33.王都2
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「クラウディア…?」
久しぶりにその名で呼ばれ、相手の顔を見る前に身体が固まってしまった。
(誰…!?以前の私を知っている…っ)
「………クラウディア?」
クラウディアが動けずにいると、相手からもう一度名を呼ばれた。
(…あれ?)
クラウディアは、その声に聞き覚えがあった。それによく考えると、クラウディアを敬称なしで呼ぶ人間は、親しくしていた中でも数えるほどの人数しかいない。
恐る恐る顔を上げると、やはりそこには懐かしい見知った顔があった。
「……あ、レイモンド様…っ?」
レイモンド・イルビス。筆頭公爵家であるイルビス家の次男であり、かつて親しくしていた友人だった。
レイモンドはオレンジ色に近い、少し癖のある茶髪だ。それと同じ色の瞳が、クラウディアをはっきりと写し、みるみる見開かれていく。
「やっぱり…!クラウディア…っっ」
そしてすぐに、整った顔をくしゃくしゃにして手を優しく握り締めてくれた。
「今までどうして…それに、その格好…」
ドレス姿ではないクラウディアの装いに、レイモンドはひどく驚いていた。今クラウディアが着ているのは上等なワンピースではあるが、この街で浮かない程度のものなだけで、公爵令嬢が着るようなものでは無いからだ。
「どうして、いや、聞きたいことが……っ」
「レイモンド様っ…その…あまり、目立ちたくなくて…」
どんどん声が大きくなってきたレイモンドに、クラウディアは慌てて制止をかける。
はっとしたレイモンドは、クラウディアが今人目を避けているのだということをすぐ察し、「すまない」と小声で謝ってからさりげなく周囲を見回した。
レイモンドは怪しい者がいないことを確認し、安堵の息を吐いたあと、クラウディアの手を引いた。
「とにかく、ちょっとこっちへ…!」
レイモンドはクラウディアを連れ、少し離れたところに停めてあったイルビス家の馬車に乗り込んだ。
クラウディアを連れ馬車に乗り込んだものの、レイモンドは動揺した様子だ。無言で片手で前髪を掻きあげながら、馬車の床を見つめている。クラウディアはその様子をただただ黙って見つめているしかない。
レイモンドの様子には無理もない。一年前に居なくなり、亡くなったとさえ思われていた友人が突然目の前に現れたのだから。
しばらく床を見ていた瞳がようやくクラウディアへ向き、レイモンドは口を開いた。
「クラウディア……少し、ゆっくり話がしたい。このままうちの屋敷へ行っていいかい?その方が安全が確保できる。」
「!はい、ぜひ。」
クラウディアはすぐに頷いた。レイモンドは大切な友人であったため、せっかく会えたのだしゆっくり話がしたい。これまでのことも聞いて欲しいし、たくさん心配をかけたであろうことも謝りたいと思った。
「良かった。それじゃあこのまま屋敷へ向かおう。」
レイモンドがそう言い、馬車はイルビス家へ向かい出発した。
クラウディアは道中、ふとレイモンドを見ると、襟に見覚えのあるバッジがついているのを見つけた。
「レイモンド様、そのバッジはもしかして……議会の?」
「あぁ、これ?気づいたんだ。そうだよ。議員になったんだ。」
レイモンドもなんとか落ち着きを取り戻したようで、今は普通に会話が出来ている。
やはり、レイモンドの襟についているバッジはこの国の議会に出席出来る者、つまり議員のみが着けることが出来るバッジだった。しかしクラウディアはレイモンドが議員になったという返事に驚いた。
「レイモンド様が議員に!?お若いのに…!」
「若いって…クラウディアの方が僕より二つ下じゃないか。」
レイモンドはクラウディアの言葉に苦笑している。しかし、クラウディアが言いたいのは単純な年齢のことでは無い。
「そうですが、その、議員は割と年配の方たちばかりだったし…それに……」
クラウディアの記憶では、議員は中高年ばかりだった。それに何年もメンバーが変わっておらず、少しのきな臭さは感じていた。そんな中にレイモンドが加わるのは、国にとっては良いことなのだろうが、レイモンド自身が心配だ。
「そうだね。そこがいけなかった原因の一つでもある。」
しかしレイモンドは至って落ち着いている。さらにクラウディアの言葉の言外も読み取っての返事だった。
「?……では、今の議会は違うと……?」
レイモンドの言い方では、以前はそうだったが今は違うという言い方に聞こえる。
「フィンリー殿下が中心となって、議会の見直しを行ったんだ。」
「!フィンリー様が…」
近頃の議会は、議員の権力だけが膨れ上がり、その実績を伴わなくなっている。国の重大な案件が権力者の道楽のように話し合われていることにいい加減嫌気がさし、大幅改革を行ったそうだ。その改革により、たくさんの議員が議会から外されたのだという。
その代わり、残った議員や新しく入った議員は、身辺調査が厳しくなる。後ろ暗いことがある者は、議員になれないのだ。
フィンリーが改革を行ったのなら、レイモンドの議会入りは納得だった。むしろ必要な人材だ。
「そして近々、僕個人に爵位も貰えることになったんだ。伯爵位だけどね。」
「まぁ、素晴らしい!おめでとうございます!」
公爵位からすると低いように感じるが、個人で伯爵位を貰えるのは相当すごいことである。
レイモンドはもともととても優秀であったし、爵位を貰うことには驚きはないが、きっと見えないところでたくさん努力したのだろう。
