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陽の寝室に連れ込まれると、ぶわりと彼の匂いが充満していて、くらりと眩暈がした。なんせ枢もあんな中途半端なPlayでは全然満足していないし、こんなにも陽の匂いがする部屋に二人きりだなんて、何をしでかすか分からない。そう思うくらいには枢も欲求不満を感じているのだ。
「真白に呼ばれるまで、あと少しだけ……っ」
そう言いながらぎゅっと枢の服を掴んでいる陽の手が震えていて、彼が本気でコマンドを欲しているのが分かった。いつ真白から声がかかるか分からない状況なのに、先日ベランダで目隠しをしながらPlayをした日のことを思い出して、枢の背筋にぞわりと興奮が走る。陽が苦しんでいる状況だというのに自分はこの背徳的な状況に興奮していて、自分の中の黒い部分がまた顔を現していた。
「……〈Roll〉」
キッチンにいる真白に聞こえないように極力低く小さい声でコマンドを出すと、陽は顔を赤くしたままごろんとベッドに仰向けになる。仕事帰りなので今日学校に着てきたスーツのままの陽がベッドに寝転がっていて、枢を誘うような目を向けてくるのだから、興奮しないわけがなかった。
「本当に、少しだけですからね……」
服越しに陽の体に触れるとじんわりとした温かさが手のひらを伝って流れてきて、久しぶりに感じる陽の体温に眩暈がする。それと同時に陽に安心して、Playの効果はちゃんとあるんだなと実感した。
「………あなたに、すごく触れたかった」
「ん、おれも……」
「ヒナ、〈Hug〉」
「うん……」
服越しに陽の体に口付けていきながら陽にコマンドを出すと、首に手を回した陽がぎゅっと抱きついてくる。先ほどリビングでPlayをした時よりも少しは満たされたような陽の顔が少しとろんとしていて、陽の鼻先に自分の鼻先をくっつけると彼はゆっくりと目を閉じた。
「〈Good Boy〉……」
低い声で囁くと、陽の長いまつ毛が震えた。何かを期待しているのか枢を誘うように陽の唇が少し開いたので、陽の頭を優しく撫でながら唇を奪う。彼を労わるようにキスをしていくと、徐々に陽の体から力が抜けていくのが分かった。
「もっとしたい……」
「……嬉しいお願いですけど、ダメですよ。日暮先生がいますから…」
「うぅ…あいつ毎日来る……」
「……幼馴染で仲がいいから、ですよね」
「それはそうだけど、どうせ恋人と別れたのが寂しいだけ」
「朝霧先生に慰めてもらうつもりとか、朝霧先生をチャージする期間だって言ってましたけど……?」
「真白が言ってるだけだから、本気にしないで下さい……」
こつん、額を合わせると陽が小さくキスをしてくれる。コマンドでもご褒美でもないけれど枢が再び深いキスをすると、陽がもぞもぞ動き出した。
「ほしせんせい……」
「ん、なんですか?」
「あの……大変言いにくいんですけど…」
「え?」
頬を赤らめて気まずそうにしている陽。言いにくいとは何が?何の話だ?と思っていると陽の腰が動いて、刺激が走った。陽の言葉を瞬時に理解した枢は火が出そうなくらい顔に熱が集中したのが分かって、バッと陽から離れた。
「す、す、すみません!」
「なんで離れちゃうんですか……」
「いや、だって、これは、あの……っ!」
このままじゃリビングには戻れない。
なんせキッチンには真白がいるし、陽がいる前で熱を鎮めるなんてこともできないのだ。こういうことに不慣れな枢が慌てている様子を見ながら陽はくすくす笑っていて、随分余裕だなとムッとしたが、今はそれどころではない。この失態をどうするか考えるのが先だ。
「陽ー、星先生ー!そろそろできますよー!」
という真白の声に、枢はハッとして現実に戻ってきた。
「と、トイレ借ります!!」
陽から逃れるように寝室を出て、枢はトイレへと駆け込んだ。




