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陽はただの優しさで、Playの延長線上でそう言ってくれただけなのに、思わず拒否するように大声を出してしまった口元を手で覆って俯くと、枢の頭に柔らかい唇が押し付けられた。
「ごめんなさい、星先生。先生の気持ちを考えずに言っちゃった……痛いとか汚いのとか嫌って言ってたのに、すみません……」
「ちが、ちがうんです…朝霧先生は悪くないんです、俺が……そういうの、苦手なだけで…」
本当に、これじゃどちらがDomなのか分からない。俯いている枢を陽は優しく抱きしめて、落ち着かせるように背中を撫でてくれる。その手が温かくて、陽の体温に安心して、枢は自分よりも細い陽の体をぎゅっと抱きしめた。
「俺、その……」
「うん?」
「そういう欲求はないと思ってたんです、今まで。ただ、パートナーになる人には優しくしたいし、甘やかしてあげたいと思っていただけで…」
「……うん、そうですよね」
「自分でもそう思ってたんですけど、でも…あなたにはそういうことをしたいって思う自分が怖くなって、あの……朝霧先生にそういうことをさせるためにパートナーになりたいわけじゃないし、ものすごく甘やかして、気持ちよくさせたいだけ、なのに…自分の中にDomとしての凶暴な気持ちもあって……」
正直な気持ちを話していると、背中を撫でていた陽の手が止まる。
やばい、引かれたよな……。
そう思って彼の顔を見上げると、陽は頬も額も首までもを真っ赤に染めていた。予想外すぎる反応に枢もじわりと顔が熱くなるのを感じながらも、陽から目が離せない。「ちょっといま、こっち見ないで下さい」と言われ、彼の手で目を覆われそうになったのを寸前で阻止した。
「え、な、なんで朝霧先生が赤くなってるんですか?」
「う、うるさいです!そーゆー質問しないでください、ノンデリカシー男じゃないですか……!」
「いや、聞きます。聞きたい。朝霧先生は俺と"そういうこと"ができるんですか……?」
わざと、コマンドは出さなかった。無理に聞き出すよりも、陽の本心が知りたかったのだ。コマンドを介さない質問だと分かった彼は恥ずかしそうに唇を噛んで、悔しそうにぺちんっと枢の額を叩いた。
「"そういうこと"を含めて、できない相手にパートナーの話なんか持ち掛けませんよ……」
ぶっきらぼうにそう言って、ぷいっと顔を逸らす陽。何となく、陽が枢にパートナー契約の話を持ちかけたのは『手軽』だからだと思っていたのだ。スケジュールが合わせやすく、同じマンションに住んでいるからバレる可能性が低い上に、女性の先生や生徒に手を出すより安全だから、それ以上に特別な感情はないのだろうなと。枢も最初はそれを受け入れただけだったが、陽は枢と『そういうこと』をしてもいいと思っていたなんて。
「ヒナ……〈Look〉」
「うん、」
「俺たち、パートナーになりましょう。〈Speak〉」
正式にパートナー契約をしたいと言うと、陽の目元にじわりと熱が広がるのが分かる。枢の肩に置いた手がきゅっとTシャツを掴んで、何度か小さく頷いた。
「うれしい……枢と、パートナーになりたい」
恥ずかしそうにしながらも頬をピンク色に染めて微笑む陽。そんな彼を抱きしめると、とくとく心臓が脈打つ音が聞こえる。ここまでしておいて『恋人にはならない』なんて馬鹿げているかもしれないけれど、高校時代に諦めた恋がここまできたのだから、ただのパートナーでも万々歳だ。
「改めて聞きたいんですけど……」
「なんですか?」
「星先生は、その…おれの体に触りたいと思ってくれてるってこと、ですよね?」
ストレートに聞かれると言葉に詰まる。高校時代の、子供の淡い恋だったので陽への感情はもしかしたら憧れに近かったのかもしれない。だから陽とすぐに『そういうこと』をしたいかと言われれば今はまだ分からないが、触れたいとは思うのだ。体の一部が自分と触れ合っていたいが、もちろん服の上からでも構わない。服の上から触れたい気持ちも、そのうちの一つで合っているだろうか。
「触りたいけど、ふ、服の上からで大丈夫です……!」
「ん、わかりました。えっと、上半身とか脚くらいなら直に触っても大丈夫です。一応言っておくと、星先生に触られて嫌なところはない、から」
この人、いくらなんでも気を許しすぎじゃないか……!?
ただ、Playをする上でこういう線引きは大事なことなので、どこまでなら触っても大丈夫か言ってくれるのはありがたい。上半身と脚なら触れていいのかと思うと、意外と許してくれる範囲が広いことに驚いた。
「唇は……」
「え?」
「キスは、今まで通り、していいんですよね…?だってご褒美、キスですもんね?」
名目上は『陽へのご褒美』だが、正直彼とのキスはご褒美の域を超えている。それはほとんど恋人同士がするような甘いもので、軽いキスではないから正直どう思われているか分からないのだ。というかDomの自分がキスの継続を申し出るなんて、本当に自分はDomらしくないと自嘲した。
「おれへのご褒美、なにか聞きたいですか?」
「キス、じゃないんですか……?」
「ふふ。変わっちゃいました」
陽は枢の唇をふにふに弄んで、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。Play中はあんなにとろけているのに、それ以外は主導権を握るような陽の勝気な笑みにどきっと心臓が大きく脈打った。そんな枢の鼻先を細い指がぴんっと弾いて、陽は自身の唇をぺろりと舐めた。
「おれを味わうような……枢のとろっとろのキスが、おれへのご褒美です」
――ダメだ。
俺はやっぱり、この人には勝てそうにない。




