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42.居場所


 もう、帰ってこないのかと思っていた。




 初めてあの子を目にしたとき、やけに仕立ての良いボロボロの服を着ているなと気になったのだ。

 よく見ると表情も暗い。それなのに、その立ち姿は美しく、質屋の店員を言い負かす程しっかりしていて、でもどこか危ういあの子から目が離せなくなった。


 そうして見ていると、しっかりしているのかと思いきや、街に慣れていないのか若い子らにあっさり捕まって困っているのを見て、思わず声をかけてしまった。


 初めはあたしも警戒されていた。店のことを話してから特に。しかし会話するうちに安心してくれたのか、あの子自身のことを泣きながら話してくれた時は、「この子を守らないと」という気持ちが溢れてきた。


 あの子はおそらく貴族の中でも高位であっただろうに、働くことに抵抗はなく、むしろ熱心に覚えようとし、実際覚えるのも早かった。でも時おりふと寂しそうな顔をしていることは知っていた。


 どんどん家事が上達し、上手くなったことを自慢したりしない代わりに、とても嬉しそうな顔をしていた。それがとても愛おしかった。


 一生懸命働くあの子を見ながら一緒に暮らしているうちに、いつの間にか本当の娘のように思えるようになっていた――。






 昔から、あたしは得意な料理を生かして店を開くのが夢だった。しかし結局は諦めて別の仕事に就いていたのだが、ガルドに出会い、ガルドが後押ししてくれ、夢を追いかけてみようと決心し、そうさせてくれたガルドと惹かれ合い結婚した。


 子どもは出来なかった。それでも、ガルドと二人で暮らす日々は幸せだった。

 ガルドは見かけによらずスイーツを作るのが得意だし、それもメニューに組み込もうと、試行錯誤しながらシエールの土台を作り、店を開いた。


 初めは飲食だけの店だった。料理もスイーツも好評で、シエールはそれなりに人気の店になった。

 しかし、運営していくうちに、何か他にも客を喜ばせることは出来ないか、何か他の飲食店とは違うことは出来ないか、と考えるようになっていった。


 そんな時、街に来ていた大道芸人を見かけた。大道芸人は、自分の芸でお金をもらう。それはなんて大変で、素晴らしいことだと思い、声をかけた。

 あたしは思ったことをそのまま伝えたのだが、大道芸人の反応は意外なものだった。


『いやぁー?嬉しいが、それはどの仕事人にも言えることだな。料理人は自分の腕で美味しいものを生み出すし、職人はその技術で金を稼いでるわけだろ?商人だって、自分で見て聞いて動いて稼いでる。俺が出来ることが、たまたま皆を喜ばせられる芸だったってだけさ。俺の生き様なんかより、目の前で披露する芸を喜んでもらえれば、それでいいのさ。』


 その言葉は、自分の仕事も認めてもらえてるようで嬉しかった。

 帰ってすぐに、ガルドにこのことを話した。するとそれを嬉しそうに聞いていたガルドが、食事しながら何か芸を見ることができたら、より楽しんでもらえるのでは、と閃いた。

 それにはあたしもすぐに賛成した。しかし、芸といっても何が良いだろうか。いや、「これ」だと決めない方がいいかもしれない。働き手が、自分の得意分野を生かせるところにしたいと思った。


 そうして集まったのが、リリィ、ローラ、レベッカの三人だった。


 リリィはきょうだいが多く、家計を助けるために働いている。あちこち働いていたようだが、疲労がたまって倒れてしまったことがあったそうだ。その時、療養しながら歌っていた声をたまたま聞いたあたしが、シエールで働かないかと誘った。

 ローラの家は、実はヴィレイユで有名な裕福な家だ。そしてローラが舞を得意としていることも有名だった。でもそれを披露する場がなかなか無く、本人も嘆いていた。シエールでなら、それを仕事にしながら披露出来るし、ローラの舞を観たい人にとっても良い事だと思い、声をかけた。

 レベッカは、あんな性格のため、普通の仕事に就くのは難しいのではないかと心配した両親が、シエールなら特技を生かせるのでは、と伝手を辿って連絡してきたのだ。あたしからすると、レベッカは賢いし、なんでも仕事はこなせるとは思う。良好な対人関係を結べるかは別だが。シエールを気に入ってくれているからそれで良いのだけれど。


 結果若い娘が集まり、店の形態から『準娼館』という名の部類分けになるのは少し抵抗があったが、店の登録をし直す際に役場でも普通の顔をされたので、「こんなもんか」と納得したのだ。

 考えてみれば、『娼館』であっても、ちゃんと店として役場に登録してある。皆真剣に働いているし、給金だってしっかりしている。逆にただの飲食店であっても、規律を破っているところだってある。名前だけで本質を見ず差別するのは良くないことだと気づけた。



