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45.送棺の儀

「アイビー殿下、そろそろ外へ出られては…」

「嫌よ。」


 真っ黒のドレスを着たアイビーは、声をかけてきた侍女に振り向くこともせず答える。


「ですが、もうひと月になります…」


 フィンリーが亡くなり、アイビーはずっと自室に引き篭っている。クッションを抱きしめ、1人がけのソファに座り、表情の無い顔で窓の外を眺めている。


「っ、嫌、お兄様、お兄様がいないと…っ!」


 そう言ってクッションに顔を埋めたアイビーに、侍女が歩み寄り再び声をかける。


「…明日は、フィンリー殿下の『送棺(そうかん)の儀』でございます。」


 今は安置してある棺を移動させ、別れの挨拶をし埋葬することだ。いわゆる、正式な葬儀である。


「…………」

「フィンリー殿下を、見送ってあげませんと。」


 侍女の言葉を聞き、アイビーはやっとゆっくりと顔を上げる。


「…そうね、それには出ないとね。…明日は支度してちょうだい。」

「畏まりました。」


 アイビーは両手で自分の顔を拭い、再び窓の外を見つめた。




 □□□




 翌日、多くの要人が集まり、フィンリーの送棺の儀を執り行った。


 突然の第二王子の訃報からひと月。集まった要人も、皆未だに信じられないという顔をしていたが、運ばれてきた棺を見て絶望と諦め、そして悲しみの表情に変わっていった。


 この国では、棺の中に保存食を入れる慣わしがある。

 人は亡くなると、天国までの長い道のりを自ら歩くと信じられており、その道中飢えないようにと故人が好きだった物などを入れるのだ。

 その保存食は、気持ち程度しか入れないのが普通だが、皆の想いが強いためか、フィンリーの棺には、まるで生きている人の食事のように、たくさんの保存食が入れられていた。


 集まった皆がフィンリーの最後の挨拶をした後、棺を閉じる前に王族それぞれが思い出の品を入れる。


 国王、王妃がそれを終え、続いてエイブリーが手帳のようなものをそっと入れた。エイブリーが戻ると、皆がアイビーを振り返る。

 アイビーは、胸の前にシロツメクサの花束を握りしめ、ぐっと俯いており、進み出る気配が無い。


「アイビー、やめておくか?」


 動けないアイビーに、エイブリーがそっと声をかけるが、アイビーは首を振る。


「いえ、大丈夫です…」

「無理はするな。」

「いいえ、これは私から…私の、役目なので。」

「…そうだな。一緒に行こうか?」

「いえ、一人で行けます。」

「そうか。」


 そして、顔を上げたアイビーの背中をエイブリーが優しくポンと押した。


 アイビーは棺の前に進み出る。その様子を、アイビーの侍女も少し離れたところから見守っている。

 アイビーは棺の前で立ち止まり、フィンリーを見下ろす。そして花束に口付けを落とし、静かに棺の中へ入れた。


「…………」


 しかしアイビーは、棺から離れようとしない。どうしたのかと、周囲は心配そうにアイビーを見ている。





 すると突如、アイビーは片手を振り上げフィンリーの棺の縁を思い切り叩いた。





「殿下っ!?」


 アイビーの突然の行動に周囲は動揺する。


「お兄様っ!起きてください…っ!」


 アイビーは周りのどよめきも気にとめず、バンバンと棺を叩き続ける。


「起きてっ!起きてっっ!!」

「殿下!もうおやめくださいっ!!」


 侍女が悲鳴に近い声を上げている。その声に反応してか、アイビーはようやく棺を叩くのを止めた。しかし、その手は震えている。


「っ、お姉様が、…待っておられます…」


 そう弱々しく呟き、その場に崩れ落ちた。


「ぁ、あぁああぁ━━っ!!」


 アイビーは棺に縋り付いて泣いた。


「殿下、下がりましょう…っ」


 そう言ってアイビーを立ち上がらせに来た侍女の顔も、涙でぐちゃぐちゃだった。


「っ、…えぇ…失礼いたしました。」


 アイビーは、自分の行動をまわりに謝罪し下がった。しかしアイビーのことを、エイブリーも両親も、他の誰も咎めなかった。誰もがそうしたい気持ちだったのだろう。

 周りの人々は、先程まではすすり泣く声しか聞こえなかったが、アイビーを見て堪えきれなくなったのか、所々で嗚咽の声が漏れていた。


 王宮の窓から町を見下ろすと、町には喪に服していることを印す黒い旗が掲げられており、王宮に近い広場には人々が集まり祈りを捧げていた。


「フィンリーは、たくさんの人々に愛されていたのだな…」


 そんな光景を見た国王が呟いた。


「…これからも、愛され続けます。」


 同じものを見ているエイブリーが静かに返す。


「…そうだな。」


 そう言って国王は寂しそうに眉を下げた。



 棺の中のフィンリーは、綺麗な顔をして目を閉じている。

 本当に、ただ眠っているだけのように見えるが、その心臓は動いていない。



 惜しまれながらも棺は閉じられ、そしてウォルトン夫妻の隣へと埋められた。






 □□□




「王太子殿下、この度は本当に残念でしたな…」

「……」


 廊下を早足で歩くエイブリーの後ろに、アーガン公爵が小走りでついて行っている。

 第二王子が亡くなろうが、仕事は減ってはくれない。エイブリーはアーガン公爵からの定期報告を受けるために共に移動中であった。

 アーガンは小太りの身体でエイブリーについて行っているため、大量に汗をかいている。


 堅くて暗い雰囲気を紛らわそうと、先程からアーガンがあれこれとエイブリーに話しかけているが、エイブリーは一向にそれに応じる気配は無い。

 アーガンはエイブリーと会話することを諦め、独り言のように話し出す。


「それにしても、王女殿下の傷心具合は、見ているこちらが痛ましかったですなぁ…」

「……」


 エイブリーとその護衛から顔が見えないのを良いことに、アーガンの口角は僅かに上がっていた。気が緩んでいるのだろう。アーガンは神妙な声音であるが失言をした。


「まぁ、ね。不幸中の幸いといいますか、亡くなったのが、王太子殿下でなくて良かっ――――ぐっ!?」


 突如アーガンが呻き声をあげる。


 エイブリーが、アーガンの胸ぐらを掴んで壁に背を打ち付けていた。


「あまり軽率なことを言うなよ。」


 エイブリーの瞳は、見たことがない程怒りに燃えていた。


「ひっ……」

「お前がフィンリーを殺したのだとさえ思われるぞ。言動を慎め。今日は報告はもういい。下がれ。」


 エイブリーは乱暴に手を離し、その場を足早に去って行った。


 アーガンはそのままずるずると座り込む。その廊下には、今はアーガンの他に人は居ない。


「……チッ…私は殺していない。勝手に死んだのだ。」


 アーガンは、エイブリーに掴まれ皺になった服を整える。そして初めて見たエイブリーの怒りに満ちた顔を思い出しアーガンは身震いする。それは有無を言わせない恐ろしささえ感じた。


「しかし…王太子殿下があそこまで感情を露わにするとは…第二王子が死んだ動揺で、隙が出来ているのか…?」


 アーガンの口元が、歯が見える程大きく弧を描く。


「今のうちだな。」





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