手放しで褒めるクラウディアに、レイモンドは素直に微笑んだ。
「ありがとう。」
しかし、レイモンドはすぐに真面目な顔になりこう続けた。
「…実は、元ウォルトン公爵領の一部を僕が治めることになる。」
「!」
レイモンドに言われ、初めてクラウディアはウォルトン領がどのような扱いになっているのかを知った。
元ウォルトン領は、一度王家が引き取った後、信頼出来る者や家に分割して治めて貰うことになったのだという。
「……そうなのですね…ありがとうございます…」
レイモンドになら、安心して領地を任せられる。そして現在、イルビス家としても元ウォルトン領の一部を治めてくれているようだ。
一年前の悲劇以降、たくさんの人に助けられていることに、クラウディアは感謝しながらも申し訳なく思った。
「私は……何も出来ていないのね…」
そう呟いたクラウディアに、レイモンドが優しく声をかける。
「クラウディア。君が生きていてくれただけで僕は嬉しいよ。そしてそう思うのは、きっと僕だけではないはずだ。」
「でも……」
「さぁ、屋敷に着いたよ。クラウディア、これまであったことを、話してはくれないか?」
馬車から屋敷内の部屋へと場所を移してから、自分を責めるクラウディアの気を紛らわすように、レイモンドはクラウディアにこの一年間のことを話すよう促した。
クラウディアはぽつぽつと話し始める。クラウディアが話す度に、レイモンドは「それは辛かったね」「それは興味深い」などと相槌をうってくれた。
しかし、クラウディアがシエールの話、つまり『準娼館』の話をした時は、「じ、準、何?」と明らかに顔が引き攣り焦っていたが、詳しく話すとほっと胸を撫で下ろしていた。
そしてクラウディアは、再び王都へ来た理由も話した。
「そっか、フィンリー殿下に…」
そう聞いたレイモンドはなるほどと納得していた。
「…でもクラウディア、これからの行く宛ては?さすがに、いきなり王宮には行けないだろう。」
「はい…宛てはありません……さすがにどこかの宿には泊まりますが。」
「じゃあ、うちに居たら?」
「え?」
「イルビス家で過ごしたらいい。」
レイモンドは当たり前のようにそう言った。
「え、でも、いつまでかかるかもわかりませんし…」
「だったら尚更だよ。」
確かにイルビス家にいれば、宿の心配をせずに済むので、目的に集中出来るだろう。それに、クラウディアをよく分からない宿に何泊もさせるよりもよっぽど安心だとレイモンドは言う。
「それでフィンリー殿下とは、どんな話をするつもりだい?」
「それは…これからのことを…」
「結婚のこと?……それとも別れるのかい…?」
「………………」
答えることが出来ず、クラウディアは俯いてしまった。俯いたクラウディアのことを、レイモンドはじっと見つめている。
「…クラウディア。」
「?」
レイモンドに改めて名前を呼ばれ、クラウディアは顔を上げる。
「……この旅の間だけでなく、ずっと居てもいいんだよ。」
「えっと、それは……?」
それはどういう意味だろうか、とクラウディアが考える前に、レイモンドは言葉を続けた。
「…本当はね、君にとって僕は良き友人だったと思うけど…まぁそれも事実なんだけど…僕にとっては、君は誰よりも素敵な女性だったんだよ。」
「え?」
レイモンドは、クラウディアの横髪をすくい、そっと耳にかけた。なんだかくすぐったくてクラウディアは少し身をよじる。
「だが……」
髪を耳にかけた手は躊躇うようにクラウディアの耳元で一度止まったが、静かに下ろされた。そしてレイモンドはクラウディアの耳飾りと首飾りに目を向ける。
「…僕の入り込む余地はないようだね。」
そう言って眉を下げて笑った。そう言われてクラウディアはレイモンドの先程の言葉の意味を理解し、胸が締め付けられた。
「レイモンド様……」
「ただ、」
クラウディアは何も返せずにいたが、レイモンドはもう切り替えているようで、今度は真面目な顔で続けた。
「君が王都にいる間の手助けはさせて欲しい。この屋敷の客室を使えばいいし、食事も用意する。フィンリー殿下にも掛け合ってみよう。」
「そんな、悪いです。何から何まで…」
「いいんだよ。友人として、これくらいさせてくれ。二人の納得いく結果になればいいと思う。」
レイモンドは目を細め優しく笑った。以前からクラウディアが見てきた、友人としてのレイモンドの笑顔だった。
「……ありがとうございます」
それならば、クラウディアはせめて素直に申し出を受け入れようと思った。
「じゃあさっそく案内するよ。」
「はい、おねがいします。」
クラウディアを客室に案内するため、二人は立ち上がり部屋を出た。
「…っと、」
すると突然レイモンドが何かに気がついたように顔を上げた。
「?」
クラウディアが不思議がっていると、レイモンドは苦笑した。
「全く、どうやって分かったんだか……それにしても早いな。クラウディア、どうやら僕たちはお別れだ。」
「えっ…?」
先程から一転、突然別れを言い出され、クラウディアは訳が分からなかった。困惑しているクラウディアを見てレイモンドはまたも苦笑する。
「…こっち。」
そう言いながらクラウディアを促す。この方向は、どうやら玄関へ向かっているようだ。
「お迎えが来たようだよ。」
レイモンドがそう言い、玄関ホールを指し示す。
「!!」
そこには、綺麗な瑠璃色の瞳を持つ金髪の青年が立っていた。
「―――フィンリー様…」
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