 こうしてシエールを少し拡大し、従業員たちも増え次第に家族のような存在へとなった。特に芸妓たち。

 まだ若い彼女たちを雇い、働いてもらっている身としては、勝手に第二の保護者のような気持ちになり、責任を持って預かっていた。


 そこに、ディアナが加わったのだ。


 そう、ディアナ以外の三人の芸妓には、家族がいる。家からシエールへ通い、また自分の家へ帰っていくのだ。そしてどこも家族間の関係は良好だ。


 だけどあの子には、ディアナには、家族はいない。つまり、今は本当にここしかないのだ。



 『ディアナ』が本当の名前でないことくらいは分かっている。

 あの子の本当の名前も、実は知っている。高位貴族のお嬢様が両親と家を失うなんて出来事を、誰も知らないなんてことは有り得ない。

 見当さえついていれば、調べればすぐにわかることだった。


 『クラウディア・ウォルトン』


 公爵家であり、第二王子が婚約者だったとわかった時は、さすがに腰を抜かした。しかし同時に、ひどく納得もした。あふれる気品は、公爵令嬢だったからなのだ。

 以前訪ねてきた『ディアナの親戚』という人も、もしかしたら相当身分が高い人だったのかもしれない。

 ディアナのような子を育てた人たちがこの国を支えていたのだと思うと、この国で生きてきて良かったと素直に思えた。そして、ディアナの境遇が余計に辛く思えた。しかし、それでも強く生きようとしているあの子のことを思うと抱き締めたくなったし、守ってあげないとと思った。

 公爵家で何が起こったのか詳細まではわからなかったが、とても衝撃的なことだったはずだ。もしかしたら、あの子も命を狙われるかもしれない。そしてそのことは、本人もわかっているだろう。

 このまま王都から遠いこのヴィレイユで過ごしていれば、危険なことからは遠ざけられる。あたしは何も知らないふりをしながら、怪しい者を寄せ付けないだけだ。そうすれば、ずっとあの子と一緒に暮らせる。




 だから、あの子が自ら王都へ行くと行った時、故郷に帰ってしまうのだと思った。その瞳にはっきりと決意の色が宿っているのを見て、相当な覚悟で決断したことが感じられたからだ。

 もう王都では頼る家も何も無いと思っていたが、何か目的と宛てがあるのだろう。

 アレンくんに対し、何やら取り乱していたし、おそらくあの時に王都に戻る程の何かを確信したのだろう。

 アレンくんとはいい仲になりそうだと思っていたのだが、アレンくんと会ったことで皮肉にも王都へ行くことへの決定打になってしまったらしい。

 アレンくんはいい子だし、ディアナと一緒になってくれたらいいのにとさえ思っていたのに。


 …もしかしたら、婚約者である第二王子のところへ行くのかもしれない。


 それならば、引き止めてはいけないと思った。「帰っておいで」と言うことも出来ず、あたしから出た言葉は、精一杯の「待ってる」だった。

 当然、ディアナのことを娘のように思っているなんて、言えるはずもなかった。

 どうしてそんなに良くしてくれるのかという疑問をディアナからひしひしと感じたが、家族を心配するのに理由はいるだろうか?むしろ、遠慮しないで欲しい。

 でも今それを言うと、せっかく王都へ帰ろうとしているのに、ディアナの負担になってしまうだろう。

 だからあたしに出来ることは、笑顔でディアナを送り出し、無事を祈ることだけだ。



 ――でも、もし、ここに帰ってきたら、その時は言ってもいいだろうか。



 そんなことは起きないだろうが。


 ディアナが出発してから、少し泣いてしまったのは、ガルドと二人だけの秘密だ。



 『クラウディア』は王都へ戻り、もう『ディアナ』はヴィレイユへは帰ってこないかと思っていた。



 思っていたのに――。





 □□□





「マーシャさん……」


 マーシャは、目の前に立つ少女の存在が信じられなかった。

 買い出しに行こうとたまたま店を出たら、扉を開けた先に、扉に手を伸ばそうとしている少女が立っていたのだ。


「っ……」


 二ヶ月前に、王都に行くと言って出て行った『ディアナ』が。


「ディア、ナ…?」

「はい、『ディアナ』です。」


 クラウディアは、『ディアナ』として笑顔を見せた。そして、少し恥ずかしそうにしながらも、マーシャにはっきりと告げた。


「私は、ディアナです。…ただいま。」

「おかえり……っ!!」


 間髪入れずに、マーシャはクラウディアを思いっきり抱き締めた。


「どうして、帰ってきたんだい?」

「!はじめから帰るつもりではいましたけど……帰ってきてはいけなかった?」

「っそんなこと!だって、もう帰ってこないかと思っ……」


 マーシャの瞳から涙がこぼれ落ちた。それを見たクラウディアの瞳も潤む。


「…ここが、私の居場所です。それに、一度離れても…ちゃんと帰ってきたいと思えたんです。」


 これはクラウディアの本心だ。王宮で過ごしている時も、ヴィレイユの皆ことを考えていた。


「図々しいけれど、私はここで必要とされてると思ったの。」

「必要どころの話じゃないよっ!」


 マーシャが食い気味に言葉を被せた。そして、マーシャのクラウディアを抱き締める手に力がこもる。


「…もうおまえはあたしの娘同然なんだからっ、居るのが当たり前なんだ!…もう、勝手に離れてはいけないよ…!」

「!」


 クラウディアは少し目を見開いた後、ふっと微笑む。そして、遠慮なくマーシャを抱き締め返した。


「…ふふ、嬉しい、マーシャさん。」


 二人が笑い合っていると、店の扉が開いた。


「マーシャまだいるのか?なんか騒がし……ディアナっ!?帰ってきたのか!」

「ガルドさん…!」


 クラウディアを見つけたガルドが大股で歩み寄って来た。そして再会を喜び、抱き締め合った。



 三人が家族になった瞬間だった。


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