その日は来た!
ホオジロザメに転生したジョージが、自分の死の胸糞悪い真相を知ってから、どれくらいの年月が経ったろうか?
彼はまだ人間の意識を保ち続けている。
だが、彼は自分が徐々にホオジロザメに侵食されつつあるのを感じていた。
血の匂いを嗅ぐと、意識が無くなってしまう。
気が付いたら、マグロや死んだクジラなんかを貪り食っていた。
更にはアシカ、アホウドリ、ペンギンなんかもその歯で切り裂き、海を赤く染めて来た。
本能が意識を奪い、ただの捕食マシーンと化す。
最初は餌にありついた時だけの現象であった。
だが、次第にその時間が長くなって来ている。
逆に言うと、人間である時間が徐々に短くなっているのだ。
彼は人間であり続けたいと思っている。
人間でありたい、アイデンティティーを失いたくない、そういう理由ではない。
復讐を忘れない為だ。
いつかあの馬鹿どもは、また海に来るだろう。
その時、確実に仕留めてやる。
それは人間、ジョージ・スティーブンとしてやりたいのだ。
意識も無いホオジロザメが殺ったって、さっぱり心は晴れない。
だから
(早く来い。
自分が人間でいられる内に。
人間として復讐出来る間に)
と願っていた。
ジョージはサメとなった後も勉強を続けている。
狩りの仕方、空中に飛び出すエアジョーズという技、あらゆる海域の海流、岩礁の在り処等を学び続けている。
サメとしての学習、それは柔らかな腹を狙って来るシャチから身を守る方法もあり、彼は大人のホオジロザメとして海を生き抜いて来た。
と同時にしばしば電波の届く辺りまで進出し、母親と連絡を取ったり、ニュースを読んだりしてもいた。
つまり人間としての学習であり、それが彼のサメ化を遅らせていたと言っても過言ではない。
(え? 野球で投手と打者の両方をやれる化け物が現れたって?)
とその身がモンスターとなっているにも関わらず驚いたり、
(そうか、今日はクリスマスなんだな。
よし、鮭を食べるか)
と人間だった時の風習も守ったりして、自分が人間である事を忘れないよう努めている。
また、自分と一緒に転生したであろうモバイルフォンの機能も色々と使いこなせるようになった。
サメとしての身体が大きくなる程に、メモリーも増えていくようで、色々な記録も出来るようになる。
ただ、複雑な事をするとその代償も支払わないとならない事も分かった為、それは必要な場合のみに制限する。
基本彼は、たった一人の肉親である母親と、たまに唯一彼を滅ぼす企てとは無関係だったスーザンと連絡を取れたら良く、それにはメッセージ送受信さえ出来たら事足りる。
やりたい事はあるが、それはその時に取っておこう。
そんなジョージを打ちのめす事が起きる。
ある時から母親に送ったショートメッセージの返事が来なくなった。
久々に来た返事には
「愛するジョージ、私はそろそろ神の御許に召されます」
「一度でいい、顔を見たかった」
「貴方はずっと生き続けて」
とあり、ジョージは母親がどういう状態かを知る。
すぐにでも駆けつけて、手を取って看取ってやりたい。
だがそれはかなわない。
母の手を取る為の自分の手は、ヒレに変わっているのだ。
やがて、いくらメッセージを送っても一向に返事が来なくなった。
代わりにスーザンから母の死を知らされた。
母親を失った喪失感に囚われたジョージは、サメ化の進行が早まったように感じる。
徐々に自分でいる時間が短くなって来た。
ジョージで居る時間も、ボーっと考え事をしていたりと、気力に欠けている。
そんな中、あの時クルーザーに乗り合わせていて、唯一ジョージを罠に嵌める企てに参加していなかったスーザンからメッセージが入った。
「ショウたちはこの夏、新しいクルーザーを手に入れた記念に海で遊ぶそうよ。
私も誘われたけど、行かなければ良いよね?」
このメッセージに、無気力になりかけていたジョージの意識は活性化する。
(あいつらが海に来る!)
もう十年以上経過したのは分かっている。
それ以上の何年なのかは、もうよく分からない。
それくらい待っていた。
やっとだ。
やっと機会が巡って来た。
これ以上待っていたら、彼は意識の無いただのホオジロザメになってしまっているだろう。
そんなのは嫌だ!!
この手で殺してやるのだ。
手は無いけどな。
既にスーザンからの連絡で、ショウとエレナが結婚した事も知っている。
ハーパーがダイビングのインストラクターになった事や、マーティが地元では有名企業で偉くなっている事も。
要は彼等は幸せに生きていたのだ。
あの日、何の罪悪感も無しに自分を死に誘っておきながら、のうのうと生活している。
そんな奴等が纏めて自分の領域にやって来るのだ。
人間としての意識を強く取り戻したジョージは、復讐の為の計画を練り上げる。
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「よし、大物を釣り上げようぜ」
陽キャのショウが声高らかに気勢を上げる。
「で、その大物ってカジキとかじゃないよな。
そんな銃なんか持ち込んでさ」
ハーパーのツッコミに、ショウは馬鹿笑いをする。
「サメとかクジラを相手にするんだよ!」
「やっぱりな。
そうでなくちゃ!」
サメもクジラも保護対象なのは百も承知。
だがここは海の彼方。
殺して海に捨ててしまえば、分かりっこない。
そう思って彼等は、海で殺戮をするつもりなのだ。
この点、何ら罪悪感を持たずにジョージを死に追いやった頃と何も変わっていない。
自分たち以外の生命に、何の価値も見出していないのだ。
自分に罪が及ばないよう、遊びで殺しをやりたいだけ。
そんな彼等は、彼等を逆に狩るモノが潜む海にやって来た。
彼等はそれを知らない。
気づく事もない。
人間の頭脳を持つホオジロザメは、じっと聞き耳を立てて機会を伺っていた。
殺戮をしようとする者たちを、逆に殺戮する為に。
撃って良いのは撃たれる覚悟がある奴だけだ。
意識がサメになっていく辺り、元ネタは中島敦の「山月記」です。
次話は19時です。