほしい。」


しばし沈黙の後、プライムは立ち上がった。


「勝手にやれ。」





次の日、城佐は再び先発のマウンドに登った。


昨日の大乱闘が嘘かのように

淡々と城佐は投げ続けた。


そして5回を無失点に抑えて

そのままリリーフにバトンタッチをした。


制球も抜群でヒット性の当たりもほとんど許さなかった。


「肩・肘の調子はどうだ?」


試合後にプライムと食事に出掛けた。


「だいぶ張ってますね。久しぶりの全力投球だから当然なんだけど、、」


「こんなものでケガなんかされちゃこっちは困るからな。ピッチャーはケガだけは気をつけてくれ。」


「了解。で、このチームにはコンディショニングトレーナーとかっているの?」


「あー、いるよ、腕はある。。

だが、ちょっと問題はある。。」


「なに?やべえやつなんですか?」


「イエス、、クレイジーマンだ。会えば分かる。」





マインズの練習施設


ロッカールーム近くに調整ルームがある


そこに仙人のような佇まいで1人座る老人がいる


間違いない、この老人がプライムが言ってたトレーナーだ


城佐はすぐに分かった


「あの、、、おれピッチャーなんですけど肩・肘とか、よかったら見てもらえますか?」


恐る恐る城佐は話しかけてみた。


老人はじっと城佐を見つめたと思ったら、こう言い放った



「金は?チップは?」


「えっ、、、?選手からチップ巻き上げんの??チームから報酬受け取ってねえの?」


「ガキは黙って聞いてろ!それとは別の金だよ!おれは金儲けの為に

この仕事をやってるんだ!お前もプロなら分かるだろ!」


老人はかなり荒れた口調で訴えてきた。



「金なんてねえよ!てめえ

おれら選手のことを何だと思ってんだよ!」


城佐はキレた。。。


今にも老人の胸ぐらを掴む勢いだ。


「ヘイ、ジャップ。落ち着け。

良い話がある。」


老人は静かに冷静を装うかのような口調で話しかけた。


「賭博って知ってるか?

野球賭博だ。」


「はっ?知ってるし、、

そんなものは日本で大騒ぎに

なったんだよ!やばい賭け事だろ。」


「まあ落ち着け。おれは絶対バレない方法を知ってる。知りたくないか?」


「おれはそんなことで金を稼ぎたいと思ってない!野球で大金を掴むんだ。邪魔すんじゃねえよ。もういい。あんたには頼まねえ。」


「ジャップ、待て!」


老人は城佐の腕を掴み

手首を強く押した。


「いてててて、おっさんいてえよ。」


老人の力は増していく。


「痛い痛い、なにすんだよてめえ。」


最後は痛さに耐えきれず倒れこんでしまった。


「これで大丈夫だ。明日先発だろ?」


「何が大丈夫なんだよ、、おう、明日は先発だ、、って何でおっさんおれの登板予定知ってんだ?」





ダイヤモンドバックスの傘下

エメラルド戦での一戦。


城佐は今シーズン5度目の先発マウンドに上がった。


前日まであった肩と肘の痛みが


ブルペンでは消えていた。


明らかに肩が軽い。


高校2年生でピッチャーをしていた時以来の感覚だった。


「あのおっさん、、、まさか。。」


城佐はこのエメラルド戦で


快刀乱麻のピッチングを見せた。


キレのある真っ直ぐは最速147キロをマークし


決め球であるスライダーも

面白いように決まった。


「やべえ、全盛期のマエケンみたいなスライダー投げれてる。すげえ。」


城佐は自分でも驚くようなピッチングに震えていた。


終わってみれば6回を11奪三振。

被安打1。

完全無失点に抑え切った。


「ブラボー!!」


「パーフェクト!!」


アウェイの地も何のその。

地元のエメラルドファンも


総立ちのスタンディングオーベーションでマウンドを降りる城佐を讃えた。


「いや、これはおれの実力じゃない。あのおっさんだ。。あのおっさんの昨日の調整のおかげだ。あいつ、ナニモンだ?」


試合後、城佐は老人のもとに向かった。





「おい、おっさん!昨日おれに何をしたんだ?」


「おー、昨日のジャップか。今日のピッチングはどうだった?」


「どうもなにも、めちゃくちゃ身体は動くし痛みも消えてるし、、まるで魔法にかけられたみたいだ。」


「どうやら、ベストピッチが出来たようだな。そりゃー良かった。」


「なんでおれの身体のことが分かったんだ?」


「ジャップ!それがプロだ。お前も本当にこの世界でプロを目指すなら、観客に

なんで?

どうやったらこんなプレー出来るんだ?


