6.二人のお茶会
「ディア、よく来てくれたね。」
通された庭園のガゼボに、フィンリーが座って待っていた。
「フィンリー様、お招きいただきありがとうございます。この日を楽しみにしておりました!」
「あぁ、私もだよ。さぁ座って。」
フィンリーに促され、クラウディアはさっそく椅子に腰かける。その所作もやはり綺麗で、フィンリーは穏やかにその様子を見守る。
「…今日も、ディアは美しいね。髪型は、誰かにしてもらったの?」
「はい、アンナにしてもらいました。」
褒められ照れたクラウディアは、アップされていないおろしている髪の毛を思わずいじる。
するとその髪をすかさずフィンリーがすくいとる。
「可愛い。」
指にクラウディアの髪を絡めながら、愛おしそうにクラウディアを見つめ、微笑む。クラウディアは、いっきに顔が熱くなるのを感じた。
黙り込むクラウディアを見て、フィンリーはくすりと笑った後、大袈裟にため息を吐く。
「はぁ、反応がない。やれやれ、私達は一年後結婚するのに、想いは私の一方通行か。こんな調子では結婚してから心配だ。」
「……もうっ!わかっているくせに、いつもわざとおっしゃるでしょうっ!」
顔を真っ赤にしながらクラウディアが抗議する。
「ははっごめん。つい、可愛いから。」
「……ずるいです。」
クラウディアはぷくっと頬を膨らませ、フィンリーをじとりと睨む。じっと見つめ合うこと数秒、二人はそろって吹き出した。
こんなやり取りも、もう何度目だろうか。そして二人は自然な流れでお茶を飲み始め、いつものようにお互いの近況など他愛もない話を楽しんだ。
「もうすぐディアの十七歳の誕生日だね。」
「はい、そうです!」
フィンリーが自分の誕生日をしっかりと覚えてくれていることに顔が綻ぶ。しかしフィンリーの表情は曇っていた。
「…だが、誕生日は君に会うことができないかもしれない。」
「…?ご公務ですか?」
「あぁ。今度の視察が、随分と遠くになるんだ。本来は兄が行く予定だったんだけど、体調を崩していてね。」
「え…エイブリー殿下は…その、大丈夫なのですか?」
「大したことないよ。もう良くなっているが、病み上がりだし、私が行く予定だった他の視察の方が近いから、私と代わることにしたんだ。」
エイブリーが体調を崩すなど、これまでほとんど聞いたことがなかったため、深刻な病気かと動揺したクラウディアだったが、もう良くなっていると聞いてほっと息をつく。
エイブリーが行くはずだった地、コータスへは、馬車で三日程かかる距離だ。魔法で馬車に加工すれば二日に短縮は出来るが、それでも病み上がりの体では、またぶり返してしまうかもしれない。そんな兄の体調を気遣い、フィンリー自ら申し出たという。
「自分で言い出したこととはいえ、……すまない。」
フィンリーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そんな、仕方のないことですもの。気にしないでくださいませ。私もフィンリー様のご判断に賛成です。」
寂しくないと言ったら嘘になるが、公務の都合に駄々をこねるつもりはないし、エイブリーの体調も心配だ。フィンリーの判断になんの文句もないクラウディアは、安心させるように微笑んだ。
「…だから今日、渡してもいいかな?」
そう言ってフィンリーが取り出した小箱を開けると、そこには瑠璃色の石が装飾された、小ぶりな耳飾りが入っていた。
「まぁ!とっても素敵です!これを私に…?」
「あぁ。身につけてくれたら嬉しい。」
「もちろん身につけます!ありがとうございます!」
クラウディアの好みのデザインであるし、ひと目で本当に毎日つけていたいくらい気に入った。
「私の魔力を少し込めさせてもらっている。」
「そうなのですか?フィンリー様の瞳と同じ色ですし、この耳飾りをつけていれば、フィンリー様を近くに感じることが出来ますね!」
クラウディアは愛おしそうに瑠璃色の石を見つめる。そんなクラウディアを見て、フィンリーは少し照れたように笑っていた。
「いま、つけてみてもよろしいですか?」
「あぁ、もちろん!…つけるよ。」
「え?」
フィンリーがそう言い、近づきクラウディアの耳にそっと触れる。指の感触がくすぐったく、ドキドキする。そっと見上げると、真剣に耳飾りをつけてくれているフィンリーの顔が間近にあり、慌てて目を伏せた。
「はい、つけ終わったよ。……よく似合ってる。」
フィンリーは目を細めて耳飾りをつけたクラウディアを眺める。そして、クラウディアも自身が見えるように、魔法で氷の板を作り出し、鏡にしてくれた。
自由に物体を作り出すのは高度な魔法だが、フィンリーはいとも簡単にやってのける。
「ありがとうございます。…わぁ、やっぱり素敵!」
「気に入ってくれたなら良かった。……ディアが私の色を身につけているのは、思った以上に嬉しいものだな。」
髪や瞳の色を身につけることは、この国では特別な意味はなく、ファッションの一部となっている。
