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陽が約5年の月日をかけて告白を、真白が受け入れられないのは分かっている。震える陽の肩を掴んだまま目を見開いてフリーズしている彼を見れば、真白が今まで陽のことをどういう風に見ていたのかが分かって、ぎゅっと心臓を握りつぶされそうな痛みを感じた。
Domである真白を信用していなかったとか、警戒していたとか、決してそういうことではない。陽が真白にSubだという事実を打ち明けられなかったのは、ダイナミクスの診断をしたころに『陽はDomだよな』と言われたからだった。
真白の中で陽がDomだというイメージがあるのなら、その真逆のSubだと知られた時、この幼馴染という深い関係にピリオドが打たれると恐れたのだ。陽は真白を『パートナー』としてではなく『親友』としてずっと付き合っていきたいと思っていたから。
でも、Subの欲求というのは厄介なものだ。その親友に『コマンド』を懇願してしまうのだから、何だか自分が醜い生き物に感じた。
「陽、本当にSubなのか……?」
「……ずっと言えなくてごめん」
「何かの間違いではなくて、本当に……?」
「本当に…診断書、見せてもいいくらい」
「そうか、そうだったんだな……。ごめん、俺…今までずっと陽を傷つけてたよな」
そう言いながらゆっくり抱きしめてくれる真白の優しさを感じて、じわりと涙で視界が滲む。「一番近くにいる俺がDomだと思ってたから、言い辛かったよな」と陽を慰めるように背中を撫でてくれる真白の手が温かくて、陽はほっと息を吐いた。真白が分かってくれたのと同時に彼から与えられる熱に安心して、体の力が抜けていった。
「もしかして今までPlayをしたことないとか……?」
「うん……抑制剤でずっと抑えてた。でも最近忙しくてなかなか病院に行けなくて、薬切らしちゃって…夏バテって嘘ついてた……」
「全く気付いてやれなかった、ごめんな陽…ごめん。俺は今パートナーいないし、できることはする。コマンド出して楽になるなら手伝うよ」
「こんなこと、真白に頼りたくなかった……ずっと幼馴染でいたかった、のに…っ」
「……水臭いこと言うなよ、ヒナ。俺たち兄弟みたいなもんだろ?ヒナが苦しんでたら助けたい。それ以上も以下もないよ。過激なコマンドは出さないし、ヒナが嫌だって言えばすぐやめる。だからヒナ……俺にコマンド出させて。お前を助けたい」
どこまでも優しい幼馴染はそう言ってくれて、そんな彼に頼ったのも自分なのに、陽の頭の中には『星枢』の顔がチラついた。彼のSubになれないのなら、どうせ終わった恋ならば、初めてのPlayは幼馴染の真白のほうが安心安全でいいだろう。なんて、こんな最低なことを考えた自分はきっと誰のSubにもなれないし、パートナーだってできないし、幸せな恋もできないだろうなと思う。
「セーフワードは〈レッド〉にする…一般的だって聞いたから」
「分かった。……もしかして、高校の時に言ってた"話しかけたかった人"って、Domだった?」
「……あぁ、うん。そうだったよ」
「まだ未練ある?」
「………うん、うん、ごめん…ごめん真白…おれ、まだ……」
どう足掻いたって、何年経ったって、吸い込まれそうなほど美しい『夜』の瞳を思い出す。叶わない恋だったからと諦めて平気なフリをしていても、今でも彼を思い出すのだ。たった一度しか話したこともない彼を、目を瞑ったらいつでも思い出せる。顔も声も蘇ってきて、今はどんな大人になっているのか想像するのだ。まだ全然諦められていないことを自覚しては、いつもいつも心の奥底に追いやってこの気持ちに蓋をする。そうするしか、陽にはできなかったのだ。