って思わせろ。それがプロだ。」


城佐はまだまだそんな自信は無かった。


「おっさん、昨日は悪かった。言い過ぎたよ。これは昨日のお詫びだ。受け取ってくれ。」


城佐は500ドルを差し出した。


「金に困ったときは

おれに相談に来い。」


老人はお金を受け取りながら言った。


「いや、おれはお金には困らない。

その前に成り上がるから。おっさん、これからもよろしくな。」





城佐は前半戦

16試合に登板し

12勝2敗の好成績を収めた。


老人に身体を調整されて以降の

ピッチングが特に圧巻だった。


1Aのオールスター戦にも選出され

首脳陣の評価も鰻登りに上がっていった。


そしてついにヤンキース3Aのフィッシャーズからお呼びが掛かった。


「お前はマイナーリーグで活躍するような投手じゃない。メジャーで活躍しないといけない投手だ。レベルは上がるが食らいついて頑張れ。」


プライムからも温かい激励をもらった。


「サンキュー、プライム。ところであのおっさんには今後もおれの身体診てもらっても大丈夫ですか?」


「特に問題は無い。契約上はメジャーに上がっても診てもらうことは可能だ。ただ、あの通り、腕はあるがかなり危険な男だ。くれぐれも問題だけは起こすなよ。」


「OK。分かってる。」


城佐はついに3Aの切符を掴んでみせた。





3Aのフィッシャーズでも

順調な滑り出しを見せた城佐だったが


突然、右肘に衝撃が走った。


やばい、これは腱がやられたかもしれない


城佐は嫌な予感がした。


すぐに老人に電話を入れた。


「おっさん、助けてほしい。

肘がどうもやばいっぽいんだ。


明日にでもそっち行くから診て

くれねえかな?」


「いくら用意出来る?」 


「そうだな、800ドルでどうだ?」


「もう一段階上げろ。」


「なに?1000ドルか?さすがに

高すぎないか?チップで1000ドルって、、、」


「おれも忙しい。嫌なら切るぞ。」


「待て、おっさん!分かった

分かったよ。

1000ドルで手を打とう。」


城佐は老人の要求を呑んだ。


「ちゃんと用意する。じゃあ明日、

よろしく頼む」


そう言って電話を切った城佐は

遠征先から飛行機でニューヨークに向かった。





ニューヨークに降り着いた城佐は

スターバックスで

ブラックコーヒーを飲みながら

太宰治の「走れメロス」を読んでいた。


城佐はこの本を愛読書として

よく持ち歩いている。


友人を思い、友人を信じ

でも人間の弱い部分に

打ち勝つことは出来ず


それでも諦めてはいけないという

良心を忘れず


最後はその気持ちが奇跡を起こす

という話だが


そういう人間くさいストーリーが

城佐は何よりもお気に入りだった。


そんなとき、城佐のiPhoneに

着信があった。


元恋人のリサからだった。


「どうした?」


かなり久しぶりの電話に

城佐は対応した。


「ごめん、マヒロ。

ちょっとわけあって

今ヤバいところにいるの。助けてほしい、理由は今は深く言えないんだけど、、」


またか、

この女はことごとくこのニューヨークの地で城佐の足を引っ張ってきた。


城佐がスラム街で暴行を受けたのも、このリサがその一因だった。


「勘弁してくれ。おれはもうお前とは関係ない。もう終わったんだ。連絡してこないでくれ。」


城佐がそう言うと

電話口のリサは涙声に変わった。


「マヒロしかもう頼る人がいないの。本当なの。助けて、私もう、、

お願い、助けて、、」


「もう、良い加減にしてくれよ!!」


その怒鳴り声はスターバックスのニューヨーカー達をも騒然とさせた。


城佐はリサの指定する場所に向けて


走り出した。





明らかにヤバそうな雰囲気が


漂うスラム街。


明るい街中とは一変して


煙立つような


薄暗い建物街にたどり着いた。


悪そうな奴らが


たくさんいる。


「ヘイ、ボーイ!久しぶりだな。」


リサと共に現れたのは


プライムと出会ったときに


城佐を集団リンチした首謀者


バッキオだった。


「お前、またおれにやられに来たのか?」


「違う。お前には1ミリも興味は無い。リサを返せ。」


バッキオはニヤッと笑った。


リサは城佐の前に歩み寄り


目の前でこう言い放った。


「マヒロ、、、かね。。。


お、か、ね。。」



その瞬間


城佐の中で何かが


切れた。


音が鳴るように


切れた。



「おい、待て、リサ、、、


おまえは


おまえは


またおれを騙したのか、、、」


リサは目の前に唾を吐いた。


「そうだな、、、


なんかまた野球やって


稼いでるって噂聞いたからさ、、


3,000ドルくらい?


