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ガチャガチャとドアのカギを乱暴に開けた枢は、陽の細い手首を掴んで寝室へと連れて行く。電気もつけずに真っ暗な寝室のベッドに枢は腰掛け、陽は寝室のドアの前で健気に待っていた。
「……どうしたい?Switchする?」
「ううん……今日はSubでいたい気分…」
「じゃあ……〈Kneel〉」
陽は既にとろんとした顔のまま、ベッドに座る枢に近づいて床にぺたんと座り込む。上から眺めると、大きめのサイズのTシャツからは陽の鎖骨はおろか胸まで見えてしまいそうで、ドッと熱が高まった。その熱を一気に解放せず抑え込み、枢はベッドの端に腰掛ける。次のコマンドを待っている期待に満ちた顔の陽の細い顎を持ち上げた。
「…… 〈Come〉」
陽は本当に今まで経験がなかったのか?と思うくらい、従順だし何でもしてくれる。学校で中途半端に触れてしまった熱をなんとかしたい、と思っているであろう彼がコマンド通り枢の膝の上に座ってぎゅっと抱きついてきた。
「……真夜くんとは、Domとして会ってきた?Subとして会ってきた?」
「だから、そんなんじゃないですって…久しぶりだねって話しただけですよ」
「ふうん……おれを置いて?」
「嫉妬ですか?可愛い。遅くなってごめんなさい」
「ん……なにしてるのかなって、しんぱいした…重い?」
「全然。もっと束縛してください」
怒っているというより、嫉妬して拗ねている陽の機嫌を取るように口付けると、彼は枢の頬を撫でて「もう怒ってない」と許してくれた。そんな優しいところが好きだなと愛しさが込み上げてきて、また小さくキスをした。
「真夜くん、日暮先生と復縁したらしいですね」
「そういえば、真白がそんなこと言ってたかも…」
「さっき真夜くんと会って同棲を始めたって聞きました。それと、慧至さんの店で働き始めたって」
「それ、おれも聞いてた。真夜くんから一時期敵視されてたけど、今は仲良くなれたらいいなと思ってる。同じSub同士だし……」
「でも、そんなSubの真夜くんに怒ってたのはどこの陽さんですっけ?」
「もう意地悪言わないで、星先生のばか」
枢に指摘されて顔を赤くする陽は、恥ずかしいといったように枢の首筋に顔を埋めて隠れてしまう。彼を悲しませるようなことはしたくないけれど、こんなに可愛い陽が見られたのだから真夜には感謝しないといけないな、とぼんやり思った。まぁ、陽と真夜が仲良くなったら、今度は枢のほうが嫉妬しそうだけれど。
「ヒナ、〈Kiss〉」
「え?なに、急にどうしたの」
「なんか、こう……嫉妬しました」
「あはっ、いきなり何に嫉妬したの、枢」
陽が真夜や慧至と仲良くなって、枢のことを置いてけぼりにするのではなんて想像して嫉妬しました、と言うのは恥ずかしい。つくづく自分はDomっぽくないなと苦笑した。でも、陽にはそういう自分も知ってほしい。嫌われたくないと思うけれど、これも星枢なのだと全てを知った上で、できることなら丸ごと陽から愛されたいなんていうわがままが溢れてきた。
「あなたが、真夜くんや慧至さんと仲良くなったら…俺のことなんてどうでも良くなるかもって……」
素直にそう告白すると、陽は驚いた顔をした後にくすくす笑い始める。先程まで『Sub』の顔だったのに、枢の頭を子供のように撫でる彼のほうがやっぱり精神的には大人だし『Dom』でもあるのだなと改めて思った。
「どうでも良くなるわけないじゃん。何年、おれが枢を好きだったと思ってるの」
「そ、それはそうですけど、例えばの話です!」
「例えでもなんでも、ないことはないよ。どれだけ、誰と仲良くなっても、おれは枢を優先すると思う。だってやっと、恋人になったんだから」
枢を蔑ろにするなんてあり得ない、と陽は笑う。
それだけで胸の中がぽかぽかと暖かくなって、ああ、これが愛おしさなのか、と納得した。それと同時に本当に自分の恋が実っていることに何だか泣けてきて、目の奥がツンっとしてくる。目元がじわりと染まってしまったのか、それに気がついた陽が優しく目元を撫でてくれた。
「おれたちは"恋"をしてるんだよ、枢。これからもずっと、その恋を続けていく。そう思ってるのはおれだけじゃないよね?」
そういうふうに言ってくれる陽の体をぎゅっと抱きしめる。まるで一つになってしまうのではないか、というように強く強く抱きしめると、背中に腕が回って陽も枢を受け入れてくれた。
「俺は、どうしようもなく、あなたを愛しています。これからもずっと、変わりません……」
唇だけではなく顔中にキスの雨を降らせ、陽をゆっくりと押し倒す。彼は嬉しそうに微笑みながら枢を見上げていて、自分は陽に愛されているのだなと、自意識過剰かもしれないがそう思って胸が締め付けられた。
「〈Come〉、かなめ……」
今の陽にDomとしてのコマンドの効力はないけれど、彼にそう言われると自分の中が満たされる。お互いがお互いにとって唯一のDomでありSubであることを、誇りに思った。




