9.予兆2
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クロードとメリッサが出発した三日後の朝、無事問題が解決し、今日の夜に屋敷に帰り着く予定だと知らせがあった。
その時に渡された手紙にクロードの字でこう書いてあった。
『ディアの誕生日には間に合いそうだ。屋敷に帰り着くのは夜になるから、ディアは先に休んでいるんだよ。』
「もうっ私は子どもではないのに!到着くらい待てます…」
父からの相変わらずの子ども扱いに呆れつつも、問題が無事に解決したことにほっとする。そして最短で解決してみせた両親もやはりすごい。
クラウディアは思いの外、安堵の気持ちが強かったことに自分でも驚いた。両親不在の家で過ごす日々は、実は気を張りつめていたらしい。
何故ならば最近のウォルトン家はなんだか落ち着かない。
最近特に人手不足なのが要因の一つである。
アンナも今不在の一人だ。なんと懐妊がわかり、今は不安定な時期なので体調が良くなるまで実家に戻り休んでもらっている。
結婚後も変わらず働いてくれているメイドの存在は珍しく、アンナはそれでいて優秀であり貴重な人材だ。
クラウディアは赤ちゃんを抱いた経験がなく、家族同然のアンナの子を抱かせてもらうのを今から楽しみにしている。
無事に産んでもらうためにも、今の休息は必要不可欠なものである。
この頃領地で起こっている問題たちは、おそらくアーガンが裏で手を引いて仕掛けたものだろうが、この家の人手不足はその線は考えていない。
皆信頼の厚い者達であるし、本当にたまたま皆の時期が重なってしまっただけだと確信がもてる。
そのたまたまを嗅ぎ付けられた可能性はあるが。
ウォルトンの人手不足を嗅ぎ付け、あえて狙っているのだとしたら相当質が悪い。
クラウディアは、何故アーガンのような家がこの国の公爵家で居続けられているのかがわからない。伝統を重んじる家柄だとは昔から聞いているが、伝統というより、しがらみに囚われすぎだと感じる。
アーガンが、自分の利益のために何か良からぬ手を使っているのは、だいたいの家が勘づいているはずだ。
アーガン公爵の態度から確信が持てるものの、どれも決定的な証拠が掴めないため表立って言えないのだ。裏で協力している家もたくさんあるのだろう。
いろいろ考えながらクラウディアはふと気づく。先程まで、アーガンは何故公爵家で居続けられているのかと思ったが、公爵家だからこそ、そこまでの隠蔽が出来るのだ、と。
本当に権力の無駄遣いだと怒りが沸いてくる。
いつまでも自分の思い通りに国を引っ掻き回せると思われていては困る。それをさせないためにも、ウォルトンは売られた喧嘩に絶対に負けてはならない。
今のところ、起こされた問題はクロードが速やかに解決し、メリッサと共に事が起こる前より良い環境にしてみせている。これから必ず尻尾を掴んで、きちんと然るべき処分を受けさせたい。
そのためには、両親にばかり任せていないで、クラウディア自身も何かしら役に立てるように動きたい。
今日二人が帰ってきたら、自分には何が出来るのかいろいろ聞いてみようと思う。
そしてフィンリーが視察から帰ってきたら、自分の方から、フィンリーに一度今回の問題多発の件を相談もしてみようとも思った。
まずは、両親が帰って来るまで領地の現状把握をし直そうと、書斎へ向かった。
□□□
「無事解決して良かったわ。」
帰りの馬車の中で、メリッサがほっと息をつく。
「本当に。…ただ呆気なかったことが逆に引っ掛かるが…」
「さすがにそれは気にしすぎじゃないかしら?あなたが有能なのよ。」
メリッサに微笑んでそう言われ、難しいままだったクロードの表情が和らいだ。
「……ははっ、そうだな。ディアの誕生日に間に合うし良しとするか。」
「そうね。娘の誕生日くらいは何も考えず家族でゆっくりしましょう。」
ここ最近の細かい問題の多発でさすがにクロードもメリッサも疲れている。移動の多さや、行く先々で魔法を使用しているため、なかなか体力が万全まで回復しないのだ。むしろ疲労がどんどん蓄積されていっている。
しかし、そんな中でも二人にとってクラウディアの誕生日を一緒に過ごせることは喜ばしいことだった。
あと一年したら、クラウディアはフィンリーと結婚する。
誕生日に式を挙げる予定なので、家族三人で祝う誕生日は、おそらくこれで最後になるだろう。親としては、何としても一緒に過ごしたかった。
「私達にとって、いつまでもディアは子どもみたいに感じていたんだが……もう十七歳なのか。」
「えぇ。とても綺麗になったし、勤勉だし…自慢の娘ね。」
「もちろん。幸せに、なって欲しい…。」
「……なれるわよ、絶対に。」
二人は、娘の幸せが自分たちの幸せだと顔を見合わせて笑う。
「…おっと、メリッサ、大丈夫か?」
「えぇ、さっきから何かしら…」
先程からカタカタと馬車が不規則に揺れている。車輪の調子が悪いのだろうか。
クロードが、馬車を一度止めて様子を見ようかと言いかけた時、
ガタンッ
突然馬車が大きく揺れた。
□□□
「え、遅れる…?」
日が暮れ始める頃、両親の帰りが遅れると、書斎にいるクラウディアにロバートから言伝が入った。
道中で馬車の車輪に不具合があり、壊れてしまったそうだ。車輪が壊れたくらいなら魔法で補修できるが、その際に馬が怪我をしてしまったらしい。
別の馬を手配するのに時間がかかり、帰ってくるのは夜中になると言う。
「ロバート、こちらからも応援を送りましょうか。」
「いえ、そこまでは必要ないかと。もう手配は済んでいるようで、あとは待つのみだという言伝でしたので。」
「そう……」
あっさりとそう言われ、別に大したことではないのかもしれないとも思う。しかし、
「大丈夫かしら……」
何故か、急にどっと不安が押し寄せてくる。
時間が経つごとに、じわじわと何かに追い詰められている感覚さえある。
手にしている書類も、読んでいるはずが全く頭に入ってこない。先程から何度も何度も同じページを読んでいる。
クラウディアの顔色は悪く、表情にも焦りの色が見える。メイドが気を遣い用意してくれたお茶だけはあっという間になくなった。
ほとんど何も手につかないまま、気づけば窓の外は真っ暗になっていた。
「お嬢様。」
そんな様子のクラウディアを見かねたロバートから声をかけられた。
「もう夜も更けてまいりました。お出迎えはこの爺がしっかりと務めます故、お嬢様は安心してお休みください。」
「でも、眠れそうにないわ…」
「お休みください。せっかくのお誕生日にお嬢様が疲れたお顔だと、それこそ旦那様と奥様が悲しまれますよ。」
「…………………」
ロバートに言われ渋々自室へともどる。両親の悲しい顔は見たくない。
普段、両親が出かけた帰りが遅れても、ここまで焦りと不安を感じることは無かった。
クラウディアは、自分でも何故今はこんなにも不安なのかがわからない。
両親に、何かあったのだろうかと心配になる。しかし、ロバートの様子からしても、起きている事は大したことではないはずだと、首を振る。
(お父様、お母様、早く帰ってきて……)
クラウディアは、胸騒ぎがおさまらないままベッドに入った。