いや、10,000ドルでも


良いかなー?」


リサは微笑みながら


城佐を煽る。



城佐は


そんなリサの前で


軽く笑顔を作って見せた。



そして、


その横に立つ


バッキオに向かって


右ストレートと左ストレートの


ワンツーをクリーンヒットさせた。


そして


猛ダッシュで


その場から駆け去った。


メロスがセリヌンティウスのもとに向かう時のように


どこまでもどこまでも


道なき道を


全速力で


これまでに経験したことの無いような


緊迫感の中で


全てを忘れて


駆け抜けていった。





どこまで走っただろう


薄暗いスラムの街を抜け


ビジネスマンで賑わうニューヨークのオフィス街まで逃げてきた。


そのとき、ハッと


城佐は我に返った。


そういえば今日は


おっさんとの約束があった。


さっきまでの異世界の戦いのことは


すぐに忘れ、また全力で老人がいるマインズの調整ルームへ向かうことにした。




「やけに遅かったな。」


老人は城佐を見るなり言った。


「申し訳ない。ちょっと悪い奴らに捕まっちまって、ひと試合戦ってきた。おれはそれどころじゃねえのに。」


城佐は約束の1,000ドルを老人に手渡した。


「約束のものだ。受け取ってくれ。」


「お前もちょっとはプロらしく

なってきたじゃねえか。」


老人はそう言うと無造作に

城佐の太腿を掴み


指に力を加えた。


「いてててててて、うおー、

いてー、、、、」


1分ほどもがき苦しんだ後


老人は手を止めた。


「終わりだ。次の試合では

また完璧なパフォーマンスが出来る身体にはなっている。

良いピッチングをして早くメジャーに行け。」


用が済むと老人は


日本酒「賀茂鶴かもづる」を片手に部屋へと閉じこもった。


「おい、おっさん、なんで

日本酒飲んでるんだ、、」



次の登板では

城佐は老人の言った通り


完璧な仕上がりとなっていた。


右肘はすっかりと痛みが消え


これまで以上にパワーアップしたようだった。


「すげえ、あのおっさん完璧だよ。」


城佐はこの試合も6回を2失点にまとめ、見事勝利投手となった。


「おっさん、ありがとな。これ置いてくぜ。」


その夜に城佐は老人の元に向かい

ネットで頼んでおいた「賀茂鶴」を手渡した。


「いらねえよ、そんなもん。くれるものは金だけでいい。感謝するなら金を持ってこい、ジャップ!」


「まあそう言うな。これもおっさんのおかげだ。」


それだけ渡すと

城佐はスタジアムを後にした。




「みーつけた。」


中古で買ったプリウスに乗り込もうとした瞬間、バッキオが目の前に現れた。


「ヘイ、ジャップ!話がある。付いて来い。」


スタジアム内で揉め事を起こしたのがバレたら城佐としてはまずいことになる。


城佐は素直にバッキオの指示に従った。


ボロボロのベンツに乗り込むと 

他に3人、チーマーのような輩がいた。


薄暗いビルに連れて行かれ


ソファに座らされた。


「おい、ジャップ!お前は

おれを殴ったよな?どう落とし前をつけるつもりだ?」


「悪かった。許してくれ。この通りだ。」


「金はあるか?リサが言ってたじゃないか。10,000ドル。10,000ドル出してみろよ。」


「無理だ。おれにそんな金があるわけない。」


「だろうな、所詮はお前は日本の落ちこぼれのクズだ。」


そこから少し間を置いて、バッキオは言った。


「おれに良い提案がある。

お前をこのままポリスに突き出す。


そうすればお前の野球の夢は終わりだ。」


城佐は笑った。


「ボケが!このままポリスに言ったところでおれが捕まるわけねえだろ。集団でおれを拉致ったのはお前らじゃねえか。本当にお前らは低知能集団だな。」


バッキオは更に笑った。


「ほぉー。。そうか、そうか、低知能。それは悪かった。低知能であるおれたちはこのくらいしか出来なかったんだから、、、」


そう言うと、仲間の一員が出したスマホから音声と映像が流れてきた。


城佐の背筋は凍りつくような感じがした。


リサに呼ばれた時の

バッキオにかました暴行の一部始終がそこに映し出されていた。


「待てよ、なんでこんなのが残ってるんだよ、、」


「あれ?低知能呼ばわりした日本の天才のきみが

理解に苦しんでいるようだねー。」


これは詰んだかもしれない。


城佐の額からは冷や汗がこぼれ落ちている。


「ただ、安心しろ。もう一つお前に選択肢を与えてやる。

野球賭博だ、

野球賭博に関与しろ。そうすれば全てのことを水に流してやる。


大丈夫、おれらはその道のプロだ。絶対バレない方法を知っている。」


またそれか、、


どこまで俺は


このアメリカの地で野球を


することが許されないのか、


野球の女神に


見放されてしまっているのか


城佐は落胆するしかなかった。


「よく聞け。野球賭博と言っても

お前が賭けるわけじゃない。賭けるのは俺たちギャングだ。お前はただ野球をしていればいいだけだ。簡単だろう?それでお前には大金が入る。」


城佐は俯いたままバッキオの話を聞いていた。


「試合中、ちょっとサインを出してほしいだけだ。あるサインを出してそれでいつも通り真剣にやってくれればそれで誰も文句は言わない。」


「そのサインって?」


城佐はやっと口を開いた。


「ランナーが得点圏に行ったときに

お前が帽子のツバを触るか

首を回す。

それが、、、


次の球はストレートというサインだ。


それだけで良い。やることはそれだけだ。」


「ほんとにそれだけで良いのか?」


「オフコース!それだけだ。」


「どうだ?簡単だろう?」


城佐は一点を見つめている。


「やってくれるか?」


「イエス。」


城佐は小さく答えた。


「よし!交渉成立だ。指示通りにお前が動いた場合、その試合のファイトマネーとして10,000ドルを渡す。」


話はこれで終わりだと言って


バッキオは上機嫌でその場を後にした。




城佐は先発のマウンドに立っていた。


バッキオとの約束は 


この試合から始まる。


城佐は試合前、誰とも会話をしないほどに緊張感を漂わせていた。


老人に施してもらった身体は


絶好調だ。


今日も普通にいけば


勝利投手を掴めると思う。


ただ、今日の試合は


これまでとは角度の変わる試合だ。


立ち上がりから城佐は飛ばした。


三振も取るし、スライダーのキレも抜群だ。


4回まで1安打も許さない快投を見せた。


このままノーヒットノーランなら

得点圏にランナーも出さないし

この試合の賭博は免れる。


そんな期待もあったが


そう甘くはない。


6回、初めてのピンチを迎える。


ノーアウト一塁二塁。


ヒットを許したランナーと

味方のフィルダースチョイスで

許したランナー。


打席には主軸を迎えた。


アレンというスラッガーである。


ここで城佐は帽子のツバを触った。


アレンがこちらを見ている時に。


スッと目が合った気がしたが


本当にアレンがストレートと分かっているのかは城佐には分からなかった。


城佐はもう迷いを消した。


外角のストライクゾーンにファストボールを投げ込んだ。


バチンッ!!!


キャッチャーミットの乾いた音が鳴り響く。。。


「ストライク!!」


城佐は少し拍子を抜かれた感じになった。


もう一度、やる。。


城佐は首を回した。ストレッチのように。


そしてまたもストレートを投げ込んだ。


「バチンッ!!」


また同じだ。。。


「ストライク!!」


アレンは手を出してこなかった。


城佐は何が起きているのか

分からなかったが


間違いなくバッキオとの約束は


果たしている。


次は何もサインを出さず


決め球のスライダーで3球勝負に行った。


鋭く滑るスライダーはボールゾーンに目掛けて落ちた。


アレンのバットは空を切る。。。


「ストライク!アウト!!」


見事に三振に打ち取った。


悔しそうな表情でアレンは


ベンチに下がって行った。


城佐は何の表情も言葉も


出てこなかった。


どうして?何が起きているんだ??




