34.微睡みの中の幸せ1
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白を基調とした、金色で刺繍が施されている壁紙がクラウディアの視界いっぱいに広がる。
その部屋の中は、整理整頓されており、清潔感がある。
そして今クラウディアが座っているのは、座り心地の良い高品質なソファだ。
扉に目を向けると、豪華な飾り彫りの中にロワーグ王国の王家の紋章が刻まれている。
そう、今クラウディアは王宮に居る。
テーブルを挟んだ向かいを見ると、金髪の青年が同じようにソファに腰掛けており、その瑠璃色の瞳がこちらを見つめていた。
「……………」
部屋には二人の他に誰もいない。
ちなみにここは応接間ではないし、客を滞在させるための部屋でもない。
クラウディアの目の前に座っている人が、この部屋の主だ。
つまりクラウディアは、フィンリーの自室に居るのだった。
(どうしていきなりこんなことに…)
クラウディアはつい先程まで居たイルビス家での出来事を思い出す―――。
□□□
『―――フィンリー様……』
突然現れたフィンリーに、クラウディアは言葉が続かない。
『…殿下。だいたい察してはおりますが、突然の訪問はどのような御用事で?』
レイモンドが、少し呆れたようにフィンリーに声をかける。
『先触れもなくすまなかった。だがどうしても来なければならなかったんだ。』
フィンリーはレイモンドに軽く謝ると、クラウディアを見る。
久しぶりに瑠璃色の瞳と視線を交わし、クラウディアの心臓が大きく跳ねた。
『クラウディア。』
『っ、はい』
フィンリーが大股でクラウディアとレイモンドの方へ歩いていき、そのままクラウディアの腕をとった。
『この屋敷に滞在する必要はない。今から私と一緒に行こう。レイモンド、いいか?』
『え』
『いいも何も、僕が決めることでは無いよ。』
状況についていけていないクラウディアに対し、レイモンドは肩をすくめるだけだ。フィンリーが来た時点で、こうなることが分かっていたのだろう。そしてレイモンドはクラウディアに少し寂しそうに笑いかける。
『クラウディア。さっそく殿下と会えてしまったね。僕が手助けする必要はなくなった。』
『レイモンド様…』
そしてレイモンドは、寂しそうな笑顔からいつもの優しい笑顔に変わった。
『ゆっくり話しておいで。…くれぐれも、安全にね。殿下よろしくお願いしますよ。』
『言われなくても。…レイモンド。ディアを一時的にも匿ってくれ助かった。』
『そりゃ僕は二人の友人ですからね。』
『…ありがとう。ディア、行くよ。』
『え、あの』
そして、一年前ヴィレイユにとばされた時と同じように、だが今度はフィンリーと共に、身体が光に包まれ視界が切り替わった。
□□□
――――こうして今に至る。
クラウディアは息を吐く。
フィンリーに転移魔法で連れられて来たクラウディアは、つまり、フィンリーが勝手に連れて来たのであって、正式に王宮へ招かれた訳では無い。そもそも今のクラウディアを堂々と王宮へ招くことは難しい。
フィンリーの婚約者として見慣れていた場所ではあるが、当時と今とでは立場が違う以上に心境が違いすぎる。
座り心地が良いソファに座っているはずなのに、居心地が悪い。
突然いろいろなことが起こり過ぎて混乱しているクラウディアは、現実逃避をするために遠くを見てしまう。
そんなクラウディアを見て、フィンリーが気まずそうに頬をかき、おずおずと口を開いた。
「…クラウディア、その……いきなり連れてきてすまなかった…」
「…………」
「……ディア?」
返事のないクラウディアにフィンリーが上目遣いにもう一度声をかけると、クラウディアは遠くを見つめていた視線をやっとフィンリーへと向ける。
「いえ……いや、本当にそうですね。」
一度は否定しようとしたクラウディアだったが、本当にいきなり過ぎて混乱させられっぱなしなので、やっぱり肯定しておいた。
