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40.微睡みからの目覚め1

読んでくださりありがとうございます!


長くなってます。

 翌日、フィンリーは相変わらず忙しそうだった。

 しかし、どんなに忙しそうでも、ここ最近フィンリーはだいたい決まった時間に休憩をとっている。

 クラウディアは焦る気持ちを抑えつつ、フィンリーの休憩時間を待っていた。


(そろそろかしら……)


 時計を見てクラウディアがそう思った時、予想通り扉が開き、フィンリーが入ってきた。


 ここのところずっと忙しいため疲れているのか、フィンリーの纏う雰囲気は少し硬い。

 普段なら、空気を察してそっとしておいてあげたいところだが、今日こそ話すと決めていたクラウディアは、意を決して声を出す。


「あ、あの、フィンリー様…」


 クラウディアの呼びかけにフィンリーが振り向く。


「うん?」

「その、…今日はお時間は…ありますか…?」


 おずおずと尋ねるクラウディアに、フィンリーは穏やかな笑顔を向けた。


「…ディア、少し散歩しようか。」

「え?」

「手を。」


 フィンリーはクラウディアの返事を待たずに、その手を掬いとった。

 そして、最早見慣れてしまった光に二人の身体が包まれた。


(あ、転移魔法…)


 クラウディアがそう気づいた次の瞬間、視界が切り替わった。









「ここは…」


 転移した先は、王宮の中のとある庭―――二人が最初に出会った場所だった。


 ここでキラキラと光を纏うフィンリーに、八歳のクラウディアは目を奪われたのだ。

 あの時視線が重なった瞬間から、二人の全ては始まった。


「ここは建物の中からは見えないし、今は誰も来れないようにしているから安心して。」

「はい…」


 正直クラウディアは、そんなことよりも何故自分は今ここに連れて来られたのだろうかという方が気になっていた。

 クラウディアのそんな疑問が顔に出ていたのか、フィンリーは眉を下げた。


「ここを、覚えているかい?」

「えぇ、もちろん。」

「…ここで、私たちは出会ったね。」

「はい。…フィンリー様が、魔法の練習をされていて…」


 クラウディアにフィンリーは頷き、そして当時を思い出してくすりと笑った。


「そう。そして…ふふ、ディアは迷子になってたんだよね。」

「それはっ…ほぼ初めての王宮でしたので、仕方ないでしょうっ」


 クラウディアが反論すると、フィンリーはわざとらしく親指と人差し指を顎に当て、考える素振りをした。


「いや、お茶会に来ておいてここまで迷い込むのは仕方ないどころではないな。」

「もうっフィンリー様!」

「あはははっ――――…」


 可笑しそうなフィンリーの笑い声が響く。




 ―――そして、ふと途切れた。




「――…あの頃は、幸せだったな…」



 そう言って空を見上げたフィンリーの瞳は、潤んでいるようにも見えた。


「っ…フィンリー様…」


 だがそれも一瞬のことで、顔を下げたフィンリーの表情は悲しげだが落ち着いていて、その瞳をクラウディアに向けた。


「…ディア、すまなかったね。こんな不自由な生活に君を引き止めてしまって。」

「!いいえ、そんな…、……」


 クラウディアは否定したかったが、不自由を感じていない訳では無かったため、どう答えて良いかわからず言葉に詰まってしまった。


「いいんだよ、ディア。正直に言うんだ。」

「え、っと……」


 フィンリーに優しく促され、クラウディアは胸の前でぎゅっと手を握りながら、口を開く。


「今も、幸せだとも、感じます…」

「うん。」


 これも、クラウディアの本心だ。フィンリーやアイビーと過ごせる時間には、いつも幸せを感じていた。


(でも……)