この試合、あっけなくと言っては何だが


城佐は7回を被安打1。無失点で

見事なまでに勝利を飾った。


アレンの不可解な三振は気にはなったが


城佐としては


バッキオの指示通りの動きもしたし


それでいて


絶好調の身体が


唸りを上げ


ピッチングとしても


誰からも称賛されるような


仕事を果たした。


試合後に半信半疑で


口座を確認すると


本当に10,000ドルが


振り込まれていた。


「本当に入ってる、、、


おれは打たれてないし


試合も勝ったのに。。」


この疑問は城佐には


解決出来ないものだったが


誰にも相談するわけにはいかない。


深く考えず


言われたことだけを全うすれば


良いんだと


胸にしまうことにした。


落ち着きを取り戻そうと


城佐は夜のニューヨークへ向かい


スターバックスで読書をすることにした。


スターバックスで


太宰治の「走れメロス」を


もう一度読み返すことにした。


城佐は


おれは何の為に


メジャーリーガーを目指し


何の為に野球をしているのか。


お金儲けの為?


有名になる為?


野球賭博に関わる為?


largeサイズのブラックコーヒーを


飲みながら


深く深く考えた。


「ハーイ、ジョーサ。」


誰かに声を掛けられた。


見上げると


今日対戦した


アレンだった。


「えっ、アレン?どうしてここに?」


「今日はナイスピッチングだったよ、ジョーサ。おれの完敗だ。」


「いや、そんなことはない。きみには、、、正直、、、打たれると思ってた。。。」


「意外に自信が無いんだな。あんなすごいピッチングをするのに。」


アレンは笑った。


「でも、次対戦する時は必ず打つから。おれはもう後がない。今年メジャーに行けなければ、ニューヨークのスラム街行きだ。笑

でももうあんな生活には戻りたくない。おれはここ(3A)で必ず結果を出してメジャーに上がってみせる。だから、ジョーサ。君も必ずメジャーに上がってこい。メジャーで本当の勝負をしよう!」


アレンはそう言うとお店を後にした。


城佐は「ジョーで良いよ。」という言葉を添えて「シーユーアゲイン」と言って別れた。


城佐も「走れメロス」を


閉じ、深夜のスターバックスを後にした。



その次の登板で


城佐は崩れた。


制球もままならず


四球と連打を浴び


3回被安打8、5四球で

8失点を浴びて交代した。


この試合でも城佐は


得点圏にランナーを置いた場面で


3人の打者に対して

あのサインを出した。


放ったストレートは全てストライクコースに行ったが


どの打者も手を出して来なかった。


今日の城佐のピッチングは


単純に


調整不良によるものだった。


この試合のファイトマネーも


しっかりと支払いされた。


その次の登板も


城佐の調子は上がらず


4回5失点でマウンドを降りた。


この試合でも


2打者に対してサインを送ったものの


全て手を出して来なかった。


それでもやはり


支払いはしっかりとされた。


「なにか、気持ち悪いな、、」


城佐は


野球賭博に関わりながら


それが実質、機能していないことに


不安を感じていた。


誰が得をしているのか。


バッキオの目的は何なのか。


城佐には全く見当けんとうがつかない。。。



城佐は決心する。。


そして


マインズの本拠地スタジアムへ


向かった。




「おっさん、久しぶり!」


挨拶の先は老人だった。


「ジャップか。情けねえピッチングしやがって。どっか痛めたか。」


「いや、正直これは身体というよりもおれの単純な調整不足だ。情けねえよ。」


「何の様だ?おれはお前に用は無い」


「実は、おっさんに相談があるんだ。おれがこっちで野球を始める前にニューヨークでギャングのような集団にボコボコにされたことがあるんだけど

その時のリーダー格にバッキオって奴がいて

そいつが今もおれの周りで

ウロウロしてるんだ。」


「バッキオ??」


老人は驚いたそぶりを見せた。


「おっさん、バッキオのこと知ってんのか?」


老人はしばし無言だったが

間をおいて「知らん。」と答えた。


「そうか、そのバッキオって奴が

おれに野球賭博を持ちかけてきたんだ。あるサインを出して相手打者に球種を伝える。シンプルな八百長だ。そうすればおれにファイトマネーを払うと。」


老人はピクリとも反応せず無言で聞いている。


「おれもニューヨークの件やその他のいざこざもあって、このバッキオって野郎に弱味を握られている。

だからその賭博に賛同しなければ

もうこの野球界にはいられないんだ。」


「そんなこんなでおれはこの野球賭博に手を染めてしまった。でもここからが問題なんだ。おれが八百長しても、何も起こらない。むしろそのサインが相手打者に伝わっていない気さえする。それなのにちゃんとファイトマネーは振り込まれてるんだ。」


老人は眠っているかのように

全く動かない。


「なんか気味が悪くなってさ。野球賭博なんておれは初めてだし、こんなことあるのかなと思って、、」


「おっさんもおれに野球賭博を持ちかけてきただろ?だからその筋には詳しいんだろうなと思って、、

相談出来る相手はおっさんしかいなかったんだ、、」


またも無言の反応を示したが

間をおいて老人は口を開いた。


「ジャップ、よく聞け。お前はもうこっちの世界に手を染めてしまった。もう後には戻れない。覚悟を決めてやるしかない。これからはおれの言う通りにしろ。絶対に他の誰にも相談するな。それを守れるなら、おれもお前を豚箱には入れさせない。出来るか?」


