Point of no Return
かつてジョージが友達だと思っていたショウ、ハーパー、マーティ、そしてエレナ。
そしてショウとエレナの子のレンが今回クルーザーに乗ってやって来た。
彼等は一応釣りのスポットと呼ばれる海域に碇を下す。
そして釣りを始めた。
が、釣りは食糧確保の為でもスポーツの為でもない。
釣った魚は、その場で切り刻まれ、肉片と血に変えられる。
それを海にばら撒く。
血の匂いに釣られてやって来たのはヨシキリザメであった。
その魚影と背びれを認めた彼等は何をやったか?
船上から銃撃を始めたのだ。
1メートル程度のヨシキリザメは、何発かの銃弾に身を抉られて死ぬ。
そしてその死骸というか肉塊と血は、より大きなサメを呼ぶ為の撒き餌とされた。
(仲間に対して何という事を……)
その光景を聴覚や嗅覚で理解したジョージは、思わず憤る。
そして
(サメを仲間、か……。
自分は本格的に人間じゃなくなって来ているんだなあ)
とも感じていた。
何年か前からだろう、今のジョージは種類こそ違えどサメを身近なモノと感じるようになっている。
逆に人間を見ると、異形の怪物のように感じるようになった。
まあ頑張ってもサメたちとはコミュニケーションを取れないし、話をするなら人間の方になってしまうのだが。
奴等は大物を仕留めようと思っている。
では、その期待に応えてやろうではないか。
まあ期待には応えるが、希望通りになってはやらないが。
そう思いながらジョージは、悠々と背びれを見せながらショウのクルーザに近づく。
「おい、あれを見ろ!
大物だぞ」
「ヒャッハー!
ありゃホオジロザメだぜ!
人喰いザメだ」
「あれ、映画の影響で狩り尽くされて保護対象になっているよな。
だからこそ、殺すのはスリル満点だ!」
「よし、近づいたら撃ちまくれよ。
人喰いザメだって、銃には勝てねえんだよ。
人間の方が強いんだ」
「レン、父さんのカッコいい所を良く見ろよ」
「うん、父さん!
あんなの、やっつけてしまえよ!」
船上は大盛り上がりである。
映画と違って、退治した証拠として死骸を持ち帰ったりする必要はない。
ただ惨殺したいだけだ。
むしろ殺した証拠なんか残したくない。
だから釣り針を使いもしないし、浮きを銛で打ち込んで潜らせないようにして弱らせる事もしない。
銃弾を海にぶっ放すだけ。
血の匂いに釣られてやって来た人喰いザメを、銃弾の雨で殺すだけだ。
サメなんか所詮、餌に釣られてフラフラ寄って来るだけの知能の低い魚なんだ。
彼等はそう高を括っていた。
だがこのサメは人間の知能と知識を持っている。
遠くから探っていた段階で
(随分と物騒な銃を使ってるな。
でも拳銃だな。
機関銃とかは流石に使わないな)
と人間の武器を分析し終えている。
威力は高いが貫通力はそれ程でもない。
当たれば肉が弾けて相当なダメージになるだろう。
だが対処方法はある。
僅かであっても、海面下にあれば良い。
弾丸が水に当たった時に、威力の相当分が失われてしまう。
また、サメの高速疾走で出来る波もまた、防御に役立つだろう。
爆雷とか銛とかでなければ、水中に潜っていれば防ぐ事が出来る。
だがそれでは目的は果たせない。
ダメージを受けるのは以ての外だが、一方で当たって血を流してやる必要はある。
ジョージはそう計算し、ギリギリで傷を負う深度でクルーザーに近づく。
サメがそんな計算をしている等思いも寄らず、彼等は拳銃を海に向かって撃ちまくる。
(覚悟の上とはいえ、ちょっと痛いな)
自分の頭部から背中にかけて弾丸が当たり、血と脂が流れるのを感じる。
1メートル級のヨシキリザメと違い、7メートル級のホオジロザメである自分は耐久力が高い。
多少の銃弾くらいは問題無い。
何発も銃弾を受け、海面に血と脂を浮かべたまま、ジョージは海に潜る。
そして
(頃合いだな……)
とクルーザから少し離れた場所に、瀕死な様子で浮かび上がった。
「やったぜ!
あいつ、浮かんで来やがった」
「あれだけ銃弾を食らったんだ、当たり前だぜ」
「しかし大物だなあ。
とどめを刺しておこうぜ」
そう言いながらクルーザーが近づいて来る。
ジョージのすぐ近くで船は止まった。
操縦していたショウが銃を持って船べりにやって来ようとしている。
彼等はグロッキーなホオジロザメを目の前に、勝ち誇っていた。
その瞬間、ジョージは急速に潜り、そこから急浮上を行う。
エアジョーズへの態勢であった。
血を流し弱ってフラフラ泳いでいたサメが、急に潜った事で人間たちは
「逃げられたか」
「まだ体力があったのか?」
とか言い合っている。
彼等は反撃される事を想像していなかった。
エアジョーズを行ったジョージは、跳び上がった時に舷側にいた男どもを尾で打つ。
意外な攻撃に、2人が海に落下した。
急いで救い上げようとするショウ。
ハーパーは救い上げたが、マーティは
「うぎゃぁぁぁ」
と足を噛まれた事で悲鳴を上げていた。
「助けてくれ!」
その声空しく、マーティは足を咥えられたまま、船から引き離される。
ジョージは、一度マーティを噛むのを止めた。
マーティはサメの口から逃れたのが分かり、大量出血しながらも助けを呼ぶ。
ジョージは、こいつを救いに来た他の者たちの目の前で殺そうと思って離しただけだ。
だが殺そうとすると、一瞬良心のようなものが囁きかけて来る。
(良いのか?
今までお前は色んなものを喰って来たが、人間だけは喰っていない。
ここで一線を超えると、もう戻れなくなるぞ)
と。
だがすぐに、サメの本能のようなものが語りかけて来る。
(喰エヨ!
アレガ何カナンテ気ニスルナ。
口ニ入ルモノ、ソレハ食イ物)
本能に支配されたジョージの眼球は裏返り、白目になる。
瞬幕を持たないネズミサメ目が、得物を喰う時に瞳を傷つけない為の仕草である。
本能に支配されつつも、僅かに残っていた人間性が、恨み募る奴とはいえ無惨な最期を見るのを拒絶したかどうかは分からない。
マーティは柔らかい脇腹から一気に食いつかれ、臓物を失って死亡した。
その最期を見た船上の人間たちからは悲鳴が上がる。
ジョージは人を殺した。
「もう引き返せない場所」をこの時超えたのだった。
次話は21時です。