38.微睡みの中の幸せ5
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「あの…」
フィンリーとアイビーの自室を行き来する生活が数日経った頃、クラウディアは、今更ながらの不安を口にした。
「今更ですが、私、王宮に居てよろしいのでしょうか…その、陛下にも無断ですし…」
そう、国王に許可を取っていない現在、クラウディアは無断で王宮に滞在していることになっている。存在を明かせないのは仕方のないことであるが、もし事態が発覚した時に、フィンリーとアイビーの責任問題になってしまうのではないかと不安が募る。
「大丈夫ですよ。」
「本当に?では、話してくださっているということですか…?」
当たり前のようにアイビーが『大丈夫』と答えたので、クラウディアは知らぬ間に話を通してくれていたのかと胸をなでおろした。
「いえ、話してはおりません。」
「えぇ!?」
クラウディアは飛び上がった。それでは完全に無断だ。本当にまだ自分が居ることが発覚していないのだろうかと、クラウディアの心臓が動揺から大きく動き出す。
「そ、それは…私がここに居るとまだ知られていないということ、ですか…?」
うるさく鳴る心臓を押さえながら、クラウディアはアイビーに確かめる。
「まぁ当然、お父様もお母様も、エイブリーお兄様も気づいていらっしゃるとは思います。」
「えっ」
アイビーはさらりと言ったが、それは大丈夫ではないのではないかとクラウディアはますます不安になった。すぐに追い出されたりしないのだろうか。
クラウディアは助けを求めるように、同席していたフィンリーを見る。
「…まぁ、気づいているね。」
クラウディアの青褪めた視線を受け、フィンリーが少し気まずそうに言った。
「ならまずいのでは…っ!?」
焦るクラウディアに、フィンリーがすぐに「ただ、」と続けて落ち着かせる。
「誰もディアを今すぐ追い出すようなことはしないよ。」
「え…?」
フィンリーがクラウディアを安心させるように微笑む。
「立場上誰も会いには来れないが、ディアが無事なことを喜んでいるよ。表立って認めることは出来ないけど、黙認しているということだ。」
「そういう、もの、なのですか…?」
フィンリーのあまりに簡潔な説明に、クラウディアはぽかんとしてしまう。確かに今の立場のクラウディアを表立って歓迎できるはずも無いだろうが、いまいち納得が出来ない。
「そういうものなんだよ。」
「そういうものです。」
しかし、王族兄妹はあっさりと頷く。飲み込みきれていないクラウディアに、フィンリーが苦笑しながら付け足す。
「外部にさえ分からなければ何も問題ない。それに、認められていないと、さすがに毎日食事の用意とか堂々と出来ないしね。」
「!!………確かに。」
それはそうだ、と、クラウディアはここ数日、深く考えず過ごしていたことに気づき、納得を通り越し、ものすごく恥ずかしくなった。
クラウディアが普通に衣食共に過ごせているのは、フィンリーとアイビーのみのおかげでは無い。
食事だって、一人きりで摂ることが多いものの、ちゃんとしたものをいただいている。だから当然食事を作る時も、しっかり一人分増えているはずなのだ。
一日だけならまだしも、こうも毎日続くそれを、この王宮の主である国王が把握していないというのは考えにくい。
クラウディアは、自分の身の回りのことをしてくれる使用人たちの存在は認識し感謝していたものの、フィンリーがうまく隠しているのだと思っていた。しかし、例えフィンリーの独断の指示であっても、使用人がいつもと違う動きをしていることには変わりない。これもまた、家主が全く把握していないということはないだろう。
ヴィレイユでは、生活する中で自分で家事をするのが当然だったため、雇われて家事をするという感覚が抜けていた。
思い返せば、シエールでもホールの従業員たちは、常に雇用主であるマーシャの指示を受けていた。
(そうか、ここでの使用人はシエールの従業員と一緒よね…どうして結びつかなかったのかしら…)
「か、考えが及ばず、申し訳ありませんでした…」
「?何も責めてはいないよ。」
羞恥で俯くクラウディアに、フィンリーはなんて事ないように言う。
「だから、安心して過ごすといいということだ。」
「うぅ……両陛下とエイブリー殿下に、急にお邪魔し申し訳ありませんと、ここに置いてくださって感謝していますとお伝えください…」
恥ずかしさから立ち直れず、クラウディアは両手で顔を覆いながら言葉を絞り出した。
「ふふ。あぁ、伝えとくよ。」
そんなクラウディアを見て、笑みを零しながらフィンリーはしっかりと頷いた。
□□□
それから数日、出歩けはしないものの以前よりビクビクせずに過ごすことが出来ている。
しかし、クラウディアは一日中ほぼ一人で過ごしていた。フィンリーもアイビーも暇ではないのだ。
特にフィンリーは、これまで毎日、クラウディアとアイビーと話す時間があったこと自体がおかしいくらい、本来とても忙しかった。
クラウディアが不安だと思い、無理に時間を作ってくれていたのだろう。
本を読んでいたクラウディアは、窓の外を眺めた。するとその窓に写る、ドレス姿の自分が目に入った。
「…………」
クラウディアはふうと息を吐き、読んでいた本を閉じ、そっと置いた。
すると軽いノックと共にガチャリと扉が開き、ここ数日ほとんど居なかった、この部屋の主が現れた。
「ディア、少し話いいかな?」
「フィンリー様。私は構いませんが、お忙しいのでは?」
