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32.王都1

「わぁ……」


 久しぶりの街の様子に思わず声が出た。そこには以前と変わらぬ景色が広がっている。


 行き交う人々の楽しそうな声が耳に入る。しかし、クラウディアは決して楽しい気持ちでここに立ってはいなかった。

 懐かしい光景を目の前に、ぐっと拳を握りしめる。


(どうにかして、フィンリー様に会わないと……っ)



 クラウディアは、フィンリーに会うために約一年ぶりに王都を訪れていた――――。

 





 □□□





「マーシャさん、今日はすみませんでした…」


 クラウディアは、アレンの接客中に取り乱してしまったことをマーシャに謝った。


「あぁ……大丈夫なのかい?アレンくんが何かした訳じゃないんだろ?」

「それは絶対に有り得ませんっ!」


 クラウディアの強い否定にマーシャは少し驚き目を丸くした。マーシャはもちろん本気で言ってなどいない。それはクラウディアにも分かっているはずだが、アレンが悪く言われるのは冗談でも嫌だった。

 そう思っている自分に気が付き、クラウディアはまた複雑な気持ちになる。


「……私が、悪いんです。」


 クラウディアはひとつ息を吐き落ち着いてから、マーシャに改めて言った。そんなクラウディアを見つめながら、マーシャもまたひとつ息を吐く。


「…そうかい。今日はまぁ驚いたけど…あたしは店のことよりあんたが心配だよ。」


 マーシャはクラウディアを心配している。絶対に怒られると思っていたのに、心配されてしまうとクラウディアは涙が出そうになった。


「すみませんでした……」

「もう謝らなくていいよ。何か力になれることはあるかい?」

「………っ」


 なんて優しいのだろうか。マーシャの優しさにクラウディアは心が暖かくなるのを感じた。


「では…ご迷惑をおかけすると承知の上でお願いがあるのですが……」


 少し迷いもあったが、今日決心し、目的が出来たクラウディアは、その優しさに甘えることにした。


「しばらく、お休みをいただけませんか?」

「休み?それは構わないが…どうしたんだい?」


 クラウディアは、両手を胸に当て深呼吸してからマーシャに告げた。


「王都へ行きたいんです。」


 フィンリーに会うために。


 しかしそれを知らないマーシャは突然王都へ行きたいと言われたことに驚いていた。てっきり、クラウディアは休みをとって気持ちを整理したり身体を休めたりするのだと思っていたからだ。


「ゆっくりするのかと思いきや王都…また遠いところに…」


 それに遊びに行く訳でも無さそうな雰囲気のクラウディアに、マーシャは少し困惑している。


「…何日くらい休みが欲しい?」

「…その、目的がいつ達成出来るか分からなくて…明確な期限は決められなくて…」

「………」


 マーシャは何か黙って考えている。その様子を見てクラウディアはだんだん不安になってきた。クラウディアの目的が何なのかもわからないのに簡単に何日も店を空けて行かせてもらえるだろうかと。


 しかし、咎められるとは反対に、マーシャは少し寂しそうな顔をしている。そしてクラウディアを見た。


「一人で行くのかい?」

「!はい、一人で。」

「…危ないだろ。いっしょに行こうか?」

「!」


 思わぬマーシャの言葉にクラウディアは目を丸くする。これからまさに迷惑をかけようとしているのに、心配してくれているのだと分かり、また涙が出そうになったが堪えた。


「…ありがとうございます。でも、」


 気持ちはとてもありがたい。クラウディア自身も、本当は一人で行くのは心細い。しかし、


「一人が、いいんです。」


 マーシャはもちろん、誰も巻き込む訳にはいかない。


「それに私、防御魔法が得意なので大丈夫です。」


 そう、クラウディアには防御魔法がある。無意識下で今も継続してクラウディアには防御膜がかかっている。クラウディアはマーシャに大丈夫だと笑って見せた。


「……………」


 マーシャはクラウディアが一人で行こうとすることに難色を示していたが、最終的には許してくれた。


「…いいよ。気の済むまで行っておいで。」


 そう言ってマーシャは優しくクラウディアの頭を撫でた。


「ありがとうございます…っ」


 クラウディアはさっそく準備を始めた。マーシャと、道中泊まる宿や、一人旅で気をつけなければならないこと、危ない地域などを細かく確認をした。そして二日後には準備も終わり、出発することにした。









「マーシャさん、ご迷惑おかけしてすみません。」


 片道馬車で五日かかる王都だ。行き帰りだけで十日かかることになる。そして一日でフィンリーにすんなりと会え、しかも話など出来るはずもないため、最低十三日ほど、下手したらひと月以上かかる可能性もある。