しかし、その色により個人を連想させることは確かであり、誰しも、親しい相手への贈り物以外で自分の色を贈ることはしない。
特にアクセサリーは、恋人や婚約者に贈ることが多い。
特別な意味はなくても、特別な想いが確かに込められているその贈り物は、嬉しいものだ。フィンリーもいつも以上ににこにことクラウディアを見つめている。
「…フィンリー様の魔力が込められているということは、私の居場所がわかるようなものなのですか?」
気恥ずかしい空気を変えようと、クラウディアは冗談めかして尋ねた。
「ははっ……まぁ本気出せばそれも出来るけど、ちょっと違うかな、そこまではしないよ。」
「そ、そうなのですね…?まぁ、そもそも私がフィンリー様に連絡もせず王都を離れることなどありませんが…」
出来るはずないと思って言ってみたのに、普通にさらりと『本気出せば出来る』と言われたことにクラウディアは驚いた。まだまだフィンリーの力は底が知れない。
そして何かしらは耳飾りに仕掛けがあるようだ。
「…では、どのような仕掛けが?」
「ん?秘密。」
フィンリーは人差し指を口元に立て、にやりと笑う。
そのいたずらっぽい表情に思わず見とれてしまうが、誤魔化されまいとクラウディアは表情を取り繕う。
「…秘密、ですか……」
クラウディアはじとりとフィンリーを見つめる。秘密と言われると知りたくなるものだ。
「うん。でも、お守りみたいなものだよ。」
しかし笑顔ではぐらかされてしまう。こうなるともう絶対に教えてくれない。怪しい魔法ではないとフィンリーを信じ、諦めることにする。
確かに、この耳飾りはクラウディアにとって間違いなくお守りのようにはなるだろう。しかしそれは魔力が込められているからではない。
「魔力が込もっていてもいなくても、私にとっては、フィンリー様からいただいたというだけでお守りになります。そして、大切な宝物です。」
瞳と瞳をしっかりと合わせ、クラウディアは綺麗に笑った。
「………これは、可愛すぎて結婚したら君を屋敷から出したくなくなるな。」
そしてたまに、こうしてフィンリーは聞き捨てならないことを言ってくる。しかしクラウディアも照れてばかりではなく、言い返す時は言い返すのだ。
「うふふ、嫌ですわフィンリー様。私はフィンリー様と一緒に色々なところへ行きたいのに。それに、お父様とお母様もいることをお忘れで?」
「あははっそうだね。君を閉じ込めておくのは辞めておこう。私もディアと出掛けたいし、公爵に何をされるかわからないしね。」
二人はくすくすと笑い合い、なんとも幸福な雰囲気に包まれる。
「…幸せだな。」
笑顔のままぽつりとフィンリーが呟く。
「…優秀な兄に感謝しないと。」
「そうですね。エイブリー殿下は私たちが婚約する時も後押ししてくださいましたしね。」
「うん、まぁそれも大いに感謝しないといけないのだが、」
フィンリーは一度言葉を切り、一転して真剣な顔で続けた。
「兄が、優秀であり、王太子であることを受け入れ、そして健康であってくれているからこそ、私達は結婚出来るんだ。そのことを忘れてはいけないと思っている。」
もしも王太子であるエイブリーに、このどれか一つでも欠けていたら、すんなりと王位を任せることは難しい。そして必然的にフィンリーは王家に残り、王太子をサポートするか、自身が王位を継ぐ存在にならなければならない。
エイブリーが居てくれるからこそ、二人の幸せは成り立っていると言える。
「…そうですね。本当に、エイブリー殿下には感謝してもしきれません…」
「だから私は、精一杯兄に恩返しをしたい。王家を出ても、この国を思う気持ちは変わらないし、公爵家という立場から兄を支えていけたらと思っている。」
「えぇ、私も協力いたします。」
「…ありがとう。心強いよ。」
二人は、自分達を取り巻く環境が幸せなのだということを常に心に留めている。そして、感謝の気持ちを忘れない。このような二人だからこそ、周りも二人の婚約、結婚を祝福してくれているのだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「そろそろ時間だね。」
「えぇ、では今日はお暇いたします。視察、くれぐれもお気をつけてくださいね。」
「ただの視察だから大丈夫だよ。それに、ディアが待っているんだ。必ず、何があっても帰ってくるよ。」
「エイブリー殿下にも、お身体お大事にとお伝えください。」
「あぁ、伝えとくよ。ディアも気をつけて帰って。」
「ありがとうございます。」
挨拶を済ませ、クラウディアが帰ろうとすると、フィンリーに呼ばれ、足を止める。
「ディア」
「はい……っ!」
振り返り様にふわっとフィンリーに抱き締められた。
「じゃあ、また。」
フィンリーの優しい笑顔と共に、この日のお茶会はお開きとなった。
読んでいただきありがとうございます!
次回から物語が少しずつ動き出します……っ!
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