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目隠しをしているので何をされるか分からない恐怖に不安半分期待半分で耐えていると、不意にするりと脚を撫でられる。予想していなかった熱に驚いて脚を引こうとすると「動いたらダメだよ」と言う枢の声がした。
「そのまま動かないでって言ったよね?」
「ご、ごめん……」
「じゃあ、そのまま」
枢がすりすりと脚を撫でて、スッとその熱が引いていく。それから枢は触るわけでもなく、何か他にコマンドを出すわけでもなく、ただの静寂がベランダにいる陽を包み込んだ。
何となく見られているような気はするが、それがもし枢のものじゃなかったら。向かいのマンションから誰か見ていたら、変な人が見てたらどうしよう、目の前にいるのか枢じゃなかったら――?
「……かなめ、そこにいる…?」
不安になってそう聞いてみるけど、返事はない。何だか熱視線もなくなったように感じて、陽は胸がざわついた。普段滅多なことがない限り取り乱すような性格ではないが、目隠しをして外に放置されているという状況が陽に初めて感じる不安を与えている。突然押し寄せてきた不安に脚が震えてきて、セーフワードを言おうとしたとき熱い手が再び脚を撫でた。
「うぁ……っ」
「怖かった?」
枢の声が聞こえて安堵したと同時に、彼が熱い唇を押し付けて口付けてくる。でも、本当に『枢』なのか分からない恐怖を抱いてしまって、陽はぶるりと体が震えた。
「ぁっ、まって、かなめ……っ」
「ふふ。いい眺めでしたよ」
声は枢だが、姿が見えない不安と色んな感情が織り交ざって、陽は何とも言えない感情に押しつぶされそうになる。そして、パートナーになってから一度も口にしていないこの『言葉』を言うのは気が引けたけれど、そうしないといけないほど今の陽の小さな心臓は押しつぶされそうだったのだ。
「ほ、ほしせんせ、やだ、」
「ん?」
「や、〈愛してる〉……〈愛してる〉、いやだ、ほしせんせい…こわいっ」
パートナーになる前に枢に教えていた『セーフワード』。陽と枢に限ったことではなく、Subにセーフワードを言われたDomは直ちにPlayを中断しなければならない。陽のセーフワードは〈愛してる〉で、自分でも悪趣味だとは思うのだが、この言葉しか見つからなかった。普段は言わないけれど、咄嗟に言うことができる言葉、がセーフワードになりやすいから。
「顔みせて、星先生がいるってわからないと、こわ……っ」
「朝霧先生……!ごめん、ごめんなさい。調子に乗りすぎました」
慌てた枢の声が聞こえたかと思うと、目元を隠していたネクタイが外される。視界いっぱいに映った枢は眉を下げて焦った顔をしていて、陽は思わず彼にぎゅっと抱き着いた。
「ごめんなさい、朝霧先生…〈Good Boy〉。もうしないって約束します」
「ん……しんしつ…ベッドがいい……」
「うん、分かりました。ベッドに行きましょうね」
身長は同じくらいなのに陽より一回り大きい枢は、抱き着いたままの陽を軽々持ち上げて寝室へと運んでくれる。柔らかいベッドに抱きしめられたまま横になると、枢が顔中にキスの雨を降らせた。
「いじわるしてごめんなさい。セーフワード、ちゃんと言えて偉かったですね」
「ん……」
髪の毛を梳きながら、甘やかすようにキスをされる。少しだけ口を開けるとその隙間からぬるりと熱い舌が入ってきて、いつもの性急なキスではなく、ゆっくりと味わうようなキスで甘やかされた。枢の体温に安心してぴったりくっつくと、背中を優しく撫でられた。




