5.婚約者との出会い3
魔法が確かにあることはわかったが、今度はそれがどのように発動するのかを知りたくなる。
「本当にすごいね…もう少し、試してみてもいい?絶対に怪我はさせないから。」
「どうぞ!怪我しませんので!」
「ふっ、嫌な感じしたらすぐ言ってね。」
フィンリーはほんの少しずつ、自身の流す魔力を強めていく。
(何も起こらないか…まだいけるか…?)
もう少しだけ、と魔力を強めた瞬間、ぱちんと魔力が弾かれた。
「!!おぉっ!」
「いま、弾きましたね!あ、殿下、お怪我は…?」
魔力を弾かれた自身の右手を見つめるフィンリーに、クラウディアが焦って聞く。
「大丈夫。…本当に弾かれた!面白い!!」
興奮してはしゃぐフィンリーを見て、クラウディアは驚きつつも笑顔になってしまう。自分の魔法のことでこの国の王子がこんなに面白がってくれていることがなんとも嬉しかった。
「今はどんな状態なの?」
「一度発動したので、今は何もない状態です。また魔法をかけ直します。」
「えっじゃあ今から膜をはるってこと!?触っててもいい??」
「!どうぞ………っ!」
クラウディアの返事を聞いた勢いで、フィンリーは、そのままクラウディアの手を握る。早く早く、とわくわくした目でクラウディアを見つめる。握られた手と、真っ直ぐな瑠璃色の瞳にクラウディアはどきりとし、顔が熱くなるのを感じた。
クラウディアは防御膜を張り直す。フィンリーは再び魔力探知をしながら様子を見ていた。頭の上から、魔法がだんだんとクラウディアを包んでいく。色は見えないが、まるでヴェールを被っているようで、神秘的なその様子にフィンリーは息を飲んだ。
「……きれいだ…」
「ふふっ」
思わず呟くフィンリーに、クラウディアは照れた笑顔で返す。その笑顔は、素直に可愛いと思った。
「本当に面白い魔法だね。僕もまだまだ勉強しないと。」
「えっ殿下はもうすごいですっ!私がもっと勉強したくなりました!」
「……………フィンリーでいいよ。」
「えっ?」
聞き返すクラウディアに、フィンリーは拗ねたような照れたような顔を向ける。
「だから、『殿下』なんてよそよそしいから、名前で呼んで?それとも僕の名前忘れた?」
「いいえっ!?で、でも、いいのですか?…………フィンリー、様……」
「うん、そう呼んで。」
戸惑いながらもクラウディアが名前で呼ぶと、フィンリーは満足そうに頷いた。
それから二人は、他愛もない話に花を咲かせた。お互いにとって、近い年齢の子どもと話す機会も少なかったため、より楽しい時間となった。
「そういえばクラウディアは何歳?」
「わたしは、いま八歳です!」
「そうなんだ。僕は十歳だから、二つ下だね。」
気づけば、けっこうな時間が経ってしまっていた。
「あ、お茶会……」
クラウディアが自分がお茶会の途中で迷い込んだことを思い出し顔が焦り出す。
「そういえば今日は誰と来たの?」
「今日は、お母様と来ました…」
「…そっか。探してるかな……戻らないとね。」
「は、はい……でも…」
(あ、そういや迷子だったっけ。)
気まずそうにするクラウディアを見て、この子は迷子であったことを思い出す。
「…僕が送ってあげようか?」
「!!!いいのですか…っ」
「うん、いいよ。」
少し前までは、送る気もなく早く離れて欲しいとさえ思っていたのに、不思議と今は、自然と送ってあげようと思うのだった。
「………また、……」
「ん?」
「あ、いえ…」
クラウディアは、『また話したい』と言いたかったが、王子相手にそんなことを自分から言うのは失礼だろうと思い口をつぐむ。
そんなクラウディアの様子から、フィンリーはクラウディアの言いたいことを察し、嬉しくなる。自分もそう思っていたからだ。
「また話したいね、クラウディア。」
「!!……はいっっ!」
「王宮に来た時に僕を見かけたら遠慮なく声を掛けてね。」
「いいのですかっ!…ありがとうございます!」
「ふふ、じゃあ、今日はとりあえず戻ろう。」
「はい。」
フィンリーに案内されお茶会の会場へ向かい王宮を歩く。話しながら歩いていると、会場は思っていたよりも近くの場所だった。
会場へ戻ると、第二王子と共に現れたクラウディアに周囲は驚いていた。
すると青い顔をしたメリッサがとんできた。メリッサは、クラウディアがいなくなったことにしばらくして気づいたが、無断で会場を抜けるわけにいかず、エイブリーか王妃に断りを入れたかったが、婚約者候補の令嬢たちが優先的に話しており、なかなか声をかけられなかったとのこと。とりあえず会場内を探し、見つからず使用人に先程声をかけたところだという。
メリッサの顔色は青いが、クラウディアが見つかった安心と、勝手にいなくなった怒りのオーラがにじみ出ていた。