城佐は覚悟を決めた顔で

言葉を発した。


「出来る。やるしかない。おっさんの言う通りにするよ。」


老人は腕を組んだ。それが分かったという合図であることを城佐は感じ取った。


城佐は先発のマウンドに立っていた。

2試合が不調により

打ち込まれた中での


再起をかけた試合だ。


相手はレッドソックスの3A

ゴンデガス。


城佐のアメリカ初登板の初球で

ヘルメットを目掛けてぶちまけた

あのサンタナが

昇格しこのチームにいた。


先頭バッターはそのサンタナ。


目下4割に迫る勢いで打ちまくっているサンタナ。


一発もある23才は

押しも押されぬ

ゴンデガス売り出し中の若き

スラッガーだ。


城佐は

もう当てないよといった

表情で目が合ったサンタナに首を振った。


サンタナも不敵な笑みでそれに応える。


初球は外にファストボールを投げ込んだ。


右打席から


振り下ろした力強いスイングは

城佐の速球にジャストミートし


ライトスタンドに軽々と運ぶ


先頭打者アーチとなった。


「ヤーッ!!!」


一塁ベース上で


サンタナの雄叫びが聞こえた。


サンタナにやられた。


1Aで


挨拶代わりにデッドボールをお見舞いした


バッターを相手に


軽々とスタンドに運ばれてしまった。


城佐の心に火が点いた。


その後の城佐のピッチングは


これまでの2試合が嘘かのような

快投を見せつけた。


勢いのある速球と


直角に曲がるかのような

スライダーで


三振の山を築いていく。


気付けば8回まで


サンタナのホームラン以外は


誰にも走者を許さない凄まじい


ピッチングを見せ、奪三振も


15を数えた。


最終回も城佐はマウンドに登った。


先頭打者をサードのエラーで

出塁を許し、そのまま送りバントで1アウト2塁。


この試合

最終回にして初めて得点圏にランナーを置いた。


この試合は


老人と1つの約束があった。


ランナーを得点圏に置いた場合


帽子のツバを触るか


首を回すかで


次に投げるボールは遅いカーブ。



バッキオとの約束とは


真逆の約束だ。


そしてそのファイトマネーは


バッキオの倍をいく


20,000ドル。


城佐はバッキオを裏切り


老人を信じることにした。


迎えるバッターは


1番怖いバッター


サンタナだ。


その初球、城佐はサンタナが


見えるように帽子のツバに触った。


そして、、、


投じた遅いカーブ。。。


サンタナは振り抜いた。


その打球は綺麗な弧を描き


レフトスタンド中段に吸い込まれた。


試合を決定づける決勝のスリーランホームラン。


城佐は試合には負けた。


ただ、城佐が賭博に関わってから

初めて「わざと」点を許した

試合がこの試合となった。


城佐はこれまでのバッキオの時とは違う感情になっていることに気付いた。


ある意味でスッキリしたという思いが正直なところだった。


首脳陣からは


打たれてはしまったが


ナイスピッチング!と


労わる言葉を掛けられた。


城佐は早々と着替えを済まし


スタジアムを後にした。




口座を確認する。



20,000ドル。


あの老人から振り込まれていた。


そして


バッキオからの入金は無かった。


それもそのはず。

城佐はバッキオに対して契約違反をしたわけだ。


今後、バッキオから


何らかのリアクションはあるだろう。


でも城佐は


老人の、おれを信じろという


言葉を信じることにした。


1つ、おれは裏切りを犯した。


ただ、一方でもう1つ


人を信じることもした。、


何が正しいのか。


城佐はまだ正解は分からない。


ただ、


自分が信じたい道へ、


信じたい人を信じるという


選択をした。


これがこの先


良かったと言えるのか、


後悔をするのか。


今の城佐には分からない。


ただ


今は老人を信じて野球を続けるしかない。


城佐は心に刻み


固い決心を持って


戦い続けることを決めた。




案の定、バッキオから


電話が入った。


「約束を破ったな」


「待て、でも

お前の目的が分からなかった、、

なぜ相手は手を出してこない、」


「おれはお前にサインを送って

ストレートを投げろと言っただけだ。それ以外の約束はしていない」


城佐は沈黙した。


「これで契約破棄だ。お前の野球人生はこれで終了だ。ご苦労さん」


「何をする気だ?」


「はっ?言っただろ?ポリスにぶち込む。お前との会話は全て録音してあるからな。お前が野球賭博に関わったことは紛れもない事実だ。お前はもう逃げられない。」


バッキオはそう言って立ち去っていった。



「おっさん、聞こえてたか?」


「もちろんだ。」


城佐は2つ目のスマホで

バッキオとの会話のやりとりを


老人に伝えていた。


「あとはおれの仕事だ。ジャップ!お前は何事も無いようにトレーニングに集中しろ。」


「サンキュー、おっさん。なんかおれにはよく分かんねえことだらけだけど難しいことは全部おっさんに任せるわ。よろしくな!」


城佐はトレーニングへと向かった。




次の日の朝。。。

衝撃のニュースが入ってきた。


バッキオ容疑者


野球賭博容疑及び野球選手への恐喝の疑いで逮捕。


バッキオ容疑者は

メジャーリーグ傘下3Aリーグにおいて、AチームB投手に対して野球賭博の関与を持ちかけ


八百長の指示をした疑いが持たれている。


それを拒んだB投手に対して恐喝をした疑いで逮捕された。


同容疑者は容疑を否認しているという。


ネットニュース、そしてアメリカ中の民法各局が大々的にこのニュースを報じた。


城佐はそのニュースを見ながら


片手に持ったコーヒーカップの

手が震えた。


「まじかよ。。。こんなに早く展開していくのか、、、

B投手は


間違いなくおれのことだよな、、、」



城佐は震えた。



老人を信じて

老人の言うことに

絶対的に服従しようと信じて


ここまで来ているが


それでも不安や老人に対する

信頼は100では無かった。


本当におれは大丈夫なのか?


老人は裏切ったりしないのか?