「いいんだよ。迷惑なんて思ってないし。」

「…どうして…」


 どうして、そんなにも優しくしてくれるのか。そして何も聞かずにいてくれるのか。


「ん?」


 マーシャに尋ねたかったクラウディアだが、何故かマーシャの笑顔を見て、それを今聞いてはいけない気がして口に出せなかった。


「……いえ、なんでもありません。」

「…待ってるからね。いっといで。」


 そしてマーシャはまた優しく頭を撫でてくれた。


「いってきます。」








 クラウディアは、馬車に揺られながら窓の外を見る。


(フィンリー様……会えるかしら……)


 第二王子であるフィンリーに、肩書きも何も無い今のクラウディアが、策もなく会おうとすることは無謀だと分かっている。

 しかし、そう思いこれまでいろいろ自分の中で整理をつけようとしていたが、結局はフィンリーと会わないことには何も進めないのだ。

 もしもこれからずっとヴィレイユで過ごすにしても、やはりちゃんと区切りはつけたい。


 ――――アレンへ感じている気持ちも止まったままだ。


(………………)


 クラウディアは心のもやもやを振り払うように首を振った。


(フィンリー様に会ったら、このもやもやも無くなるのかしら…)




 クラウディアは目を閉じる。

 まぶたの裏には、いつでも鮮明にその姿を写すことが出来てしまう。


 たくさんの幸せをくれた、大好きな婚約者。

 たくさん迷惑をかけた、頼りになる婚約者。


(もう、婚約者とは言えないけれど……)



 ――――会いたい。



 話をした結果がどうなろうが何よりも、クラウディア自身が、あの優しい瑠璃色の瞳にもう一度会いたかった。








 □□□








 王都ソレーシュは、ヴィレイユと人の多さは同じくらいだが、行き交う人々の装いが全く違う。

 やはり王都。すれ違う人のほとんどが貴族である。皆ドレスや綺麗な服を着ている。

 クラウディアも街に馴染むよう、普段ヴィレイユで着ているものとは違う、ドレスとまではいかないが少し上等なワンピースを着ている。


 そして、念のため顔がよく見えないよう、クラウディアはつばの広めの帽子をかぶっている。

 公爵家が潰れたのだから、王都の貴族たちが知らないはずがない。クラウディアのことも、もしかしたら探されているかもしれない。そしてそれは主に心配などの優しい理由ではないだろう。


 クラウディアを利用するため、単なる興味、あるいは――――


(―――私を殺すため。)


 そう考えていると、不意に赤い目の男のことを思い出してしまった。


「っ……」


 ――――もしまたあの男に襲われたら?


 あの時の記憶が鮮明に蘇り身体が凍りつく。指先の感覚は無いのに、掌には汗が滲む。クラウディアは思わず座り込みそうになるが、こんな街中で目立つことは避けたく、なんとか踏ん張った。


 ――――怖い。


 クラウディアは自分の両腕をさすった。そしてぎゅっと目を瞑り深呼吸をした。


(落ち着かないと…)


 ――――何を怖がっているのか。自分にはウォルトン家が誇る防御魔法があるではないか。


 心の中で何度もそう自分に言い聞かせる。


(大丈夫、大丈夫…私が王都にいるなんて誰も知らないんだから……)


 もう一度深呼吸して、クラウディアは首飾りを握りしめた。


(……行かないと。)


 クラウディアは顔を上げ、とりあえず王宮を目指しゆっくりと歩き出した。



「あっ……」


 その時突然吹いた風で、クラウディアの帽子が飛ばされた。


 あっという間に遠くへ飛ばされてしまい、拾うことが出来なかった。魔法でも間に合いそうもない。

 仮に間に合ったとしても、この人混みの中で魔法を使うのは目立ち過ぎる。


(あぁ……)


 あの帽子にさほど思い入れは無いが、自分の物を失くすということは残念だ。

 それに、今回は帽子が顔を隠す役割も担っていたため、失くなると少し困る。


(あまりこのまま歩き回りたくないし、買ってしまおう。確か近くにお店があったはず。)


 クラウディアは新しく帽子を買うことに決め、方向を変え、今度は店を目指して歩き出す。

 人混みの中、少し俯きがちに歩いていたため視界が悪く、すれ違った人に肩がぶつかった。


「あ、すみませ―――」


 とっさに振り向き謝ろうとすると、ふいに手を取られた。


「!?放し―――」


 パチンッ


「わっ?、いてて……」


 王都に来て警戒していたこともあり、防御魔法が軽く発動し、クラウディアを掴んだ手が弾かれた。

 相手には少し痛い思いをさせてしまって悪いが、なるべく人と関わりたくないクラウディアは、今の間に離れようとした。


「すみませんっ、では――――」




 しかし、次に相手の口から出た言葉に身体が固まる。




「クラウディア…?」





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