転生したらホオジロザメだった件
ジョージ・スティーブンは所謂陰キャであった。
アメリカ風に言うならナードであり、同じオタクでも社交的なギークとは違って、避けられるタイプである。
なのにジョージには彼女が居た。
ジョージ本人すら不思議に感じている、向こうからのアプローチであったのだ。
そしてジョージは今その彼女エレナと、彼女の友達の陽キャたちとクルーザーに乗って海に来ていた。
来させられていたと言って良い。
ジョージは別に来たかったわけではなく、ダイビングにも海にも全く興味が無かったからだ。
だが、しつこく誘われたし、彼女の友達たちも熱心に誘ってくれたから、まあ渋々に近い感じで来たのである。
同行メンバーはエレナ、金持ちのショウ、ダイビングは得意だというハーパー、海洋生物学を専攻しているスーザンとその恋人のマーティであった。
「おいジョージ、こんな所まで来てモバイルフォンばかり弄ってんじゃねえよ。
海潜ろうぜ」
クルーザー所有者であるショウが声を掛けて来た。
「いや、僕は特に」
「道具は貸してやるって言っただろ。
ものは試しだよ。
さあ、行こうぜ」
「いや、ちょっと……」
「なあに、ジョージ。
私が誘っているのに、行かないとかは無いよね」
「エレナ、そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、行きましょうよ」
こうしてジョージは嫌々ながらダイビングをする事になる。
ジョージは周囲に呆れられながらも、防水処理をしたモバイルフォンと一緒に潜った。
水中写真も撮れるし、いいだろと言うと周囲は肩を竦めていた。
まあ潜ってみると、中々に楽しい。
色とりどりの魚が見られたし、水中から覗く海面のキラキラした様子なんかも美しかった。
ダイビングのポイントとされる沈没船も面白い。
使い古した船を漁礁とすべく沈めたものだといい、最近沈められた為まだ船体は真新しい。
それでも海藻のようなものが付き、魚もチラホラ住み始めている。
見ると、友人の一人であるハーパーが手招きしている。
無視するわけにもいかない。
なにせ初心者のジョージは、他の慣れた者の手ほどき無しには何も出来ないのだし。
呼ばれた場所に来てみると、そこは岩場の穴場スポットのようなもので、大型魚が見えたりして中々の撮影ポイントと言えた。
思わず撮影に夢中になる。
それが命取りとなる。
突如急な海流がジョージの体を押し流した。
岩場というのはそういうものだ。
複雑な潮の流れがあり、初心者では対応なんか出来ない。
そのまま深い海の底に引き摺り込まれるジョージ。
当然だがパニックを起こし、呼吸が乱れる。
呼吸が出来なくなる。
頭がクラクラする。
もうどうしたら良いのか分からない。
やがて目の前が真っ暗になるのを感じ、意識も朦朧となり、ジョージの記憶はそこで途絶える。
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(は?)
ジョージは意識を取り戻した。
(そうだ、自分は変な場所に流されてしまったんだ。
戻らないと。
皆には迷惑を掛けてしまったなあ)
そう思って何とか泳ごうとした。
そして奇妙な事に気づく。
(あれ? 僕の手はどこにいったんだ?
動かしている感覚はあるんだが……)
それだけではない。
ジョージは泳ぎは苦手な筈だった。
ダイビング用に足ヒレをつけて貰って、ようやく推進出来た程度のド下手くそである。
なのに今の彼は、自分でも驚く程に高速で海を進んでいる。
(不思議な感覚だ。
息苦しくないし、むしろ泳げば泳ぐ程呼吸が楽になっていく。
……って、そういえば酸素ボンベとかどうなったんだ?
口には何も咥えられていないぞ!)
頭が冴えて来る程に、ジョージは自分の身の異変に気づいていく。
何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
兎に角、皆の元に行かないと。
だが、水面に出た彼はいよいよ我が身の謎を深めてしまう。
空気中だと不快なのだ。
呼吸も出来ない。
水の中に居ないと死んでしまう、そう本能的に思ってしまう。
それでも水中からクルーザーを探して、皆の元に行こうとしていたが、船自体を見つけられない。
遠くの方で、水を掻く音が聞こえる。
ジョージはとりあえずそちらの方に向かってみる事にした。
手漕ぎボートのオールの音だったようだ。
ジョージはこの近くで他に船が居ないかを聞こうと、そのボートに近づく。
(あの、すみません)
水中から顔を出してそう言おうとした。
だが、声なんか出ない。
そしてジョージの方を見た手漕ぎボートの女性は恐怖に顔を引きつらせながら
「サメよーーーー!!!!」
と叫び、持っていたオールを振り回して暴れる等、パニックになっていた。
(サメ?
やばい、自分喰われるかも)
なんて思ったが、感触として攻撃されているのは自分だし、潜って周囲を見ても魚影なんか全く無い。
(まさか、サメって僕の事か?)
言い知れぬ恐怖に囚われたジョージは、そのボートから離れた。
(どこかに鏡とか無いのか?)
水中を高速推進出来る、音がやたらよく聞こえる、水中の方が息苦しくない、手も足も確認出来ない、喋れない、色々な状況証拠が自分がサメになってしまったと教えてくれる。
だが信じたくない。
嘘であって欲しい。
ジョージは決定的な証拠を求めて、自分の姿を確認しようとする。
(そうだ、沈没船だ!)
自分がこうなる前に見ていた沈没船。
あれには鏡があったと思う。
ジョージは広い海を泳ぎまくって、その場所を見つけた。
彼は、海の中をやたらめったら泳ぎまくったから、普通なら位置を見失って迷子になる筈なのに、しっかりどこをどう泳いだか分かっている自分に気づいていない。
(見つけた)
沈没船に近づき、操縦席から後方を確認する鏡を覗き込もうとした。
その試みは果たせない。
操縦席は彼の図体に対し、小さかった。
それでも彼は自分の姿を見る目的は果たす。
自らが起こした水流で泥が除けられたガラスには、一匹のホオジロザメが映っていたのである。
ジョージは我が身がどうなったのか、嫌でも理解してしまった。
海の日用にさらっと書いたものです。
海の日の17日には終了します。
次話は19時です。




