49.はかりごと
「まずはしっかりと計画をたてよう。無策で行くのはあまりにも危険だ。」
「そうね…でも策と言っても、身を守る以外何かあるかしら…」
「………」
クラウディアは真剣に考えているのだが、アレンはそれに驚いたような視線を向ける。
「…何?アレン。」
「……この件は俺が、話を進めてもいいか?」
「構わないけど…私の我が儘に付き合ってもらうのに悪いわ…」
「いや、むしろさせてくれ。」
アレンが食い気味で返事し、クラウディアが戸惑いながらも頷いたことにより、アレンは安堵の表情を浮かべる。
こうして、アーガン家を訪ねる計画はアレン主導で進められることとなった。
「それにしても…本当に奴だけ捕まってないのか?」
「…そうね、おそらく。」
この前聞いた捕まった名前以外で後ろ暗いことがある家は、アーガンくらいだとクラウディアは思う。
(でも、どうして捕まえられないのかしら…)
何かまだ証拠が足りないのだろうか。クラウディアは考え込む。
アーガン公爵については、以前からウォルトン家でも調査していて、あと一歩で罪を明るみに出来そうだという時にあの事件が起こったのだ。クラウディアも調査資料には目を通したので、内容はある程度覚えている。この情報は、王家や他の家にはまだ伝わっていないはずだ。情報としては少し古いが、伝えることが出来れば足しにはなるはずだ。
(私が、公爵家で調べていたことを証言出来れば…いや、でも…)
クラウディアの話を証言として聞いてくれる人が居るだろうか。
(さすがに王宮にはもう行くわけにはいかないし……あ、)
しかし考えているうち、一人だけ思い当たった。
(レイモンド様なら――…)
「ディアナ?」
アレンに声をかけられ、クラウディアは顔を上げる。
「私が話せば…」
「?」
「私が、ウォルトン家で調べていた内容で覚えている限りのことを…それも大した内容では無いけれど…誰かに話すことが出来ればいいと思うの。」
クラウディアからこぼれた言葉に、アレンが少しその目を丸くする。
「…奴を捕まえる気があったのか?」
「えっ?」
「ん?」
驚いたクラウディアに、アレンが不思議そうな顔を向けた。
「?奴を捕まえたいから情報を渡して協力してもらうんじゃないのか?」
「あ…そうなる、のね…そうよね…」
アレンが言っているのは、おそらく自分がアーガン逮捕の中心となって動くということだ。クラウディアは、情報をどこかに渡しさえすれば王宮に伝わり、然るべき機関がアーガンを捕まえやすくなるのだと漠然と考えていた。
自分の手で捕まえるなど、考えもしていなかったのだ。
「それは…やはり人任せにしすぎかしら…」
「あ、いや、そもそも俺たちだけで貴族、しかも公爵家の者を捕まえることなんて不可能だし、それこそ逮捕なんて、正式な役目を担っている者か地位の高い者しか出来ない。だが、貴族が協力してくれるのなら俺達がそこに加わることも出来るだろう。」
「そうなの…?」
「ディアは、奴を捕まえたいと思うか?」
「それは…」
やはり、アーガンにはちゃんと罪を償ってほしい。そのために自分が直接何か出来るとなると、やってみたいとも思う。それに、アーガンと因縁があるのはクラウディア自身だ。
「出来るのなら、私自身で決着をつけたい。」
クラウディアの言葉に、アレンは強く頷いた。
「でも、直接アーガン公と話もしたいの。」
「もちろんだ。だからその時を利用したら良い。」
「え?」
「ディアと話すとなると、あちらもボロを出すだろう。むしろこっちからそうなるようにけしかけるんだ。そしてその場を協力者に押さえてもらう。俺はもともとヤツが出したボロを証拠として突き出すつもりだった。」
(そうだったのね…!)