城佐は震えるほど心配をしていた。


城佐は思わず


老人に電話を掛けた。


プルルル


プルルル


プルルル。。。。


出ない。。。



大丈夫だろうか、、、


城佐は


それ以上


どうすることも出来なかった。。。




老人との連絡は取れないまま


城佐は警察からの取り調べも受けた。


バッキオとの関係性や


野球賭博を持ちかけられたこと。


バッキオとの約束と反した行動を取ったことや


その後に脅しを受けたことなども


話した。


ただ、一つだけ。。


老人のことだけは


一切口にしなかった。


老人のことを口に出してしまったら


絶対にまずいと感じた。


老人を裏切ることになってしまうかもしれない。


城佐は老人への話の展開に進まないよう心がけて


取り調べに対応した。


捜査が進んでいくにつれ、


バッキオが野球賭博を持ちかけ


城佐は拒んだものの


無理やり契約をさせられ


実際の試合においても


城佐は一切


バッキオの指示通りに


動かなかったという


方向性で


まとまっていった。


城佐自身の野球賭博への


容疑はシロの方向で進んで行った。


このまま逃げ続けれるだろうか。。。


城佐は不安を残しながらも


トレーニングは欠かさず行い


登板も予定通りこなし


普段と変わらないような生活を


続けて行った。


ただ、一つだけ。。。


老人とはあれ以来


一切の連絡が途絶えてしまっていた。。。




3Aでの登板を終えて

ロッカールームで一息ついた

矢先


またも城佐にビッグニュースが飛び込んできた。。。


「ニューヨークヤンキース傘下

1Aのマインズオーナー

プライム氏

電撃逮捕。。。」


チームに衝撃が走った。。。


何が起きたのか?


城佐は事態を飲み込むことが


出来なかった。


更に城佐に追い打ちをかける

追報。。。


「プライム氏が野球賭博に関わった容疑の模様」


えっ、、


プライムが野球賭博に??


それは何かの間違いではないのか?


城佐は混乱した。


少なくともおれとバッキオの件ではプライムは全く関わりがないし


野球賭博の話さえ


城佐はプライムとしたことがない。


別件なのか?


城佐には事を理解することが出来なかった。


少なくとも


1Aのオーナーとは言え


今いる3Aのフィッシャーズも


チームとして大混乱をした。


慌ただしくスタッフが


マスコミ等の対応を行う。


チームに大きな緊張感が漂っている。


老人に助けを求めてから


ほんの数日で事態が急展開を見せている。


「おっさん、どうなってんだよ。。

どこにいんだよ、、

早く出てきて話を聞かせてくれよ、、」


城佐はただただそこに立ちすくむことしか出来なかった。




ここは日本の広島県尾道市。


昔ながらの暖簾のれんが、かかる古びたラーメン屋で

外国人風の老人が餃子と日本酒を

食している。


「グロス、賀茂鶴のおかわりは?」


「あー、頼む」


店の大将らしき男からお酌を受ける。


「さて、ここからだな。」


「おー、競馬か?競輪か?頑張って

儲けてきなよ。」


大将がグロスという男に話しかける。


2人は昔からの仲のようだ。


「大将、大将、、あの怪しい外国人、、誰なの?」


店の常連のような男が小さな声で大将に話しかける。


「あー、グロスね、グロス・サンドリーノ。元カープの助っ人外国人だよ。」


常連は驚いた表情を見せた。


「選手としてはイマイチだったが

その後、メキシコでメジャーリーガーの代理人になったり

その世界ではかなり有能だったらしいよ。トレーナーの資格も持ってたし、野球の全てを知るスペシャリストだったらしい。実は彼は日本生まれで幼少期は広島で育ったんだ。今は海外暮らしだけど

こうやってたまに広島に帰ってきてうちの店にも顔を出してくれるんだよ。なんせ、昔から日本酒をよく飲む。しかも決まって広島の名酒、賀茂鶴が大のお気に入りだ。」


大将は得意げに言葉を並べた。


グロスというその老人は

静かに賀茂鶴をすすった。




相変わらず

チームのフィッシャーズ周辺も慌ただしかった。


1Aのマインズのオーナーが

野球賭博の容疑で逮捕となったことで3Aのフィッシャーズや

トップチームのヤンキースまでもが組織ぐるみで野球賭博に関与しているのではないかと

マスコミ含め

全米のみならず世界的に大きな注目を集めるニュースとなっていた。


城佐についてもマスコミは執拗に追いかけた。


ただ、不思議と警察から城佐にしつこく捜査が及ぶことは無かった。


城佐としてはそれだけは

救われる思いだった。


ニュースやチーム関係者の話も

城佐の耳には多く入ってきた。


警察のみならずFBIもこの捜査に

大きく足を踏み入れているという情報も入ってきた。


中でも城佐にとって大きな衝撃を受けた情報が


3Aで野球賭博に関与した相手となったアレンとサンタナの証言だった。


アレンに対してはバッキオの指示通りにサインを出し、三振に打ち取った。


サンタナに対しては老人の指示通りにサインを出し、スタンドに運ばれた。


結果は大きく違ったが

この2人のバッターはマインズオーナーである

プライムから指示を受け

野球賭博を実行したとのことだった。


アレンの証言。

「おれはマインズのオーナーを名乗るプライム氏から賭博を持ちかけられた。フィッシャーズの投手が帽子のツバを触るか首を回せば変化球が来る。それを打てと言われた。それを実行すれば10,000ドル振り込むと言われたんだ。でも実際に試合ではその逆の球種が来ておれは打てなかった。騙されたと思った。」


サンタナの証言。

「マインズのオーナーのプライム氏に賭博を持ちかけられたのは間違いない。フィッシャーズの投手が

帽子のツバを触るか首を回すかをすると変化球が来る。それを打つように言われた。半信半疑だったけどそれを信じて打席に臨んだ。その通りに来て、おれはホームランを打つことが出来た。約束通り10,000ドルの報酬ももらった。」


この証言により

アレンとサンタナも野球賭博への

関与が明らかとなり

メジャーリーグ全体が揺れ動く

大きな事件に発展していった。





城佐は3Aでの登板を続けていた。


肩肘に疲労が溜まり


本当なら老人に調整をお願いしているところだが


老人との連絡は途絶えてしまっている。


どこにいるかも分からない。


メンテナンス不足ながらも


城佐はピッチングを続けるしかない状況だった。


ロッカールームで休んでいると


プルルル


プルルル


電話が鳴った。


相手は、、、、


老人からだった。




「おっさん!!!いまどこにいるんだ?」


大きな声がロッカールームに響き渡った。


「ジャップ!元気か?