「……でも…ずっとこのままで居るのは、嫌、です…」

「…うん。」

「…………っ」


 そこまで言って、クラウディアはまた言葉に詰まってしまった。

 それを見たフィンリーは穏やかに微笑みながら、クラウディアが答えやすいように聞いてくれた。


「…それはなぜ?」


 クラウディアもフィンリーの微笑みに少し安心し、自分の気持ちをゆっくりと話す。


「…だって、今の私は、ただ生活しているだけです…。働いてもいませんし、何の役にも立っていません……何もしない、誰かのために何も出来ずにずっと生きていくのは……苦しい、です…」


 自分の存在が無いような、要らないような気持ちになってしまうのだ。


「………何も出来ない…か。」


 フィンリーが呟く。フィンリーにとっても、クラウディアを隠しながら生活することは得をしないどころか損であるはずだ。


(もし、これからフィンリー様がご結婚されるようなことになったとしたら余計に――…)


 そう考えるとぎゅっと胸が苦しくなったが、クラウディアはそれには気付かないふりをする。


「…はい。このままではフィンリー様にも更にご迷惑をおかけします。だから―――」


 だからもう終わりにしなければならない、とクラウディアが言おうとした時、フィンリーが遮るように言葉を重ねた。


「私の精神的な癒しにはなっていたんだけど。」

「!」


 フィンリーの予想外の言葉に、思わず頬が赤くなってしまったクラウディアを見て、フィンリーは愛おしそうに苦笑した。


「だから、何の役にも立っていないということは無かったのだけど……でも、ディアがそれで良いと思っていないことはわかっていた。…だから、もう終わりにするべきだと思っている。」

「っ…」

「そして、けじめとして、」


 そう言いながらフィンリーは、上着の内ポケットから一枚の紙を取り出した。


「―――私たちの婚約を、解消しようと思う。」


 フィンリーが取り出したその紙は、婚約を解消するための届だった。


「え…」


 クラウディアは状況の理解が追いついていない。

 今の生活を終わりにしようということは分かる。しかし、今フィンリーが言った言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


(婚約?婚約を、解消…?私たちの…?そんなの、もうとっくに―――)


 そう、クラウディアは、もうとっくに自分たちの婚約など白紙になっていると思っていたのだ。


「えっと、解消する、ということは、つまり…」

「そう。実は、私たちはまだ『婚約者』だったんだよ。」


 やっと理解が追いついてきたクラウディアに、フィンリーが苦笑した。


「本当は、私たちの場合は、今更届を出さなくてもいいのだけれど…先程も言ったが、けじめとして、ね。」

「そう、ですか……」

「…ディアも同じ考えだろう?」

「…はい…」


 そもそも、クラウディアの方から話そうと思っていた事でもある。その延長で、婚約を解消するというのなら、何も反対することはない。

 クラウディアの肯定の返事を聞き、フィンリーも頷いた。


「ここに、少し魔力を流し込んでもらうと、サインになる。」

「…ここに、サインをすればよろしいのですね?」

「あぁ。」


 そして、フィンリーに促されながら作業のように届は記入された。


「これで、提出して受理してもらえば、婚約は解消となる。いいね?」

「はい。」


 クラウディアは完成した届を無表情で見つめる。こんな紙切れ一つで、これまで続いていたフィンリーとの婚約が、本当に無かったことになってしまうのだから不思議だ。


「…ディアは、いつでも王宮(ここ)から帰ってもらっていい。ちゃんと手引きする。」

「……はい。」


(これで、良いのよね……)


 クラウディアはこのまま明日にでも王宮を発てばいい。


「……………」

「ディア?」


(滞りなく話は済んだのだから良かったのよ。)


 そう、フィンリーとは目的の話が出来たから良かったのだ。



 ――――あまりにもあっさりと。まるでそこに感情が無いかのようにだが。



(良いのよ。これで終わり。)


 クラウディアは自分に言い聞かせる。しかし、言い聞かせれば言い聞かせるほど、もう一人の自分がいるかのように、胸の真ん中に刺さるように問いかけてくるのだ。



 ――――本当に?



(このまま…終わってもいいのかどうか…?)