「少し休憩が取れた。」
そう言いながらフィンリーはずんずんと早足で部屋に入り、どかっとソファに座り込んだ。フィンリーがこんな雑な動作をすることは珍しい。どうやら忙しい合間を縫って時間を作ったらしい。
クラウディアはフィンリーの側に行き、座り直し話を聞く姿勢をとる。そうしたクラウディアを見てフィンリーは口を開いた。
「ディア。ディアはバーレイ商会の商品が好きだったよね?」
「はい、今でも好んで買っています。」
「実は、バーレイ商会の店を王都に出すことになったんだが、知っ……ているね?」
知っているも何も、当事者から聞いている。そのことにフィンリーも言っている途中で気が付いたようだ。
「はい、知っております。」
「そうだろうね。ちょっと参考にいろいろ聞かせて欲しいのだけれど…」
「え?…構いませんが…」
「ん?何か問題が?」
いまいち歯切れの悪いクラウディアに、フィンリーが不思議そうな顔をする。
「いえ、何も。…ただ、フィンリー様もこの商談に関わっておられるんですね…?」
普通なら第二王子であるのにこんなことまで仕事として把握する必要はない。フィンリーといい、エイブリーといい、実は商売が好きなのだろうか。第一、休憩だと言っておいて、結局仕事の話ではないかとクラウディアは思った。
「あ…まぁ、そうだね。…一応王都に出す店のことだし…」
「仕事を抱えすぎではありませんか?」
毎日忙しそうにしているが、もう少し選べば負担を減らせるのではないかと、クラウディアはフィンリーにじっと視線を注ぐ。
クラウディアからの圧を、フィンリーは咳払いをして誤魔化した。
「ごほん、えっと…これは……私が好きでしていることだから…」
「……私がどうこう言える立場ではありませんが、抱えすぎて無理をなさらないでくださいね?」
「…善処するよ。で、バーレイ商会の件だけど…」
(あ、流された。)
クラウディアの、『無理をしないで』という忠告を見事に流された。これは相当無理をしていると見える。しかし、クラウディアが言ったところで止まらないだろう。体を壊さなければ良いが、とクラウディアは溜息を吐いた。
「では、なるべく手短に済ませましょう。フィンリー様の休憩になりませんし。」
「…!あぁ、すまない、助かるよ。さっそくだが――…」
さっそくバーレイ商会についての話が始まった。
「ここは、全体的に高級志向ですね。」
「ああ、そうだったね。」
「はい、それでーー」
クラウディアは、バーレイ商会が出している商品の客層について主に話した。ヴィレイユで、バーレイ商会と提携している店の客層とも照らし合わせ、どの商品がどんな人に需要があるのかと、王都ではどんなものが受けるのかを意見していった。
「これについてはディアはどう思うんだ?」
「私はとても良いと思いますよ。私は買いたいです。ただ、出来れば店構えを女性が入りやすいようにしていただけたら…」
「そうか。…ただ、王都では、女性のみで入店することは少ないかもしれない…」
「あ、それもそうですね…でも、女性の目に止まりやすいものは必要かもしれません。」
こういうことは、令嬢時代には気づかなかったことだ。ヴィレイユで、実際に街に出て自分で買い物するようになってから、どんな店が入りやすいかということを肌で感じるようになったのだ。反対に、勇気を出して入ってみたら案外好みの物が揃っていたりして、店構えで損していると感じた店もある。
フィンリーはさすが、だいたい把握しているようで、クラウディアが話す内容をすぐ理解していた。しかも、ちょうどアレンと次に話せたらと思っていた内容で、クラウディアも思わず話に熱が入ってしまっていた。
「ヴィレイユでは今こちらの方が人気ですよ。」
「確かにそうかもしれない…でも王都は違うだろ?俺はこっちだと思う。」
「うーん、どうでしょう…」
(…ん?)
しかし話が盛り上がるに連れ、僅かな違和感を感じ、クラウディアは思わずフィンリーを見てしまう。
「ん?なんだ?」
「あ、いえ……」
この違和感は何なのだろう、とクラウディアは思考をめぐらせ、ふと気づく。
(あ。口調が……砕けてる…?)
「でも待て、あれか?ディアが言ってるのはこういうことか?それなら王都でも通用するか…」
「私は……そういう意味では無かったのですが…まぁ、そうですね…それも良いですね。」
だからと言って、別に何も無いのだが、気づいてしまうと、やはり見つめてしまう。
「ディアはそう考えるかもしれないけど、俺は――…いや、私はこう、思う…の、だが……」
喋り続けていたフィンリーだが、クラウディアの視線に、何か気がついたらしく、しどろもどろになりながら口調を元に戻した。
「…………」
「…………すまない、少し口調がおかしかったね。不快だった…?」
「!いいえ。意外でしたが、全く不快なことはございません。」
「そうか……良かった。でも、気をつけるよ。」
むしろ、フィンリーの気安い一面も見れて新鮮だった。ずっとその調子でもクラウディアは全く問題ない。
(ただ…)
その口調だと、話している内容も相まって、なんだか黒髪の青年と話している気分になる。
(逆もまた然り…)
全然似ていない二人が、やっぱり重なって見えてしまうと改めて気づいたクラウディアだった。
結局、フィンリーの休憩とは程遠い話し合いになってしまったが、それでも区切りがついた時は二人ともスッキリした顔をしていた。
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