「無茶をされ過ぎでは?…レイモンド様に、きちんと挨拶も出来ませんでしたし。」
それを聞いてフィンリーは、申し訳なさそうにもう一度謝った。
「…ディアが王都に来たことを感じとったと思ったら、レイモンドのところに居て驚いたよ。」
「えっと…?私が王都に来たことが何故分かったのですか?」
「君の魔力の特徴を感じ取った。」
当たり前のように言われたが、その言葉が信じられなかった。
自分の魔力は自分でわかる場合があるが、普通他人の魔力なんて、どれが誰のなのかなど感じ取ることは出来ない。
クラウディアの驚く表情を見て、フィンリーが頬をかく。
「その…以前再会した時…これからディアだけは感じ取れるように必死で特徴を覚えたんだ。…結局それ以降会えなかったが…それが今日突然近くで感じたものだから、気づけばそこへ向かっていた。」
他の人はさすがに分からないよとフィンリーは眉を下げた。
「…………」
「…………」
やはりフィンリーは底が知れない。
クラウディアは返す言葉を失ってしまい、二人の間にしばらく沈黙の時間が流れる。
「ディア。」
「…はい。」
その沈黙を破り、改めてクラウディアの名前を呼んだ後、フィンリーは少し躊躇いながら口を開く。
「…そっちに行ってもいいかい?」
「?はい。」
クラウディアが承諾をすると、フィンリーは席を立ち、クラウディアの隣に腰かける。そして、
クラウディアを強く抱き締めた。
「会いたかった……っ!」
そう言われた途端、今まで普通に会話していたのが嘘のように、クラウディアの瞳からも涙が溢れた。
「…もう、会わないと思っていた…」
フィンリーが呟くようにそう言った。その呟きは、これまでクラウディアを悩ませていたことの答えだった。
(フィンリー様も、やっぱりそう思っていたのね…)
フィンリーは、クラウディアに会おうと思えば会うことも可能だったのだろうが、敢えて会いに来なかったのだ、と。
かつてクラウディアがそう思っていたように、フィンリーも、もうクラウディアに会うべきではないと思っていたようだ。
「だが、会いに来てくれてありがとう。」
フィンリーは身体を少し離し、目尻に皺を作る。
「こんなに嬉しいものなのだね。」
その瑠璃色の瞳は僅かに潤んでいた。
「私も、お会い出来て嬉しいです…っ」
クラウディアも、今は素直にフィンリーに会えたことを喜ぶことが出来た。しかし今フィンリーが目の前にいて、自分に触れていることが未だにわかに信じられず、クラウディアはフィンリーを存在するのか確かめるように上から下へ見てしまう。
「…しかし、フィンリー様に会おうと意気込んで来たのですが、こんなに早くに叶うとは思っていませんでした…」
急すぎる展開に戸惑っていることは事実だ。フィンリーが自分の魔力を感じ取れるなど、思ってもみないことだった。レイモンドに会えたのさえ、とても幸運なことだったのに。
「長期滞在を覚悟で来たので、レイモンド様に会えて、しかもあぁ言ってくださって、とても助かったのですが…」
何故か色々ととばして王宮で本人と向き合っている。
「いや、私も今回は考えなしだったな…」
フィンリーも、いきなりクラウディアを連れて来たことは、軽率だったと反省しているようだ。しかし、「だが、」フィンリーはと言葉を続ける。
「レイモンドと言えど、君を他の男の屋敷に滞在させるのはどうしても嫌だったんだ…」
「!」
真っ直ぐと見つめられ言われたその言葉に、クラウディアは自分の頬が熱くなるのを感じた。そして同時に、フィンリーがそんな感情を抱いたことがどうしようもなく嬉しく思ってしまった。
まだ自分にそんな感情を抱いてくれるのか、と。
「…もう、レイモンド様にもちゃんと謝ってくださいね。」
「あぁ、必ず。」
二人は潤んだ瞳で見つめ合い、笑顔でこつんと額を合わせた。
それは、かつての幸せな時間が戻ってきたかのようだった。
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