平謝りしているクラウディアに助け舟をと思い、フィンリーが近づきメリッサに補足説明をすると、青かったメリッサの顔は何故か真っ白に変わり、メリッサの方から激しく謝られた。
その後、フィンリーとの話で刺激を受けたクラウディアは、その後魔法についてもっと勉強しようと意気込み、王宮にある図書室に通うようになった。
その際フィンリーと会うことも多く、会話を重ね、時には魔法を見せあったりして、交流を深めていった。
初対面の時からお互い好印象だった二人はどんどん仲良くなり、必然的に惹かれ合っていったのであった。
しかし、明らかに想い合っているのに、二人とも成長しても決してそのことを言葉でお互いには告げようとしなかった。何故なら、ウォルトン家が婿を取らないといけないことがわかっていたからだ。
想いを伝えても結ばれないことがわかっているため、二人とも必死に心にブレーキをかけていたのだ。
しかし想いを絶つことはどうしても出来なかった。
親にそれとなく勧められたこともあり、クラウディアは他の公爵家の子息と数度会ったこともあった。
公爵家同士で幼い頃から顔見知りだったこともあり、イルビス家の次男であるレイモンドとは、それなりに会話もはずみ仲良くなった。しかしお互い、友情から進むことはなかった。
アーガン公爵家の三男のマルスにも数度会った。アーガンとウォルトンはあまり仲が良くないどころか嫌われているのだが、クラウディアがレイモンドと会っていることを聞き付けたアーガン家の方が、何故かマルスとクラウディアの面会を押し込んできたのだ。クラウディアは偉そうに喋るマルスのことは苦手で、ただただ笑顔でやり過ごしていたのだが、一度でいいと思っていたのに結局数度会うことになり、その度に憂鬱だった。そしていつも、フィンリーのことを考えてしまっていた。
もういっそのこと旅にでも出ようかと考えている中、近頃あまり会うことが出来なかったフィンリーから呼び出しがあった。
久しぶりに会える喜びと、自分でもよくわからない不安を胸に抱え、クラウディアはフィンリーのもとへ向かった。
フィンリーは、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
年頃になった二人は、もう気軽には会えない。二人きりで会うことは、婚約者かその候補くらいしかしないのが普通だ。近頃はそのことを気にして、必ず侍女や騎士、フィンリーの妹である王女のアイビー、そしてたまにエイブリーのいる場でしか会っていない。
それなのに、その日は二人きりだった。言い様のない不安が押し寄せる。もしかして、もうこれきり会えないのではないか。そんな考えが過る。今日二人きりなのは、はっきりと決別の言葉を告げられるためなのではないかとクラウディアは思った。
フィンリーはクラウディアに近づき、その手をそっと握る。そして――――
「…ディア、私は君を愛している。」
――――フィンリーから想いを告げられた。
「っ…!?」
クラウディアは混乱した。何故、今になって、はっきりと伝えてくれているのか。
「な、何故……今まで、今まで一度も……っ私も、必死に、」
必死にそれだけは言うまいとしていたのに。クラウディアは混乱の中、うまく言葉を紡げない。しかしフィンリーは気にせず握る手に力を込めて続ける。
「もう、我慢することはやめる。どうせこの先、一生君のことを諦めることは出来ない。」
「しかしっ、私は家を出ることは出来ません…っ」
「私がウォルトンに入ればいい!!」
「っ!?……それは、どういう……」
信じられないことをフィンリーが口にした。
フィンリーがウォルトン家に入るということは、つまり、王子が公爵家に婿入りするということだ。
「そのままだ。私が王家を出てウォルトン家に婿入りする。」
「そんなこと…っ出来…」
「やってみせる!!」
『出来ない』というクラウディアの言葉を遮り、フィンリーは強く言った。
「…君じゃなきゃダメなんだ。君が他の男と添い遂げるなど考えたくもない……っ!」
「フィンリー様………っ」
クラウディアも、フィンリー以外の誰かと添い遂げる未来など、一度も見えたことがない。
「必ず、君と婚約出来るようにしてみせる。ウォルトン家には迷惑はかけない。絶対に。………信じて欲しい。」
強い意思を持ったその言葉と瑠璃色の瞳に、クラウディアは涙が溢れた。そして漸く自分も長年の想いを口にする。
「わ、私も…私も、フィンリー様を愛しています…っっ」
クラウディアの言葉を聞き、フィンリーは泣きそうな顔でクラウディアを強く抱き締めた。
そして、フィンリーは本当に国王や周りの許しを得て見せ、フィンリーが十七歳、クラウディアが十五歳の時、ついに二人は婚約した。
次回から時間軸戻ります。
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