よく聞け。。。


お前の母国には


日本酒という貴重なお酒があるだろう。


日本酒を甘く見るなよ。


あのお酒はどんな飲み物よりも


貴重な飲み物だ。


いわば聖水だ。


そして俺が最も好む日本酒はなんだ?」



「えっ?


か、、、

賀茂鶴だろ。。?」


城佐は小さく呟いた。



「おー、さすがジャップだ。。。

そう、賀茂鶴だ。


賀茂鶴はおれを育ててくれた

聖水だ。。。


外国人のおれを


賀茂鶴が広島で迎えてくれた。


賀茂鶴というお酒は


おれにとって切っても切れない


大切な仲間だ。


いいか、ジャップ!


お前はこの日本酒


賀茂鶴のように


綺麗で透明な 


人間でいろ!


そうすれば必ずお前に光が訪れる。


分かったか?


お前は綺麗な存在で居続けろ。


それがお前へのおれからの


最後の命令だ。


いいか?お前は必ずメジャーでトップに立てる男だ。


日本を、日本野球を


お前の力でもっと押し上げろ!


分かったか?


おれを探す暇があったら


トレーニングしろ。


もうお前におれは必要ない。


これからはお前の力で


メジャーに上がってみせろ。


おれは必ずどこかで見ている。


頑張れ。。。。


また


どこかで会おう。。。」





電話は切れた。



城佐は何も言えなかった。。。


ただ、ただ、


老人と話せた嬉しさと


老人と別れてしまう怖さが


城佐の周りを交錯していた。。。





段々と事件の真相が明るみになってきた。


この一連の野球賭博の首謀者は

なんと、マインズオーナーであり

城佐をアメリカ野球に導いてくれた男、プライムだった。


プライムをリーダーとした

野球賭博関連のグループが発足され、その中にバッキオがいた。


バッキオが城佐に出した指示では

試合の結果にあまり影響を及ぼさなかった。

ただ、これはプライムの思惑通りだった。


ヤンキース傘下で力投を続けていた城佐の価値を高めるため

あえて城佐が打たれないように仕掛けたわけだ。


そして、この状態を続けていければ城佐はゆくゆくはメジャーに上がる。


メジャーに上がり、ヤンキースで活躍すればFA市場でも目玉となる。


そこまで城佐を野放しにしておいて他球団へ移籍し

プライムとは関係が無くなったときを待って


プライムは一連の野球賭博に関わった城佐をマスコミにリークし

警察にぶち込むというとんでもない計画を立てていたのだ。


おそらくは

プライムは大元のヤンキースのオーナーともこの話でまとまっており、多額の移籍金をバックとして受け取る約束でもしていたのだろう。


城佐はこの事実にショックを隠せなかった。


「最初から、、最初からそのつもりでおれをアメリカの野球に誘い込んだのか、、

プライム、、、

信じていたのに、、


なんてひどいことを、、、」


城佐はこの一部始終を通して


全てが繋がった気がした。


この動きを

全て読んで

FBIや警察にリークした人物がいるはず。


相談してからというもの

姿を消し


サインによって打たれなかったはずの球が打たれてしまい


プライムの計画を全て台無しに

させた男。


そんなことが出来る人物は


そう、おっさんしかいない。。


あの老人がFBIや警察に


全てをリークしたことは


想像に難しくなかった。


そして


結果として


野球賭博に関わったはずの


城佐が


なんのお咎めもなく


野球を続けられていること。


全ては


老人の行動が


そうさせた。


城佐は言葉を失った。





メジャーリーグを揺るがした

とんでもない野球賭博事件は


ヤンキースが組織ぐるみで行った

事件ということで


連日大きく報道された。


しかしながら


選手としては多くの罪人を出すことなく


基本的にはマインズオーナーの

プライムがこの事件の核となっていたことが分かったことで


城佐以外のチームのメンバーが

警察に放り込まれるようなこともなかった。


よって今後も

城佐はこれまで通りプレーを

続けていけることが決まった。


しかし城佐のコンディションは万全ではなく


肩肘の痛みも出始め


そことの戦いがここからは重要だった。


そんなとき


城佐の携帯が鳴った。


その相手は、、、




リサからだった。。。






城佐は一瞬戸惑ったが


一応出てみることにした。


久しぶりの相手だ。


「はい、、」


「マヒロ、元気?


今チームも大変だよね、


そんなときにごめんね。」


「どうした?何かあったのか?」


「実はある人から


お願いをされていて、、


マヒロのコンディションが


良くないから


調整をするようにと頼まれたの。。


ちょっと、その人の名前は言えないんだけど、、」


そうだった。


リサは元々、整体の資格を持っていてアメリカにも


その技術を学びに来たんだった。


城佐自身は特に目的無く


リサに付いてきた格好だったのだが


リサの目的意識は強く


その思いの強さは城佐も


尊敬するほどだった。


「私、実はマヒロと別れた後も


こっちの学校に通って


国際的な資格も取得したの。


この仕事だけは真剣にやりたい気持ちは変わらなかったから


こっちでもそれなりの調整は

出来る自信を持ってる。


だからマヒロ、


本当にもう信じてもらえないかも


しれないけど


私にマヒロの調整を任せてくれないかな?


