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真っ赤になっている陽を抱きしめながら、きっと自分の暴れ狂っている心臓の音が彼に聞こえているだろうなと苦笑する。でも、もうバレてもいい。陽にはちゃんと言葉と態度で示さないと、逃げられてしまうのが分かったから。
「もう、朝霧先生、それって答えですよね?」
「こたえ?」
「俺の告白に対する答え、ですよね……?」
こつんと額をくっつけて見つめると、大きな瞳をうるうるさせている陽の指が枢の唇をなぞり「コマンド出して…」と呟く。コマンドを出して彼の心を暴きたいのは山々だったけれど、今はそれじゃダメなのだ。
「これは、朝霧先生の言葉で言ってくれないとダメだよ。コマンドを使って無理に言わせるのは本心だけど、本心じゃない。……俺の言いたいこと、分かりますよね?」
枢の返事が気に食わなかったのか陽は唇を噛みながら抗議するように見つめてくるが、そんな彼の機嫌を取るように口付けるとすぐに顔が綻ぶ。ただ、自分の本心を言うのが恥ずかしいだけなのだろう。
いつも『愛してる』を言う時はSub Spaceに入って頭がふわふわしている状態なので、コマンドも何もなく正気な時に言い辛いだけ。でも、言ってもらわないと、この先に進みたいのに進めなくなるのだ。これから新たに、改めて関係を進めていくなら、陽からの言葉は必要なのである。
「……愛してる、枢。おれのDomで、Subで、恋人になってくれる…?」
パートナーのDomでありSubであり恋人になるなんて、全てを網羅しているのは自分たちくらいじゃないか?
そう思うとやっぱり、運命なんてものもあるのかなと思ってしまう。陽と枢はお互いのために生まれてきたのかもしれない、と。
「うん、パートナーにも恋人にもなります。嬉しい……今日から俺は朝霧先生の特別ですね」
「改めて言うと恥ずかしいけど…おれたちはお互い、特別な関係です、ね」
心が通じ合って初めて、甘いキスをした。
言葉がなくてもコマンドがなくても、合わせた唇から全身に巡ってくるこの温かさを『愛』というのだろう。
「かなめ……」
「ん?」
「ちょっとだけ、もうすこし、Playしたい…だめ?」
「いいですけど、体の調子は?」
「調子がよくなるために、ちょっとだけしたい…」
Playをしたい、なんて可愛いおねだりを自分のSubからされて、断れるDomなんていないだろう。確かに今の不調を改善するにはPlayが必要だ。でも、なんだかすごく緊張した。恋人同士になってからするPlayは、今までとどう違うのだろう?心が満たされすぎて失神してしまうかもしれないな、なんてバカなことを心配した。
「とりあえず…〈Good Boy〉、ヒナ。俺のことをたくさん考えてくれてありがとう」
「ん……。あ、そうだ、待って。セーフワード変えないと」
「……確かに。〈愛してる〉はたちが悪すぎるから」
「普段は言わないけど、パッと言える言葉だったから……枢相手なら…」
「それなら、まぁ、許すけど……」
「ふふ。じゃあ新しいセーフワードは〈レッド〉にしようかな。そうだ、枢のセーフワードは〈ブルー〉にしよ?お揃い感があるし」
「ふは、お揃い感って……にしても、また随分と普通の言葉になりましたね」
「短い言葉のほうがいいから、本当は」
「……あのセーフワード、わざとだったんですか?」
そう聞くと、陽はぺろりと唇を舐める。もう陽の本心は彼の口から確認したので、これ以降は意地悪をしても許されるだろう。
「ヒナ。〈Speak〉」
「もう、分かってるくせに……枢に言えないことを、セーフワードにしたんだよ…。でも、セーフワードにしたら悲しかった。枢に〈愛してる〉って言ってるのに、拒否してるみたいで……」
「俺に言いたいことなのに、拒否してるみたいで辛かった?」
「うん。セーフワードを言うことで、おれが枢を拒否したと思われるのが怖かった」
「じゃあ、これからはたくさん言ってくださいね」
「え?」
「セーフワードもちゃんと使って欲しいけど、今度からは俺に向けての"愛してる"をたくさん言って欲しいから……」
そう言うと、陽のとろんとした瞳の中にハートが宿るのが分かる。このハートが宿ると、彼の中が枢で『満たされている』合図なのだろうなと思うと、枢の支配欲もじわじわと落ち着いてくる……かと思いきや、陽をもっともっと満たしたいという欲求に駆られる、面倒くさいDomなのだ。
「愛してる、枢……」
「……っはい、」
「……枢の腕の中に、おれのことを閉じ込めてて…おれはこれからずっと、枢のものだから」
陽の両手で頬を包み込まれ、目線を合わせると情けなくも泣きそうになった。そうしてやっと、枢は陽のもので、陽は枢のものなのだなと実感できた。
「……愛してる、陽。あなたの全部を俺にください」
陽からの返事を待たずにキスをして口を塞ぐと、陽の腕が首に巻きついてくる。まるで体が溶け合って一つになってしまいそうなほど深く抱きしめて、深い愛の海に身を投げた。
そうして夜明けを迎えたとき。
この腕の中に陽がいることを、強く願った。




