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高校1年生の冬。
満16歳の年、ダイナミクスの診断をしなくてはならない義務がある。
「絶対にSubだけは嫌……」
「誰かに命令されたいとか、そんなこと思うのってやばくない?」
「命令されたいって欲求とかマジで考えられねぇ。気持ち悪いよな」
一昔前までは『男女平等』なんていう差別と闘っていたらしいが、今では『DomとSubは平等』という問題がずっと続いている。DomとSubがお互いがお互いの欲求を満たすためにパートナーになり、どちらかが欠けてもいけないのに、支配する側とされる側なのでどうしても力関係で見るとDomのほうが上なのだ。
昔から度々問題になっているのがSubに無理なPlayを強いたり、最悪なケースの事件に発展することもあるらしい。だからこそ自分のダイナミクスを隠している人も多いし、Domだとしても『Subに命令をしたい凶暴な人』という認識をされていることもあるからか、パートナーになりたいと思った人以外には話さないのが普通らしい。
「陽、ダイナミクスの診断結果届いた?」
放課後、幼馴染の日暮真白の家に来ていた陽は彼の声で我に返り、持っていたプリントを思わずぐしゃりと握りしめる。まずい、明日提出しないといけない課題のプリントだったのに。
「届いたよ」
「結果は?」
「さすがに、言わないでしょ」
「そりゃそーだ」
家に届いた一通の診断結果。別に自分のダイナミクスが何であっても自分は自分なのだから、ただ診断結果に従うだけである。診断結果を見た後もその気持ちは変わらなかった。
「ま、陽はDomだろ。お前がDomじゃないとか、それこそあり得ないし」
「……どういう持論?」
「ん?いや、神様はそーゆーのちゃんと選んでるはずじゃん。だから俺もDomだった」
真白の言葉にどくんっと心臓が大きく跳ねる。
ここで動揺したり驚いたりしたら、うっかり自分のダイナミクスを言ってしまうかもしれない。いくら幼馴染で信頼しているからと言って、何でもかんでも話したらいけないことくらい分かっている。そして、これがどんなにデリケートな問題なのかも。
「ていうか意味のない質問だったよな。陽がNormalとかSubなわけないし」
「なんでそう思うの?」
「うーん、性格とか?色んな人に好かれてる陽が、そんなことないだろうなって」
確かに陽の周りには昔から人が集まってきた。自分が特に何かしたわけでもないけれど、なぜか人によく好かれる。中学や高校では特に新入生代表挨拶をしたり、生徒会に大抜擢されて注目されることが多かったからかもしれない。
ダイナミクスの件は真白だけではなく、他の友達からも『陽は言わなくても分かる。Domに決まってるじゃん』と言われる。みんながそう思っているのならそれでも構わない。それに、たかがダイナミクスで人は簡単には変わらないのだから、自分は自分のままだ。
そう思っていた。
「――っあ、す、すみません…!」
ダイナミクスを隠し続けて、高校3年生になった。
今のところ症状や欲望は抑制剤の服用で何とかなっている。最初に飲んだ薬は副作用がすごくて、自分の体に合う薬を探すのに時間がかかったけれど、いい病院を見つけて通院しているのだ。きっと真白にも薬の服用や通院はバレていない。
「あれっ、君!ノート落としてるよ!えーっと…星くん!ほしかなめくん!」
移動教室の時に渡り廊下でぶつかった見知らぬ男子生徒。ノートには1年1組と書かれていたから、関わりがない1年生のことはほとんど知らない。まぁ、あっちは生徒会長の陽のことを知っているかもしれないけれど。
ぶつかった拍子に彼が落としたノートを拾って駆け寄ると、1年生の彼――星くんは分厚いフレームの眼鏡をかけて、長い前髪の隙間からこちらを見つめていた。
――あ。この子、多分Domだな。
Subの直感とでも言うのか『本能的』にそう感じることがある。診断は数ヶ月後だろうが、きっともう確立されているダイナミクスを感じて、陽は初めて自分の心臓が脈打つのを感じた。
自分の『本能』が彼を求めていると、力強く訴えていたのだ。
ただ、今まで会った人にそんなことを思ったことがないし、特定のDomと出会ったらそういう気持ちになるなんていう説明も聞いたことがない。だからこそ薬で抑えているだけでやはり自分はSubで、Domに支配されたいと思っている生きものなのだなと、思い知らされた。
そんな星枢との出会いを、陽は今でも覚えている。




