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真白が夕飯を作ってくれるようで適当に座っていてほしいと言われたが、枢はいつも座るソファには座り辛かったので床に正座をした。家主の陽はソファに座ってチラリと枢を見て、キッチンにいる真白から見えないようにソファをぽんぽん叩いて合図をしていたけれど、枢は小さく首を横に振った。
「そういえば、星先生って陽とは仲がいいんですか?」
「へぁっ!?」
「職場も同じでマンションも同じって仲良くなりません?俺がこっちに来てから一度も話を聞かないからどうなのかと思って」
「あ、あー…いや、俺はあんまり人付き合いが得意じゃないので……」
「……あんまり一緒にご飯を食べたりとか、そういうのはないですよね」
「そうですね……」
二人とも真白の前でどんな態度をしていたらいいのか分からず、何となく気まずく重い空気が流れる。真白だけは何も感じていないのか「そうなんですね~」と軽快な声が返ってきた。
「ていうか、陽の家に調味料なさすぎるだろ!俺ちょっと自分ちに取りに行ってくるわ」
「あ、日暮先生!なにかやっておくこととかありますか?」
「いや、何もしなくて大丈夫ですよ!ちょっと行ってきますね~」
バタン、とドアが閉まる。真白の予想外の退室にどくどくと脈が速くなって、でも今しかチャンスがないと思い、枢はソファに座る陽に向かって両手を差し出すように広げた。
「お、〈Come〉、ヒナ」
学校でも見るからに顔色が悪いのがやはり心配で、するなら今しかないと思い枢はコマンドを出す。陽が何だか泣きそうな顔をして、じわりと目元に熱を宿したのが分かった。彼はよろよろとソファから下りてきて、両手を差し出している枢の手を取る。ぎゅうっと手を握りしめた陽が、正座をしている枢の足にすとんっと腰を下ろした。
「〈Good Boy〉。少ししかできないけど…〈Look〉」
「かなめ……」
「ひどいクマですよ、朝霧先生……大丈夫ですか?」
枢の足の上に座っている陽の頭を撫でながら、もう片方の手で彼の目元をなぞる。濃いクマができていて疲労が滲んでいる陽の顔は痛々しく、このままでは倒れてしまうのではないかと思うほど。心配している枢の手にすり寄る陽は、少しだけホッとしたような安堵の表情を浮かべていた。
「最近すごく満たされていたので……久しぶりに、夜、眠れなくて…」
「そうだったんですね……」
「でも、少し楽になりました。ありがとうございます」
本当はこんなに軽いPlayでは足りないだろう。せめてもと思い彼の望むご褒美のキスをしようとしたのだが、自分の家に調味料を取りに行った真白がドアを開ける音がして二人は瞬時に離れた。
いや、もう、いっそのこと真白に見つかったほうがよかったのかもしれない。陽が苦しんでいるなら、乙織や慧至に二人の関係を話したように、真白にも話して理解してもらったほうが楽になるのでは――
枢はそう思ったけれど結局は陽の気持ち次第なので、下手なことはできない。
「ごめんごめん、探すのに手間取った!すぐ作るから」
「お任せしてしまってすみません、日暮先生」
「全然大丈夫ですよ。前も俺が作ってたので苦じゃないですし」
「前?」
「あー、はは、同棲してたんですよ。恋人兼パートナーだったんですけどね。お互い仕事が忙しくてすれ違って……よくあるパターンの別れってやつです」
「それは……聞いてしまってすみません」
「いえいえ。そういう星先生は料理を作ってくれるいい人はいないんです?」
「えっと……」
恋人になりたい『いい人』ならいるけれど、料理を作ってくれるような恋人はいない。だから素直に「いないですね」と言ったのだが、ソファに座っている陽が真顔になっていることに気が付いた。
――あれ?俺また、何か変なこと言ったかな?
もしかして陽は真白のことがずっと好きで、でも真白には同棲をしていた恋人がいたから諦めた、とか。その話を深掘りするな、という意味で機嫌が悪くなったのかもしれない。
「………星先生、ちょっと家具を動かすの手伝ってもらっていいですか?」
「え、家具ですか?」
「寝室にある棚なんですけど、教材とか本が詰まってて一人じゃ動かせなくて。いいですか?」
「それはもちろん、いいですけど……」
真顔のままの陽に寝室に連れ込まれ、真白の過去の恋愛を深掘りするのかと注意されるものだとばかり思っていた。
でも彼は、当たり前なのだが、たったあれだけでは『満足』していなかったのだ。




