決着
「ショウの馬鹿野郎が!
俺はこの船の動かし方をよく知らねえんだぞ!」
ホオジロザメに転生したジョージによって海中深くに引き摺り込まれ、そのまま帰って来ない金持ちのボンボンに、ハーパーは毒づいていた。
所有者を失ったこのクルーザーには、モーターボートやヨットくらいしか操縦出来ない男と、怪我をしてグッタリした子供が1人残されている。
まあ船は、動かせない事は無い。
走らすくらいなら出来る。
それで港に帰り着けるか、上手く接岸出来るかは別問題であった。
(とりあえず、元来た港に戻れなくても良い。
陸地に近づき、電波が入る所まで行ったら助けを呼ぼう。
そして事情を話して、人間総出であのサメのジョージを駆除して貰おう)
ハーパーはそう考え、とりあえずコンパスを元に船を動かす。
(逃がしてたまるか!
僕を殺した直接の犯人はハーパー、お前だ!)
深きより様子を探っていたジョージは、スクリュー音の遠ざかる方角から、奴が陸に向かった事を知る。
ジョージ・スティーブンがまだ人間だった時、初めてのスキューバダイビングで右も左も分からない中、インストラクターとして手招きして呼んだ場所が、急激な海流の発生で海中深くに流されてしまうポイントだったのだ。
その実行犯を逃す事なんて考えられない。
ジョージは直ちにクルーザーを追跡する。
「チッ、ジョージの野郎、執念深い!」
何度もクルーザーに体当たりをして来るホオジロザメに、ハーパーは辟易していた。
他にショウやマーティ、更にエレナでも居たなら対処は簡単だ。
操縦している者以外が反撃すれば良い。
だが、よく知らない船を、ボートとかの要領でどうにか操縦しているハーパー一人に、操舵と反撃の両方をこなす事は出来ない。
そうなると必然的に、速度を上げてサメの襲撃をかわす事を考える。
特性をよく知らない船で、こうして無理して速度を上げるのは命取りと言えた。
ジョージは体当たりしながら、船を暗礁の多い海域に誘導している。
陸が見える場所までしか船を出した事が無い、海図も読めない男が、眼前に迫る白波から暗礁が近いと察知した時には、速度超過でもうかわす事は出来なかった。
こうして船を破損させたハーパーは、沈みゆく船からゴムボートを使って逃げ出す。
手には銃や、もう一発作っていた爆弾があったのだが、まだ沖合において人間一人、余りにも非力であった。
手の内を全て知られたハーパーは、その後打ち上げられた惨たらしい死体によって、サメに五体を喰い千切られてバラバラにされる最期を迎えた事が判明する。
なお、何者かからレスキュー隊にSOSの連絡と、遭難した正確な座標が送られ、その場所では漂流する負傷した子供が救助されたようだ。
近くで半分水没しているクルーザーの持ち主が割り出されたが、出港した時のほぼ全員が行方不明とされる。
生き残りは子供1人であった。
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『スーザン、これが最後になるけど、お願いしていいかな?』
海難事故が地元のニュースとなった夜、スーザンはジョージからのメッセージを受け取った。
「もしかして、全部終わった?」
スーザンは、ジョージを罠に嵌めて殺して遊ぶ企てには関与していない。
全く無関係だったが、ある日届いたジョージからのショートメッセージで
『ショウやエレナ、ハーパー、マーティとの付き合いは止めて欲しい』
と言われた辺りで、何かを察していた。
だからかもしれない。
ショウたちが海に遊びに行くと、届くか届かないかも分からないジョージに宛ててメッセージを送ったのだった。
『全て終わった』
ジョージからの返信に、スーザンは海難事故の真相が何だったのか、おおよその事を知った気がした。
「それでお願いって?」
スーザンからの返信に、ジョージは語る。
曰く、もう自分は決して人間には戻れない。
生物学的に戻れないのではなく、もう自分はその資格を失ってしまった。
それ自体は文句無い。
母も死に、大願成就を果たしたから、もうこれ以上人間でいる必要も無くなった。
だけど一個心残りがある。
それは人間として、ジョージ・スティーブンが生きた証を残したいという事だ。
『君は海洋生物の研究を再開したよね?
今から僕は、海の中で長期撮影した色々な生物の映像を送る。
中には残酷な映像もあるだろうけど、それが自然なんだ。
この映像を君の研究に利用してくれ。
そして、もし良かったら論文なりのどこかに、スペシャルサンクスとして僕の名を残して欲しいんだ。
まあこれは無理にとは言わない』
そういうメッセージが届いた後、スーザンのメールアドレスには、クジラとか魚とかにカメラでも取り付けて長期撮影したような映像が、大量に送られて来た。
ホオジロザメに転生した時に、何故かモバイルフォンと一緒に転生してしまった。
ジョージは十数年の無為な時間を過ごしている間に、カメラ機能を使える事も見つけ出した。
だが、それを送信しようとすると、意識が遠くなってしまう。
一度、生前の母親宛てに送ろうとして、この事象に気がついた。
もしかしたら、無理してデータ送信をしたら、その分だけサメ化が早まるのかもしれない。
そう思って今まではやって来なかった。
復讐する為に、人間で居続けたかったから。
だが、もう思い残す事はない。
自分が生きた証として、この映像を、有意義に使ってくれる人に託そう。
その結果、人間としての意識を完全に失い、一介のホオジロザメになってしまっても良い。
「凄い映像だね。
使わせて貰うよ。
ありがとう」
スーザンのそのメッセージに、ついに返信が来る事は無かった。
そして、ジョージからのメッセージはこの後二度と届く事は無くなった。
スーザンはジョージとの約束を果たす。
この論文に映像提供として記載されたジョージ・スティーブンの名前以外、ジョージという存在はこの世から完全に消えたのであった。
(終)
海の日用の短編(?)を書きました。
元ネタは、4話で書いた「山月記」とあの有名サメ映画(B級C級Z級じゃないやつ)です。
最初は「ジョ〇ズ転生」にするつもりでしたが、著作権的に怪しそうだったのでシャークにしました。
ジャンル的には「復讐もの」なんですが、転生ものではあるが異世界じゃないし、ローファンタジーとも違うし、日常でも無いな、と毎度の如くジャンル設定に悩みました。
(自分の作品、こんなのばっかり)
ポイント稼げなさそうですが「その他」にせざるを得なかったように思います。
自分、テンプレ小説が書けない病なようで。
ついでに、所々ギャグも挟まないと死んじゃう病でもあるようで。
ちなみに人名の元ネタは、やはり有名サメ映画の登場人物もしくは役者名です。
復讐ものとして「死に追いやった者が甦って迫って来る」をしたく、どうしようか考えた末に
「携帯電話の機能を、サメのロレンチーニ器官が出来るようになった」
と思いつき、携帯と一緒に転生という奇天烈設定を考えつきました。
これで、死んだ人からのメッセージとか、それを知ったが故の反応なんかを書く事が出来ました。
……母親の死をそれで知るとか、そんなのも一緒に思いついてしまいましたが。
とりあえず、短い話ですがご愛読ありがとうございました。




