8.予兆1
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「え、またですか…?」
苦い顔をしたクロードに向かってクラウディアが思わず聞き返す。
「あぁ、まただ。ここ最近急に問題が増えている。」
「おかしいわよねぇ…?」
メリッサもさすがに不審に思っているようだ。そしてその原因にはおおよそ見当がついている。
「全くアーガンの奴らめ。あの小太りの腹を蹴飛ばしてやりたくなる。」
「あなた、気持ちはわかるけど落ち着いて。」
ウォルトンが不利益を被るようなことは、大抵アーガンが絡んでいるのだが、あちらもさすが公爵家、なかなか尻尾が掴めないのだ。
「金だけは持ってるからな。上手く使っているんだろう。」
「…ほんとに、もっと国のためになる使い方をして欲しいものだわ。…まぁ、ウチほど還元している家の方が少ないのが現実ですけどね。」
徴収した税金は、民の暮らしに還元されるべきである。もちろん、どこの領主たちも、自分の領地を良くするために使っている。しかし、税金の他に、手掛けた事業で稼いだお金は、民のために使う義務はない。貴族たちが、自分の贅沢のために使うことも、決して悪いことではない。
しかし、そこに金があるのならば、もっと回すべきところはたくさんある。ウォルトン家は、領地内の格差を無くすため、私財も領地のために使っていた。もちろんそれをしても生活に大幅な余裕があるからこそ出来ることだ。しかし、いくら生活に余裕があろうが、やらない領主はやらない。
ウォルトン公爵領は、その成果で領地内の格差はほぼなく、どこも平穏で、そして怠慢もなく働き、皆が生き生きと暮らしている。
そのはずなのだが、最近やたらあちこちで細々とした問題が起こるのだ。
不作であったり、盗みがあったり、一部で感染症が流行ったり……。
これまでも問題が無かった訳では無いし、今起きている問題もひとつひとつは大したことではなく、原因に繋がりもない。しかし、こうも次から次へと問題が起こると、そこに意図を感じてしまう。
そしてそこに意図があるのなら、絶対にアーガンが絡んでいるはずなのだ。ウォルトン家は、アーガンとその派閥の家以外とは良好もしくは良くも悪くもない当たり障りのない関係でしかない。意図して公爵家にこんなことを出来るのは、アーガンしかない。
「こんなにウチを嫌っているはずなのに、クラウディアとは二人で会って話したいなど、図々しいにも程がある!!」
「……それは、フィンリー殿下と婚約する前の話ね。」
「あぁ、本当に、クラウディアがフィンリー殿下と婚約してよかった!!」
「それは大いに同意するわ。」
クロードは、アーガン家のマルスにクラウディアが嫌々会わされていたことを相当根に持っている。愛娘があそこの家の息子を好きになるとは微塵も思っていなかったが、クラウディアは賢く美しい。逆に好かれることはあり得るのだ。
マルスもおそらくクラウディアのことを良く思っていたのだろう。しかしフィンリーがいるため遠慮していたのを、急にクラウディアが続けてレイモンドと会っていることを聞きつけ、自分に好機だと思ったのだろう。そんなことは有り得ないのだが。
結果、その行動はクラウディアとフィンリーの婚約を後押しした形になったのだが、クロードにとってはそんなことは関係ない。未だにアーガンと何かある度にグチグチとその時のことを言っている。
メリッサはこの愚痴にも慣れたもので、初めは一緒になって怒っていたが、最近は軽くあしらっている。
「イルビスの方にも一度相談するか…。」
「そうね、ちょっと協力してもらいましょう。」
「アーガンが簡単に尻尾を出すとは思えないが、うちだけで対処するよりはいいだろう。」
ウォルトンとイルビスの関係は良好だ。イルビスはこの国の筆頭公爵家であり、中立の立場を表面上保っているものの、ウォルトンの味方をしてくれている。アーガンのウォルトンに対する当たりが行き過ぎていることを良く思っていないのある。イルビスは、この国の公爵家として、常に正しく高潔であるべきだとアーガンを咎めることもよくあるのだ。
そしてアーガンも、筆頭公爵家のイルビスに対しては、ウォルトン程あからさまな態度はとらず、忠告は聞くようにしているようだ。まぁそれも一時のことではあるが。
イルビスに相談すれば、きっと今回の件の調査にも協力してくれるだろう。
「万が一、いや億が一アーガンが絡んでないにしても、今よりも良い方向へ向かうだろう。」
「そうね、早急に手紙を送っておくわ。ロバート、一緒にお願い。」
「はい、奥様。」