私はマヒロをメジャーリーグで活躍させる自信はある。」



ついこの間まで


元彼の城佐を追いつめに追いつめ


大きく裏切った人間であることは


間違いない。


ただ、今目の前で


城佐を見つめるリサの目は


真剣そのもので、


そこに何か企みや悪意は


全くもって感じさせないものだった。


日本にいた時から


リサの整体技術には


一目置いていたのもまた事実だった。


少しの間を置いて


城佐は答えた。


「おれの好きな小説知ってる?」


「うん、太宰治。。走れメロスでしょ?」


「覚えてくれてたんだな。

メロスは親友のセリヌンティウスのことを信じて、信じれないこともあったけどそれでも最後は信じて、願いを叶えたんだ。

おれは常々、メロスでありたいと思ってる。メロスのように勇敢に立ち向かう、周りの人を信じる人でありたいんだ。」


リサの真剣な表情は変わらない。


「だからおれはリサを信じようと思う。そして3Aで活躍し

メジャーに行く。今回の野球賭博で捕まってしまったアレンやサンタナの分までおれはやらないといけないんだ。彼らは悪でおれが正義じゃない。みんな一緒なんだ、ここで戦ってる選手達は。

みんながこのアメリカでの成功を夢見て戦ってるんだ。

リサ、きみの気持ちが本当ならば


おれと一緒にアメリカで

ヤンキースタジアムで


一緒に勝利する瞬間まで


おれのことを見てほしい。


必ず、おれはそれを実現させる。


その為に


きみの力を借りたい。」


大きく深呼吸をして


リサを見つめた。


リサは涙を浮かべながら


無言で城佐を見つめながら


何度も何度も頷いた。


ニューヨークにある大きな時計台の針は夜中の12時を指していた。





コンディション不良により

不調が続いていた城佐のピッチングだったが


リサという救世主の出現で

城佐のコンディションは大きく変化した。


老人のような、一発で仕留めるような調整法では無かったが

城佐の身体を徹底的に分析し

データや理論に基づいた施術で

城佐の身体をベストコンディションに近づけていった。


「どう?」


「いや、これまで肩も肘も痛みが強くて、投げてても痛みとの勝負をしている部分があったんだけど

今はもうその痛みは消えたよ。これなら全力のパフォーマンスを見せていけそうだ。ありがとう、リサ。」


「いいえ。あとは結果を残すだけね。頑張ってね。」


その言葉を受けて

城佐はマウンドに立った。


真っ直ぐの球威も戻り

決め球のスライダーの切れ味も

今まで以上とも思えるような

球に生まれ変わった。


「すげえな、、おっさんもすごかったけど、リサもまたそのレベルかもしれない、、本当にすごい、、」


城佐は信じれないような気持ちの中で、ベストピッチを続けた。


終わってみれば

7回を無失点。

奪三振12。

被安打3の快投を見せた。


圧巻の投球にフィッシャーズホーム球場のファンは

城佐にスタンディングオーベーションを送った。


「ジョーサ、ワンダフル!!」


「ユーアー、ナンバーワン!!」


城佐もその大歓声に両手を大きく上げて答えた。


観衆の中でリサも静かにこのベストピッチの余韻に浸っていた。





その後の先発マウンドでも

城佐は快投を続け


3Aとしては

トップクラスの数字を残し続けた。


そして城佐は


ついに監督に呼ばれた。


「ジョー、きみには大切な人はいるかい?」


「イエス。います。」


「その人は信頼出来る人かい?」


「はい。今はとても、、」


「その人に今、電話をかけることは

出来る?」


「出来ます、いまかけてみます。」



プルルル


プルルル



「マヒロ、どうしたの?今日は

監督と大切な話があるって言ってたよね、、どうしたの?」


「リサ、今おれは監督室だ、、

ちょっと待って。」


「ハーイ、リサ!きみに報告がある。きみの大切な人が

今日からヤンキースの一員になった。おめでとう!心から祝福するよ。これからも2人で共に

ヤンキースで勝利を掴めるように

頑張ってほしい。陰ながら応援しているよ。」


監督の粋なサプライズともあって


城佐もリサも呆気に取られてしまった感はあったが


徐々に嬉しさが込み上げて


城佐も電話越しのリサも喜びを爆発させた。


城佐もフィッシャーズで共に戦ってきた監督と固い握手を交わし

メジャーでの活躍を約束した。


「リサ、ありがとう。ここまで来れたのはきみのおかげだ。これからもよろしく頼むよ。」


「マヒロ、こちらこそ私を信じてくれてありがとう。もう私はマヒロを裏切ったりしない。これからも信じてね。こちらこそよろしくね。」


城佐は日本人選手として、そして

日本のプロ野球を経由せず

メジャーリーグの末端のリーグからの生え抜き選手として

紆余曲折、たくさんの信頼や裏切りを経験しながら

メジャーリーグの切符を掴み取った。


まさにこれはアメリカンドリームだ。


城佐は思った。


「諦めずに

人を信じて


たとえ人を信じれなくなるときが


来たとしても


それでも


人を信じて


自分の信じる道に


向かって


進んでいれば


必ず光が訪れる。


暗闇の中に


光を見つけることが出来る。


ただ、これは


1人の力じゃない。


周りの信じた人が


おれのことも信じてくれたから


見つけることが出来たんだ。


おれは


これからも


人を信じる


メロスでいたい。」




城佐は


階段を登り


ヤンキースの


聖地グラウンド


立った。




〜第一章〜





































 





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