クラウディアは、アレンに感心すると同時に、そこで初めて自分がアーガンと話す件に関して何も深く考えていなかったことに気がついた。身の安全だけ気をつけれは良いと思っていたのだ。アーガンから両親殺害の一連の事件の真相を聞き出したいとは思っていたが、それを証拠として押さえ、直接逮捕に繋げることまでは考えが及んでいなかった。
(私は…本当に甘いわね…)
クラウディアは自分の甘さに反省しながら、アレンが居てくれて本当に良かったと改めて感じた。
「だからもし誰か貴族が協力してくれるのなら話が早い。そして捕まえるうんぬんは任せてしまえば良い。」
「でもそれでは私は何もしていないのでは?」
「そんなことはない。公爵と話すんだから。むしろそれが一番危険だし、ディアが会話で奴が自白するようにしむけてもらうんだから、一番重要な役割だ。」
「一番重要…」
逮捕に関わる一番重要な役割と認識したことでクラウディアの身体に急に緊張が走り、自然と膝の上で拳を握っていた。するとそこにアレンがそっと手を重ねてきた。
「…?」
「無理する必要はない。別にやらなくたっていいんだ。」
クラウディアの緊張を感じ取り、心配してくれたのだろう。その気遣いに身体の強張りも緩んでいく。
クラウディアは重ねられた手に、自分の手を重ね直した。
「いいえ、やめないわ。」
「…わかった。本当に、無理はしないでくれ。」
「ありがとう。」
クラウディアが微笑んだことで、アレンの肩も自然と下がった。
「問題は誰かが協力してくれるのかどうかだが…」
「私達に協力…」
クラウディアの存在を知っていて、信頼出来、話を聞いてくれそうな人。クラウディアは記憶をざっと辿ったが、やはり一人しか思い浮かばなかった。
「レイモンド様に、私が直接お会いして頼んで…」
しかしその名前を聞いたアレンは眉を寄せた。
「イルビス家に行くのか?」
「あら、駄目かしら?」
「あ、いや、駄目、ではないが…その、イルビス家とディアはあまり接触しない方がいいんじゃないか…?」
「何故?」
「何故って…」
「?」
すぐに否定した割に、アレンは少し歯切れが悪い。そして少し間を置いたあと、絞り出すように答えた。
「…目立つからだ。」
しかしその答えは意外に単純なもので、クラウディアには疑問しか浮かばなかった。
「目立つかしら?」
「…目立つ。」
「でも以前も大丈夫で…」
王都に行った時に世話になったが、それで何か問題が起こることはなかった。
「たまたまだろ?なんでディアが直接いかないといけないんだ?」
「だって顔見知りだし…」
「会いたいからか?」
「え?」
クラウディアに聞き返され、アレンはハッとしたように口を噤んだ。無言でしばらく見つめあい、やがてアレンが気まずそうに目を逸らし頭を掻く。
「…いや、でもそうだな。イルビス家に協力を仰ぐのが最良か…」
そう呟いたあと、クラウディアへと向き直った。
「でも、行くのは俺だ。」
「え?でもアレンは顔見知りでもないし…」
「ちょうど商会でイルビス家に用事がある。」
「まぁ、そうなのね…」
本当にちょうどである。まるで予期していたかのように仕事が入っていることがおかしくなり、クラウディアは思わず呆れたような笑いをこぼした。
しかし、公爵家にまで呼ばれるとは、バーレイ商会は随分と手広いようだ。
「あ、じゃあせめて私が商会に紛れて直接イルビス家へ…」
「それは無理がある。商会の皆にもディアがいる理由を説明出来ない。」
「それは…そうね、ごめんなさい。」
「でもさすがに俺の言葉だけじゃ無理だ。ディアに手紙か何か書いてもらって、それを俺がレイモンド…様?に渡す形ならいけると思う。それであちらに判断を仰げばいい。」
「私は手紙を書くだけということ?王都まで一緒に行くとか…」
「駄目だ。協力を得られるかどうかもわからないのに。」
「でも、レイモンド様ならきっと協力してくださるわ。」
「…随分と信頼しているんだな。」
「え?…まぁ、旧知の仲だし…」
クラウディアがそう答えると、アレンは何か言いたげにじっと見つめるが、何も言いはしなかった。
「…?」
「…とにかく、イルビス家の了承を得られたら、ちゃんと計画をたてる。ディアが王都へ行くのはその計画が固まってからだ。それより先にディアが王都で万が一アーガン家の者に見られて勘付かれてもまずい。いいな?」
「…えぇ、わかったわ…」
アレンらしくない強い言い方に、クラウディアは頷くしかなかった。
「よし、じゃあディアは手紙を頼む。」
「すぐに書くわ。アレンが次に来れるのは…?」
「早くて明後日には来れるが…」
「じゃあ明後日までに仕上げておくわ。」
「出来るか?」
「任せて。」
その翌々日、クラウディアはきっちりと手紙を仕上げアレンがそれを受け取った。
そしてアレンは予定通り商会の仕事でイルビス家を訪ねることができ、しっかりと協力をもぎとって来るのだった。