メリッサは執事のロバートを連れイルビス家宛に手紙を送る準備をしに行った。
「…これにより少しはましになれば良いが…」
「私達が嫌いなのであれば、直接ここにいらしたらいいのに。民に全く罪はないのに…陰湿です。」
クラウディアも、ここ最近の問題多発には腹を立てている。
幸いまだ死人は出ていないが、怪我人は出ているのだ。いつか死人が出てしまうかもしれない。何も知らない民達を巻き込むのはやり方が陰湿過ぎる。
そして、死傷者が出ることを承知で、意図して次々と問題を起こしているとなると、人を人とも思っていないかのような感覚に寒気がする。
「…今回はどのような問題なのですか?」
「今回はまた別のところで盗賊が出ていると通報があった。町の警備隊で対処は出来ているのだが、どうも今回は大元がいるらしくそれがなかなか捕まらないのだ。」
大元が捕まらないと、盗賊も減らない。町の住民たちはさぞや不安な日々を過ごしていることだろう。
このまま警備隊に任せてしまうことも出来るが、クロードはそれをせず、明日にでもメリッサと共にそこへ向かう予定だ。
町で暮らす民より、貴族である自分たちは魔力が強い。そして魔法により事態を早期に改善出来ることも多い。クロードは最近増えている問題たちにも全て自らが赴き解決してきた。
「民のために動かなければ民も動いてくれない。そしてここは私達の領地なのだ。それなのに私達が何もせず人任せでいるのはおかしな話だろう。だから私は自ら動くのだ。」
いつもクロードが言っていることだ。クラウディアはそんな父の姿勢を尊敬しているし、自らもそうなりたいと思っている。
「これから準備をして、明日にはあちらへ向かうようにする。しかし今回は少しばかり遠い。問題解決も含め、最低三日はかかると思う。」
「そうですか…」
「でも…ディアの誕生日に間に合うように帰ってくるよ。」
四日後はクラウディアの十七歳の誕生日だ。誕生日までに戻るにはギリギリの日程だ。
「そんな、私のことはいいのです。問題の解決を優先してください。」
「…そうするべきなのはわかっている。しかし、フィンリー殿下もコータスに向け昨日発っているし、戻る予定もあと六日後だろう?」
「?はい。」
「……誕生日を、一人きりで過ごすのは、悲しすぎるだろう。」
クロードはクラウディアの頭を撫でながら、自分の事のように悲しそうな顔をしていた。
領地のことを常に考え自ら動いてきたクロードだが、決して家族を蔑ろにはしなかった。クラウディアも、自分が大切にされている自覚があるし、父のことが大好きだ。
こんな大変な時でも、『娘の誕生日などどうでもいい』と思われないことが嬉しく思えた。そして、その気持ちがあればクラウディアは十分だった。
「その気持ちだけで十分嬉しいです。出来れば早く帰ってきて欲しいけれど……無理はせず、しっかり解決してきてくださいね?」
クラウディアはにっこりと笑った。
「大好きです、お父様。もちろんお母様も。」
「あぁ、私達もディアが大好きだよ。ありがとう。」
□□□
翌日、準備を終えたクロードとメリッサは問題の地区へ出発しようとしていた。
「では、私達は行ってくるよ。」
「ディア、留守をお願いね。」
「…今ここの人手が少ないのが不安だが…」
確かにここ最近、人手が少ない。
もともと屋敷には必要最低限の使用人しかおらず、手が空いている者には領内の各地へ行ってもらい現状把握や現場指揮をしてもらっている。
それに加え最近、体調不良や懐妊、家庭の事情など様々な理由で少し人手が不足している。
どれも仕方のないことだし気にせず休んで欲しかったが、本人達が休もうとしなかったため、こちらから休むように促したのだ。
「そこからさらに連れていかなければならないのも心苦しいわね…」
当然、問題解決へ向かうのはクロードとメリッサの二人のみではない。護衛も兼ねて何人か使用人も同行する。
しかし執事のロバートは屋敷に残るので、公爵が不在でもこの家を知り尽くしている古株のロバートが居れば大抵の事は何とかなる。
「私は大丈夫です。身の回りのことは自分でも出来ますし、安心して盗賊の問題の方に集中してください。」
「…あぁ。必ずすぐに捕まえてくるよ。ディアの誕生日に間に合うように。」
「ふふ、はい!」
クラウディアももう子どもではない。仮にメイドが居なくても自分で出来ることはたくさんあるし、執務に関しても、簡単なものであれば自身の判断で処理出来るので、安心して任せて欲しい。
とは言えやはり心の底では寂しいと思っているのか、クラウディアはいつもは見送りの時にはあまりしないハグを、今日は両親二人共にしっかりと交わした。