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陽と枢の関係を乙織たちに話して彼はすっきりしたのか、なんだか清々しい顔をしていた。枢は陽との関係がバレるのが怖かったのではなく、陽がSubだとバレるのが怖かったのだが、そんな枢の気持ちを知ってか知らずか陽は笑いながらテーブルの下で枢の手をきゅっと握った。
「数日前に、星先生がお姉さんと電話しているのを偶然聞いてしまって。女性と二人で会う約束をしてる星先生が許せなくて怒ってしまったから、今日ここに呼んでくれたんです」
「そうだったの……!?疑われるようなことしてごめんね~…!どうせ枢もロクに説明しなかったんじゃない?」
「お姉さんだとちゃんと説明してもらったんですが、おれがただ信じなかっただけです」
「はぁ……っ!?こんなイケメンに嫉妬してもらえるなんて何事!?枢、あんた前世で一体どんな徳積んだのよ!」
「うるっさい……!ちょっと静かにしてくれ!生徒とか関係者がいるかもしれないだろ……!」
職場内恋愛がいいのか悪いのか知らないけれど、関係者に見つかったら厄介なことになるのは目に見えて分かっていた。苦笑している慧至が興奮している乙織を宥めていると、そんな二人の様子を陽は穏やかな顔をして見つめている。まだ繋がれている手にぎゅっと力をこめると、ゆっくりと陽が枢を見つめた。
「どうして、俺たちのことを……?」
「お姉さんたちが素敵だなと思ったから、おれたちも素敵にな関係になっていく途中ですって言いたくなっただけです」
「なん、や、う、嬉しいです……」
陽がそんなことを思ってくれているなんて。『素敵な関係』になりたいと思っているなんて知らなかったので、あまりにもストレートな告白に枢は顔が熱くなるのを感じた。繋いでいないほうの手を顔に当てて隠しながら俯くと「えー!あの枢が照れてる!」という乙織がからかう声が聞こえた。
「いい人に出会えたんだね、枢くん」
「いや、あの…はい……」
「やっぱり学校で知り合ってから交流を深めた感じなの?」
「実は、偶然同じマンションに住んでるんです。職場の学校も同じですし」
「そういえばあの学校、枢の母校よね。陽くんも母校とか……そんな偶然ないか!」
乙織は枢の高校時代の事情や陽への片想いのことを知らないので、あの学校が実は枢の母校だというのが陽にバレてしまった。なんとなく言うタイミングがなくて陽には伝えていなかったのだけれど、同じ学校だったから最初から陽のことを知っていたと言ったら、彼に引かれるだろうか。
「……おれも、同じ学校でしたよ。星先生が1年生の時におれは3年生でした。一度、渡り廊下でぶつかったことがあって…ノートを拾ってあげたのを覚えてます」
「え……?」
枢が初めて陽と接触した日のことだ。陽にとってはたった一瞬の出来事だっただろうし、その後も二人が校内で話すことはなかったので覚えているわけがないと思っていた。それにあの頃は今と違って垢抜けていなかったし、陽が万が一覚えていたとしても確認したくない過去だった。
「分厚い眼鏡をかけて前髪も長かったけど、その奥に見えた目が綺麗だなって思ったんです。あと、名前も印象的だったし」
「な、な、お、覚えていたなら言ってくれたらいいのに……っ!」
「星先生も話してくれないから、もしかしたら嫌だったのかと思って。ていうか、嫌われてると思ってたから」
「き、嫌ってるわけないじゃないですか!」
「でも、こういう関係になる前は分からなかったんですもん。嫌ってる態度だった」
「そうじゃなくて、恥ずかしかったんですよ!学校のアイドルだった朝霧先生が同じマンションにいて同僚なんて俺はどうしたらいいのか分からなかったんですッ」
「たったそれだけで?」
「それだけって……!」
あなたのことが好きだったからですよ!
と言う前に、店員が食後のデザートを運んできてくれたので、その言葉は枢の口から出ずに飲み込まれた。乙織と慧至だけは枢の気持ちが分かったのかニヤニヤしていたけれど、肝心の陽は「だって、絶対嫌ってたじゃん…無視するし出勤時間ずらしたり……」とブツブツ言っている。
あぁ、もう。恋人とパートナーは違うと言ったり、たかがパートナーなのに嫉妬したり、嫌われていたと言って拗ねている陽は一体なにをしたいのか。彼の気持ちが分からなくて、枢は小さくため息をついた。




