深きより迫り深きに潜る
「ジョージの野郎、殺す! 絶対殺す! 殺してやる!」
ホオジロザメに転生したジョージによって、ショウは自分の妻を殺されたのが分かった為、完全に逆上していた。
だが彼に打つ手は無い。
かつてジョージが、自分に対する裏切りを知った時に、ホオジロザメになってしまった自分には陸上の彼等をどうこうする手段が無く、悶え苦しんだのと状況は似ていた。
攻撃的なショウは、それでも「殺す」という言葉を狂ったように繰り返し吐き続けている。
「落ち着けよ!
レンを救うのが先じゃねえのか?」
ハーパーが窘める。
彼等を誘き出す為にホオジロザメのジョージが攫っていったショウとエレナの子のレン、この子は岩礁に引っかかっていて、辛うじて首から上が水面から出ている状態だ。
死んでいるかもしれない。
だが、生きている可能性もある。
気を失っているようで、呼び掛けても反応は無い。
だが、よくよく見てみると、どうやら呼吸はしているようだ。
「ショウ!」
「分かってる!
だがよぉ、レンを助けようとしたら、またあのクソったれなジョージが襲って来るんじゃねえか?」
ハーパーにもそれは予想出来た。
実際エレナが海に落とされたのは、我が子を助けようとしたタイミングで、波とサメの体当たりのダブルパンチを食らったからだ。
ジョージという人格を持つホオジロザメは、子供を助けようとする感情を利用し、海に引き摺り込んで殺そうと企んでいる。
しかし、このままレンを海に漬けておく訳にもいかない。
子供の体力はあっという間に消耗し、助け出した時には手遅れな事も有り得るのだ。
「俺に考えがある」
ハーパーが言う。
クルーザーには大量の拳銃と弾薬があった。
こいつらが釣りではなく、サメとかクジラとかを撃ち殺して遊ぶ為のものだ。
今や撃てる者は2人だけになってしまった。
その銃弾の薬莢から火薬を取り出し、集めて手製の爆弾を作る。
それを水中爆発させる。
水中の生物は、こういう爆発音で気を失ってしまう。
ホオジロザメのジョージの例外ではないだろう。
あわよくば、その衝撃にジョージが混乱した所を射殺出来るかもしれない。
そうでなくても、一定時間サメを近寄らせなければ、その間に子供の救助は可能だ。
ショウも納得し、2人は爆弾を作り始める。
遭難用の信号弾とかもあり、その火薬も利用する。
どうにか容器も探し出し、そこに火薬を詰めて密閉する。
「発煙筒用の導火線を使った。
こいつは水中でも火が消えない。
これで水中爆発を起こせる。
魚なら一発アウトだ」
「ハーパー、お前がこんなに頼りになるとはなあ。
やっぱり持つべきものは友達だよな」
そんな事を言うショウに対し、ハーパーは
(もうこいつとは手を切ろう。
こんなに乱暴で頭の悪い奴だとは思わなかった。
金持ちだから付き合っていたが、余裕が無くなると地が出るよな)
なんて内心思っている。
まあそれは、この異常な状況から生きて帰ったら、である。
今は馬鹿の手も借りたい。
(しかし、ジョージの奴はこんなに狡猾だったのか)
人は見た目によらない。
生前はネクラで、人付き合いが苦手で、海に誘っても只管ネットサーフィンをしているような奴だった。
だから
(こんな奴、生きていても死んでも誰も何とも思わんな)
と罠に嵌めて遊んだのだが、まさかこんな復讐を仕掛けて来るとは。
元からこういう奴だったのか、それとも死後にこんな性格に変わったのか。
ハーパーは水中爆弾を落とす機会を伺っている。
サメの特徴的な背びれが見えたら、それが合図だと思っている。
しかしジョージは一向に姿を見せない。
(あいつは様子を伺っている。
本当に厄介な奴だ)
とても、手招きした危険な場所にのこのこ現れ、海流によって流された奴と同一人物とは思えない。
だが、ついに動きがあった。
遠くから迫るサメの背びれが見えたのだ。
爆弾を投擲しようとするハーパー。
しかし、思いとどまる。
(違う……)
そう思ったハーパーの手からショウが
「貸せよ! 俺がやる」
と爆弾を奪うと、サメの背びれの方に向かった投げ込んだ。
水中で轟音を出し、周囲の魚を気絶させる。
当然迫って来たサメも衝撃を受けたようで、フラフラし始めた。
「おらーーー! エレナの仇だ! 死ねーーー!!」
ショウが銃を乱射する。
「待て、あれはホオジロザメじゃない!」
レンはジョージによって岩礁に運ばれた時、咥えられた足から出血していた。
その血の匂いでやって来た別のサメ、沖合に棲息するヨゴレだったのだ。
まあヨゴレも人喰いザメだから、倒した方が良いのは確かだが……。
(危なかった……。
あんな反撃手段を持っていたとは……)
海中深くで様子を伺っていたジョージは、水中爆発で少なからぬ衝撃を受けながらも、相手の手の内を知る。
深い所に居たからまだ良かったが、近距離で食らっていたらアウトだった。
だが相手が爆弾を持っている事を知れたのは大きい。
焦れて仕方がないが、もっと様子を見て行動しないと……。
だが直情バカが先に動いた。
一向に姿を見せないジョージに、助け出すなら今の内だとばかり、ショウは海に飛び込んで岩礁に引っ掛かった我が子を助けに向かった。
(せめてもの情けだ。
子供は見逃してやるよ)
ジョージが深きより静かに迫る。
レンを助け出し、船に引き上げる所までは待ってやった。
ショウが安心したその瞬間、ジョージがショウの足を噛み砕く。
悲鳴を上げるショウ。
(こいつはこれで許したりはしない)
ジョージは、ショウの足を咥えたまま海中深く、深くへと潜っていく。
人間、息が出来ずに死んでいくのが、一番苦しい死に方とも言われる。
ジョージは、ショウがもがかなくなるまで海中を引き摺り回した。
そして完全に溺れた事を確認した後で、その頭を噛み砕いた……。
祝、海の日(にこんな殺伐とした話を書いて良いのか?)
次話は19時です。
次で終了です。