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陽の家に入り、体調が悪そうな彼をベッドに寝かせると、彼はふぅっと小さく息を吐きながら安心したように目を閉じる。とりあえず水を持ってこようと寝室を離れようとしたのだが、冷たい手に腕を引かれた。
「かなめ……」
まだぼんやりとしているが、陽がうっすらと目を開けてこちらを見ている。その顔が『行かないで』と言っているようで、枢はキッチンに行くのをやめてベッドに近づいた。ベッドの脇に腰掛けて陽の髪の毛をゆっくり梳いてやると、彼は心地よさそうにまた目を瞑った。
「大丈夫ですか?真夜くんの声が聞こえて驚きましたよ……」
「ちょっと…我慢、しすぎたかもしれません……」
「……どうしてこうなる前に来てくれなかったんですか」
「すみません……、いろいろ考えてたから」
寝不足でクマができている目元をなぞって、くしゃりと頭を撫でる。もう片方の手で陽の手を握っていると、冷たくなっていた体温がじわじわと戻ってくる感覚がした。握っている手に顔をすり寄せて、こつんと自分の額にくっつける陽は枢の体温に安心したように笑みを浮かべていた。
「………何もしないから、抱きしめても、いいですか?」
「…何もって、抱きしめるんでしょ……?」
「ダメなら、しないです、けど……」
「ダメじゃないよ、お願いします」
本当はPlayをしたほうが楽になれるとは思うけれど、今の陽に無理強いしたくなかったのだ。ただ、少しでも症状が軽くなるように、ベッドの中に入った後「〈Come〉」と軽いコマンドを出すと、陽が腕を伸ばしてきゅっと枢に抱きついた。
「星先生が側にいてくれると、安心する……」
「それなら、よかったです」
「ごめんなさい、メッセージとか無視してて」
「大丈夫です。俺のほうこそ、この前はすみませんでした」
「なんで星先生が謝るの?」
「だって、やりすぎたかなと思って…怖がらせたんじゃないかなと……」
陽を抱きしめながらしゅんとしていると、彼はくすくす笑いながら枢の後頭部を撫でてくれる。「そんなことないですよ」と言う陽に、じゃあどうして無視したの、と言いたくなる自分はやはりまだまだ子供だろうか。
「おれのほうが星先生を怖がらせたというか、困らせたんじゃないかなって思ってたんです…」
「え、なんで朝霧先生が……?」
「だって、困るでしょう、普通……あ、愛してる、とか…」
枢の腕の中で真っ赤になっている陽を見て、ずきゅんっと胸を射抜かれた。
あの時の陽はSub Spaceに入っていて、あまり覚えていないのだろうか。枢の記憶では愛してると言い合ったのだが、陽はよく覚えていないのかもしれない。自分だけが枢に愛してると言ったのかも、と恥ずかしくなってしまったのだろう。
「サブスペに入ってたから覚えてないのかもしれませんけど……お互いに言ったの、覚えてませんか?」
「え?」
「それに俺はダイナミクスは関係なく朝霧陽を愛してる、って。嬉しそうにしてましたけど、覚えてない?」
「そ、いえば…言ってた気がする……。で、でも、おれ…星先生のSub性を無理矢理引き出しちゃったし…いやだろ、そんなの!ずっとDomとして生きてきたのに、突然そんな…!」
「もちろん、朝霧先生以外のDomは願い下げですけど…Subも悪くないですよ。あなたにコマンドを出されると、嬉しい。俺は朝霧先生のものなんだって実感して、幸せな気持ちになります」
ちゅ、と頭に唇を落とす。
枢の言葉に陽は耳も首もうなじも真っ赤にさせて、ぷるぷる震えていた。自分のDomの欲求が抑えられずに枢のSubを開花させてしまったことを気に病んで、合わせる顔がなかったのだろう。それに、真白の言っていた通り、陽はただ照れて恥ずかしがっていただけなのだ。




