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「お昼休み中に訪ねてすみません、朝霧先生」
「いえ、大丈夫ですよ」
こっちは大丈夫ではないんだが。
先ほどまで陽と甘い時間を過ごしていたのに、白石先生の登場により狭すぎる机の下に押し込められた枢は音にならないため息をもらした。今朝、白石先生と宅飲みの話をした時は『枢が陽に確認する』という話だったのだが、頼りなさそうだと思って自分で話をしに来たのだろうか。
「あの、星先生から聞いてますか?」
「飲み会の話ですか?星先生の自宅でっていう」
「そうです、それです。お二人は同じマンションだって聞いたので、少人数での宅飲みだったら朝霧先生も参加しやすいかなって……若い先生だけ集めてと思ってるんですけど、どうですか?」
「あー…お気持ちは嬉しいんですが…星先生にも言ったんですけど、おれは宅飲みとかでも苦手なので…すみません」
「そうですか……」
断られたんだから潔く退室してくれ――そんな枢の願いも虚しく、白石先生が動く気配はない。もうそろそろ圧迫されすぎて死んでしまうし、何よりも陽と白石先生をこれ以上二人きりにさせたくないのだ。まぁ、だからといって、机の下から出てくるわけにもいかないのだけれど。
「朝霧先生……朝霧先生は恋人がいるんですか?」
「え?」
「飲み会に全然参加しないのって、彼女さんが厳しいからとか……そういうことですか?」
「いや、そういうわけではなく…」
「じゃあ恋人がいるわけじゃないんですね?」
「そう、ですね……」
あ、まずい。死にそう。
陽の言いたいことは分かっているし、言っていることも分かっている。最初から『パートナー=恋人ではない』と言われているので、枢が傷つくのは筋違いだと頭では理解しているのだ。
陽の恋人面をする気はないのだが、心のどこかで『俺のものなのに』と思っている自分もいる。たかだかパートナーになったくらいで恋人面してくる奴なんて、陽も怖いだろう。机の下で圧迫されている苦しさよりも、別の痛みが枢の心臓をチクチク刺していた。
「ということは、パートナーもいない感じですか?」
「白石先生……」
「好きなんです、朝霧先生……私じゃダメですか?私じゃ、朝霧先生のSubにはなれませんか……?」
やっぱり、白石先生はSubだった。枢と同じように陽をDomだと勘違いして、彼女は陽を求めている。なんだかもうここまでくると、勘違いする自分が悪いのではなく、勘違いさせる陽も悪いのでは?と思ってしまう。
彼を好きになった男と女が二人、理由は違えど泣く羽目になるなんて。
枢は白石先生の気持ちも分かるので、これから断られるであろう彼女の気持ちを察して一足先に切ない気持ちになった。ただ、白石先生は強い人だと思う。自分には、玉砕覚悟で気持ちを伝える勇気なんてなかったのだから。
「白石先生の気持ちはすごくありがたいです。誰かに好かれるのはとても素敵で嬉しいことですから」
「それって、お断りされるってことですよね……」
「本当に申し訳ないです。……大切にしたい人がいるんです」
そんな陽の言葉にどくんっと胸が脈打つ。
いやいや、だめだ、自惚れるな。陽にはきっと、パートナーではなく『恋人になりたい』人がいるのだろう。だからパートナー=恋人ではなく、パートナーにはただお互いの欲求を満たすだけの相手だと考えているに違いない。
それはそれで本当なら大分悲しいのだが、陽の『大切な人』が自分だなんて都合のいい妄想はやめよう。後から傷つくのは、あまりにも耐えられないから。
「大丈夫ですか、星先生」
「背骨が折れて背が縮んだ気がします」
「あはは。変わりないですよ、大丈夫」
白石先生が出て行ってから鍵をかけた陽が机の下を覗いて、枢はのそのそと脱出した。無理やり体を押し込んでいたからか、ぺしゃんこになっている髪の毛を陽が笑いながら指先で整えてくれる。そんな彼に与えていなかった『ご褒美』のキスをすると、陽が小さく微笑んだのと同時に、昼休みが終わる15分前にセットしていたアラームが鳴り響いた。




