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陽からの『コマンド』に反応した枢は、自分の中の深いところが作り変えられる感覚がした。先ほどまでDomとして、Subの陽の何もかもを支配したいと思っていた凶暴な感情は、目の前の『Dom』に支配されたいという『Sub』の思考にじわじわと変化していったのだ。
「枢、大丈夫。〈Look〉、ゆっくり〈Breathe〉」
どう足掻いてみても、陽のコマンドを実行してしまう自分の本能。
何がどうなっているのか分からなくて、突然のコマンドを頭の中から追い出そうとしている『Dom』の自分と、受け入れたいと言っている『Sub』の自分が頭の中で喧嘩していて、思うように呼吸ができない。そんな枢に気がついた陽に出されたコマンドを実行すると、自然と呼吸が楽になった。
「いきなりSwicthしてごめんなさい、星先生……」
「どういうこと、ですか…?なんで俺、朝霧先生のコマンドを……っ」
「……稀に、どっちのダイナミクスも持ってる人がいるっていう話、聞いたことありますか?おれは本来Subなんですけど、突然Domとしても開花したんです。星先生はなんとなく、おれと同じようにどっちも持ってるような気がしてて…Swicthしたのは、賭けでしたけど……」
「じゃあ俺は、今はDomからSubに変化してるってこと、ですか?」
「……うん。おれが無理やり交代して、開花させちゃったかもしれません」
陽が申し訳なさそうな、苦しそうな顔をしながら「コマンド実行できて偉かったですね、ごめんなさい」と言って枢の頭を撫でる。撫でてくれるその手が気持ちよくて、褒められたことに安堵したような感情に支配された。陽の話なんて今はほとんど聞こえていないが、DomにもSubにもなれる人が稀にいる、ということだけは理解した。
「ごめん、星先生……おねがい、嫌いにならないで…おねがい……」
「朝霧先生……」
「愛してるんです、星先生のこと…だから支配されたいし、支配したい……ごめん、愛してる…あいしてる、枢……」
愛しすぎてて、おかしくなってる。
ぽつりと呟かれた言葉の意味が分からなくて、一瞬セーフワードだと思ってしまった。でも、陽の話が事実なら、今の彼はDomで枢がSubなのだ。だから今の陽が枢に対してセーフワードの『愛してる』を言う状況ではない。
だと、したら――
「不安を感じるなら真白とのこともまた全部話すし、過去のことも気になるならいくらでも話します。星先生に嫌われたくないんです、おれ……、おねがい。おれのことを〈愛して〉……」
コマンドにもセーフワードにも聞こえない『愛してる』に、くらりと眩暈がする。陽から言われる純粋なその言葉が、こんなにも自分の中を満たしてくれるなんて。深い夜の闇に覆われそうになっていた枢の心は、陽からの『愛してる』で夜明けを迎えようとしていた。
こうなってやっと理解したのは、枢の本当の欲求はSubに対して『優しくしたい』や『甘やかしたい』というものではなく『陽からの愛』だったということ。自分がDomでもSubでも、本当の欲求はこんなにも変わらないものなのだなと、初めて自覚した。
「………僕にあなたを、愛させて」
もう、どっちでもいい。
陽を縛り付けて、彼に縛り付けられるのなら、自分が何者でも構わない。
ただ、陽からの愛を、自分だけのものにしたい。
DomになってもSubになっても、この凶暴な感情だけは、消えることはなかった。
「星先生に気持ちがあるなら……おれに〈Kiss〉…」
俺、は――。