 クラウディアがその問いかけに耳を傾けてしまった瞬間、吊られていたものが落ちてきたかのように胸が重くなった。


「っ……」



 感情が、押し寄せてくる。



「でも……」

「ん?」



 終わることは、変わらないとしても。



(こんな終わりは、嫌。)



 クラウディアは俯いていた顔を勢いよく上げた。



「…クラウディア?」

「……こんな終わり方は嫌です…っ」

「!」


 そしてクラウディアの中からどんどん想いが溢れてきた。


「フィンリー様は、これで、良いのですか…こんな、淡々と…っ」

「ディア」

「私は、私も、結果は同意見ですがっ、もっとあなたと向き合って話をしたかった!」

「ディア、言うな」

「フィンリー様!私はあなたのことが――――」

「ディア!!――――くそっ」

「!」


 フィンリーがクラウディアの言葉を遮り、その身体を引き寄せ強く抱き締めた。


「フィンリー、様…?」

「やっと割り切ろうとしていたのに……っ!」

「!!」


 そしてフィンリーの苦しげな声が、クラウディアの頭上に降る。


「私も平気なわけは無い!…ただ、もう変えられない。今の私では…作れる道が、一つしか無いんだ……」


 フィンリーの声が話すにつれだんだんと弱くなる。


「だから覚悟を決めて、感情的にならないように努めたんだが……」

「………」


 フィンリーは先程の淡々とした態度が嘘のように感情を表に出し、顔を顰めていた。


「……すまなかった…」


(いや、『嘘のように』ではなく、『嘘』だったのだわ……)


 クラウディアは、フィンリーの態度が作ったものであったことを理解する。


 ―――フィンリーも、苦しくないわけでは無かったのだ。


 そう分かると、クラウディアの中で昂っていた感情が急に和らいできた。


(あぁ、私はこうして話をしたかったんだわ。)


 フィンリーの感情が見えただけで、先程とはクラウディアの気の持ちようがまるで違った。

 そして先程感情のまま一方的にフィンリーを責め立ててしまったことを、クラウディアは反省した。


「…いえ、私こそすみません…もうどうしようもないのに…」

「ディアは何も悪くない。…ずっと。」


 フィンリーは、弱々しく呟きながらクラウディアをぎゅっと抱き締め、その肩に顔を埋めた。

 クラウディアはフィンリーの背に腕をまわし、そっと抱き締め返した。


「…全部、先に言ってくださって、ありがとうございます…」

「…………」


 フィンリーは、クラウディアが言おうとしていたことを、全てクラウディアが言う前に言ってくれたのだ。


 クラウディアが傷つかないように。


「…せめて、変わり映えしない私の自室などではなく、二人の最初の思い出のこの場所で話をしたかったんだ…」

「そうですか…」

「クラウディア、こんな終わり方しか出来なくてすまない…」

「いいえ。結果は変わりませんが、フィンリー様がそうやって言ってくださるだけでも、私は嬉しいです。」


 最後に、こうやってゆっくりと話をすることが出来たのだ。クラウディアは、フィンリーが本当の気持ちを言ってくれたことが嬉しかった。


(最後、なのね……)


