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「好きです、好きなんです。愛してる、陽……」
何度も何度も大切そうにそう呟きながら、優しく陽に触れる枢の顔を見て心臓が止まるかと思った。あまりにも険しく、欲まみれの顔をしている彼の顔。今の枢は完全に陽のことしか見ていないし、考えていない。それが分かると背筋にぞわりと興奮が走り、小さな心臓は愛で満たされた。
枢がそんな顔を、してくれるなんて。
陽が欲しくてたまらないというような様子の枢に、今までぽっかり開いていた穴が塞がっていくような気がした。Subとして彼に支配されていた時もすごく満たされていたが、Domとしても彼を支配してやっと、陽の中の凶暴な欲求が満たされたのだ。
陽の心が満たされた後に押し寄せてきたのは、自分のDomにちゃんとSubとして支配されたいということ。
「かなめ……」
「ん?」
「〈Switch〉しよ……」
「え、」
枢の腕をなぞって目を見つめると、自分の中からじわじわとDomの欲求が消えていく。その代わり、ものすごく枢に支配されたくなって、自分勝手に役割を『交代』してしまった。
「……なんか、自分の中が一瞬で変わる感覚って、変な気分ですね」
「あー、うん、そうだよね……」
「ヒナは今まで、Domとして俺を"支配"したかったの?」
「Domとしてっていうか……支配されたいし、支配したかった。とにかく、枢を…おれのものにしたくて……」
「じゃあ、今は?Switchした理由は?〈Say〉」
「っあ、かなめに、Subのおれを愛してほしいから……!」
陽を見下ろしたままの枢が口元に笑みを浮かべて、前髪をかき上げる。やっぱり自分は生まれながらのSubである。たまたまDomのコマンドが使えるだけで、本当のDomなんかじゃない。
この男のSubなんだと、思わされる。
枢に支配されたいと、それが幸福なんだと願う自分の頭の中はとろとろに蕩けてしまっているのかもしれない。これがいわゆる『恋愛脳』とか『恋は盲目』ってやつなのだろう。
「俺は、SubのヒナでもDomのヒナでも、どっちでも愛してます。ダイナミクスなんて関係ない。朝霧陽を愛してます」
そう言われて思い出したのは、枢の姉である乙織とその恋人である慧至と会った時のこと。二人は偶然ダイナミクスが合っていたけれど、もし同じダイナミクス同士でも、どちらか片方がNormalだったとしてもそのまま付き合っていただろうと話していた。
慧至は欲求を満たしたい欲求を優先して別れるよりも、乙織を失うほうが怖かったのだと。その言葉を聞いて正直『羨ましい』と思っていた。自分も枢からそんな風に愛されたらとても幸せだろうな、と。
枢はそんな陽の気持ちなんて知らなかっただろうけれど、ダイナミクスなんて関係なく『朝霧陽』を愛していると言ってくれた。一番欲しかった言葉を彼は自然とくれたのだ。
「DomでもありSubでもある俺のことも、あなたに全部全部、愛してほしい……」
枢から支配されていると、いつしか自分も彼を支配したい、支配されるだけじゃ足りないと思っていたのだが――やっぱり、彼から甘く支配されると心地いい。自分の中が満たされて、ふわふわして、枢のことしか考えられなくなるこの感覚。
「あいして、る……枢。おれ…ほんとうに、あいしてる……」
セーフワードだと思ったのか、枢の動きがぴたりと止まる。頭の中がふわふわしている陽がうっすらと覚えているのは、優しく頭を撫でる枢が「〈Good Boy〉、ヒナ……俺も、すごくすごく愛してる…」と言いながら、愛情を感じるキスをしてくれたこと。
彼に抱きついて胸いっぱいに枢の匂いを吸い込むと、フッと目の前が真っ暗になった。




