48.けじめ
先日王都で起きた一斉摘発により、中枢は随分と風通しが良くなった。それに関しても聞きつけてきてくれたようで、アレンがまた詳細をクラウディアに教えてくれている。
捕まった人々それぞれは繋がりがあるようには見えなかったが、面子を聞くとクラウディアは納得が出来た。
どの人物も、クラウディアにとって、ある共通点があったからだ。
「…知り合いだったんじゃないか?」
アレンが気遣わしげにクラウディアを見る。しかし、これに関してはいらぬ心配だ。
「確かに顔見知りではあったけれど…」
知り合いと呼びたくは無い。なぜなら、
「嫌いだったもの。」
そう、今回一斉に捕まった者たちは、漏れなくクラウディアが嫌いな人物だった。
身分も実績も下のはずなのに、クラウディアの父であるクロードのことを見下す物言いが嫌いだった。クロードは『いちいち反応するほうが鬱陶しい。言わせておけばいいんだ。』と相手にしていなかったが、クラウディアは何故公爵家に対しあそこまで大きな態度を取れるのだろうと当時は困惑していた。他家と裏で協力していたのだと考えれば合点がいく。さらに、クラウディアとフィンリーの婚約に対しても適当な理由をつけて何かと反対されていた。思い出すだけでムカムカしてくる。
その中でも特に議員だった二人、騎士団のステイン第八隊長とニコラス侯爵は、軍を抜いてクラウディアが嫌いな人物だ。
体格の良いステインと痩せていたニコラス、この二人に関しては、加えてクラウディアが当時ずっと思っていたことがある。
「それに、なんだか臭かったの。」
煙草の匂いとコーヒーの匂いとが混ざったような嫌な匂いや、汗の匂いもあった。無理して派手な厚着をしているからだ。
余談だが、そのせいもありクラウディアはコーヒーよりも紅茶派だった。もちろん紅茶の方が一般的に親しまれているという点が大きいが。
令嬢時代はとてもじゃないが不快な気持ちを口には出せなかった。フィンリーの前ではもちろん、家族の前でも。どんなに嫌いでも顔を合わせれば、笑顔を貼り付け言葉を交わしていた。
だが今は、ここにその人たちを知る者はいないし、取り繕う必要もない。クラウディアは溜まっていたものを吐き出すことが出来、非常にすっきりした気分だった。
「おま…言うようになったな。」
どことなく誇らしげなクラウディアに、アレンが苦笑いを向けた。
しかし間を開けずクラウディアの表情が曇る。
「…でも、一番嫌いな人がまだ捕まっていないわ。」
「え?」
そう、クラウディアが一番嫌いな人物、そして一連の事件の中心であるはずのアーガン公爵がまだ捕まっていない。両親を死に追いやった、最も憎い人物。今もうまく隠れているようだ。
あの小太りの顔が思い出される。いつも人を見下していて、ウォルトン家を馬鹿にして。馬鹿にするのなら関わらなければよいのに、何かとつっかかってくる。
あの下品な作り笑いが嫌いだった。あのねっとりとした、他人を自身にとっての利害でしか見ようとしない視線が嫌いだった。
思い出すごとに、クラウディアの中にどろりと黒い感情が溜まっていく。
「あの男さえいなければ…」
両親は今も生きていだろう。
(そうだ、あの男、アーガンなんて死んでしまえばーー…)
「ディア!」
アレンに横から肩を掴まれ、クラウディアはハッと意識を戻す。
(私、今何を考えていた…?)
クラウディアの背中に嫌な汗が流れた。これでは、あの男と変わらないではないか。
呆然とするクラウディアを、アレンが覗き込む。
「ディア、憎しみに飲み込まれてはいけない。」
「そ…」
そうね、と頷こうとしたクラウディアだが、続くアレンの言葉に遮られた。
「――そうじゃないと判断が鈍るだろ?」
「…え?」
言葉を理解するのに一瞬遅れたクラウディアは、アレンを見て凍りついた。アレンが見たことの無い冷たい表情をしていたからだ。
「アレン…?」
「何かやり返すなら、冷静に考えないと。」
「!」
アレンの温度のない瞳と声に、ぞくりと悪寒が走った。
(こわい…)
クラウディアは恐怖さえおぼえた。憎しみで上がっていた体温が急激に冷やされ、それと同時にクラウディアは自分がそこまでのことを望んでいないことにも気がついた。
「わ、私は…復讐をしたいわけではないわ…」
クラウディアは乾いた喉からなんとか声を出した。そう、復讐をしたいわけではなく、きちんと裁かれて欲しいだけだ。
「…そうなのか?」
「…えぇ、今アレンに言われてみてそうだと気がついたわ…」
「なんだ、そうなのか。」
「…えぇ…」
クラウディアがぎこちなく頷くと、アレンの表情が柔らいだ。
「…なら、安心した。」
先程が嘘だったかのようなアレンの雰囲気にクラウディアはほっとしたが、あの冷たい表情が忘れられず、無意識に自分の腕をさすっていた。クラウディアが「復讐したい」と言えば、すぐにでも実行してしまいそうな、そしてそれが出来てしまいそうな気配さえ感じた。
(本当に、ただの商人なの…?)