「もう、本当にお別れしないといけないのですね…」

「…………」


 クラウディアの呟きにはフィンリーは何も返さず、またぎゅっとクラウディアを抱き締めた。


 それから何も言い出せず無言で抱き締め合っていた二人だったが、しばらくしてフィンリーが何か思いついたようにそっと身体を離し、その場にしゃがみこんだ。


「フィンリー様?」


 不思議に思ったクラウディアが覗き込むと、フィンリーは生えていた小ぶりなシロツメクサを一本摘み取っていた。


「……君に。」


 そして、クラウディアの左手の薬指に、摘んだシロツメクサの葉を結んだ。


「これは…?」


 フィンリーは、立てた人差し指を自身の口元に当てる。


「今の私からディアに贈れるもの。婚約者でなくても、ただの葉っぱなら許されるだろう?」

「!」

「…ちゃんとした指輪は…違う人から貰って。」


 フィンリーはそう言って切なげに笑った。


「………っ」


 クラウディアはたまらず、結ばれたシロツメクサにその場で保存の魔法をかけた。


「クラウディア?」

「この、これも…っ私にとっては大事な指輪です…。ありがとうございます…っ」


 震える声でそう言ったクラウディアは、シロツメクサを守るようにそっと触れた。


「ディア…」


 フィンリーは、少し迷うように考え込み、そして口を開いた。


「…ディア、聞いてくれるかい?」




 フィンリーは、今自分がしていることについて話し出した。

 ウォルトン家を陥れた者の調査を軸に、それに付随してきた色々な闇の部分を一掃しているのだという。

 それらの調査はほぼ済んでおり、特定も出来ているが、証拠をうまく隠しているため決定打を打てていない。あとは現場を押さえるだけなのだが、それが中々出来ないのだ。


「私を警戒していて、派手に動こうとしない。私の存在が、奴らを炙り出す枷となっている。」


 それはそうだろう。フィンリー程の存在を警戒しない方がおかしい。しかし、それが原因で動けないとは、なんとももどかしいことである。


「あと、少しなんだ……っ」


 フィンリーが悔しそうに眉を寄せる。


「そのためには…私が居てはいけないんだ。」

「……?」

「でも、どうか信じて欲しい。私がこれからとる行動が、君を傷つけるかもしれない。だが、私の行動は全て君を想ってのことだ。だから、何が起こっても君が気に病むことはないからね。」

「フィンリー様、あなたは何を………?」


 クラウディアの問いに、フィンリーは笑顔を見せただけだった。


「…ディアと一緒に学んだことも、努力したことも、全てが無駄になるとは思っていない。その努力のおかげで、私は今、大勢の人から信頼を得ている。」

「…そうですね。」

「だから、なるべく前向きに考えて、今色々な計画を進めている。」


 フィンリーは下ろした両手を握りしめる。


「…もう二度と、ウォルトン家が被ってしまった悲しいことが起こらない国にする。」

「………、はい…」


 フィンリーは瑠璃色の瞳でクラウディアを見つめた。


「…遅すぎる対応になってしまったが……」

「…いえ、…」


 フィンリーだけのせいではない。クラウディアだって何も出来なかったのだから。


「私は、これから出来ることを精一杯やり遂げるために、ここに残り、出来る限り父と兄を支えるよ。」

「はい、…」

「ディアには苦労をかけてしまうが…いや、すでに苦労をかけてしまっているな……」

「…っいいえ…っ大丈夫、です…」


 相槌を打つクラウディアの声が次第に震える。


「…ヴィレイユは、良い町だな。」

「っ、はい…っ」


 フィンリーはそっと、クラウディアの溢れた涙を親指でぬぐった。


「…私も、平民として生きるからと言って、これまでの経験を無駄にはしません。」


 学んできた社会情勢やマナー、魔法の知識は、平民として暮らしていても役立てることができる。

 クラウディアは、身につけている耳飾りと首飾り、そして左手の薬指のシロツメクサに順番に触れた。


「そして、フィンリー様との思い出と、この装飾品たちがあれば、私はきっと頑張れます…っ」


 そう言ってクラウディアは潤んだ瞳で笑ってみせた。

 クラウディアの言葉に、今度はフィンリーが泣きそうに顔をくしゃりと歪め、それを誤魔化すようにクラウディアの頭を少し雑に撫でた。


「……ありがとう、クラウディア…」


 今度はクラウディアが、その翡翠色の瞳でフィンリーを真っ直ぐに見つめた。


「…明日、王宮を発ちます。これまでありがとうございました。」

「…こちらこそ。君に出会えて良かった。」

「ふふ、私も。あなたに出会えて良かった。」



 この出会いは二人にとって、間違いなく幸せで、かけがえのないものであった。





 その後すぐに届が受理され、フィンリー・レントハムとクラウディア・ウォルトンの婚約は、正式に解消された。




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