とてもただの商人には感じられなかった。思えば、クラウディアはアレンのことをあまり知らない。
(知りたいし、聞いてみたい、けど…)
今はそれを考えるべき時ではない。クラウディアは軽く頭を振って余計な考えを追いやった。そしてクラウディアは眉間をおさえ目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。今話しているのは、アーガン公爵のことだ。
「…捕まらずのうのうとしているのに腹が立つの。」
「…そうだな。」
「……死んでしまえばいいとは思ってしまったけれど、殺したい訳では無いわ…本当に…」
「……そうか。」
「…きちんと罪を償って欲しいわ。」
「あぁ。」
言葉に出すことで感情を整理し、クラウディアは冷静になってきた。それにより、あることを思いつく。
「…でも、そうね…まだ捕まっていないのなら……」
一度言葉を切ったクラウディアは、何かを決心したように頷き再び口を開いた。
「アーガン公爵と話がしてみたいわ。」
しかしクラウディアがそう口にした途端、アレンが目を見開き表情を険しくした。
「駄目だ!命を狙われるかもしれないんだぞ…っ」
まるでこちらの事情を知っているかのような口ぶりで声を荒げるアレンに、今度はクラウディアの方が驚いてしまう。
「…アレン?」
「…詳しい事情は知らないが…想像はつく。商売の世界でも、のし上がるために汚い手を使うやつはいるから…そいつが元凶なんだろ?」
「…えぇ。」
クラウディアが頷くと、アレンは大きなため息を吐いた。
「危険だ。」
ただで話をしてはくれないだろうことはクラウディアもわかっている。危険だろうということももちろん理解している。しかし、それでも聞きたいことがあるのだ。
「…でも、聞きたいことがあるの。」
しかし、クラウディアの言い分に対しアレンは首を振り、諭すようにクラウディアを見つめた。
「王都までは遠い。」
「前も一人で行ったわ。安全な道のりも把握できてる。」
すぐさま反論したクラウディアに驚いたのかアレンは一瞬口を閉じたが、またすぐに話を続ける。
「傷つくことを言われるかもしれない。」
「そんなの覚悟の上よ。」
「そもそも話してくれないかも。」
「その時はその時よ。行く前から言っても仕方ないわ。」
「命を狙われたら?」
「私には防御魔法があるわ。」
「でもまたっ、……」
「また?」
「……いや、……」
アレンはこれ以上言うことが無くなったのか口をつぐんだが、言葉に出来ない感情を堪えきれないように顔を歪める。そして、
「っ、頼むから、」
アレンはそう言いながらクラウディアの頭を自分の肩に引き寄せた。
「!」
「…もう危ないことは考えるな。」
「…アレン…」
「俺は、」
切なげなアレンの声がクラウディアに落ちていく。
「…俺は、出来ればディアにはもう向こうの事に関わって欲しくないんだ…」
「…!」
「平和に…生きてほしいんだ…」
そしてアレンが懇願するようにクラウディアの手を握る。その手は僅かに震えていた。
「…っ」
アレンが心配してくれているのが伝わってくる。このままアレンの言う通りにした方が良いのだろう。しかしクラウディアはアレンの肩から顔を上げ、握られた反対の手をその上にそっと重ねる。
「そう…出来たらいいのだけれど…」
クラウディアだって、そうしたい気持ちもある。しかし、それ以上にどうしてもすっきりしないのだ。
「…このままじゃ私の中でけじめがつかないわ。」
他の誰でもなく、自分で話をしたいのだ。ウォルトン家はアーガン家に対して何かをした覚えはないのに、何故執拗にウォルトン家を標的にしていたのか知りたい。あの優しい両親とアーガン公爵との間に何があったのか。捕まってしまったら、その詳細をクラウディアが聞くことはできなくなってしまう。
「やっぱり一度話がしたい。」
「だから危険だとっ…、……」
すぐに反論しようとしたアレンはクラウディアを見て言葉をつまらせる。クラウディアがあまりにも真剣な顔をしていたからだ。
「……どうしてもか?」
「えぇ。まだ捕まっていないからこそ、話せるうちに聞いておきたいことがあるの。」
迷いなく頷くクラウディアを見て、アレンは諦めたようにひとつ息を吐いた。そして、アレンもまたクラウディアへとまっすぐ視線を合わせる。
「だったら、俺も一緒に行く。」
今年一年ありがとうございました。
読んでくださっている皆様に感謝です。
良いお年をお迎えください。