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31.首飾りに込められていたものとは

お読みいただきありがとうございます!


長くなりましたが、切りたくなかったのでこのまま一話とします。


「ふぅ……」



 今日の仕事を終え、クラウディアは自室で一人窓を開け、気持ちの良い夜風に当たっていた。


 空には雲ひとつなく、満月が綺麗に輝いている。


(今日はいろいろあったな……)


 アレンから首飾りをもらい、リリィから『付き合ったのか』などとも言われたし、アレンからの名前の呼び方も変わった。


 アレンから『ディア』と呼ばれ、複雑な気持ちにはなったものの、呼ばれること自体は全く違和感なく、嫌どころかむしろ嬉しかったので、リリィのお節介も悪くないなと、クラウディアは思った。


 窓から風が吹き込み、クラウディアの髪を揺らす。


「…………。」


 クラウディアは、アレンといる時に感じる胸の苦しさが何なのか、本当はもう分かりかけている。


 しかし、最愛の人のことが、どうしても心の中にあり、それを認められないでいる。


(これでいいはずなのに…)


 この地で、新しい気持ちが芽生えることは、過去を切り離してここで生きていこうとするクラウディアにとっては良いことのはずなのだ。


 しかし今でも、フィンリーに会えない日々を残念がる自分がいる。どこかでまた、突然会いに来てくれるかもしれないと期待してしまっているのだ。


(手紙も出して、区切りをつけたつもりだったのに…)


 クラウディアは小さく溜息を吐く。


 そしてアレンからもらった首飾りを手に取り、そこにあるフィンリーの瞳に似た小さな石に話しかける。


「ねぇ、フィンリー様。私はどうしたらいいのでしょうね…」


 そう呟き、答えを求めるように円形の飾りを月明かりにかざした。



 輪の中に、綺麗に満月が見える。



(綺麗…)


 そう思い見つめていると、少しずつ満月が霞んできた。


「…?」


 クラウディアは不思議に思い、飾りから視線を外すが、空にはやはり雲ひとつなく、満月は綺麗なままだ。

 気のせいかと思いもう一度飾りを覗くと、やはり霞んでいた。


 そしてクラウディアは、その霞みがある形を成していることに気づく。



「…!!?」



 それが何の形なのか理解し、クラウディアは息を呑んだ。











 ―――――それは、ウォルトン家の紋章だった。










(どういうこと…!?)


 クラウディアの鼓動がどんどん速くなっていく。


 ウォルトンの家では、クラウディアはこんな首飾りを見たことがなかった。

 もしかしたら、過去のウォルトン家の者が作り、巡り巡ってクラウディアの手に渡ったのかもしれない。

 装飾品店は、必ずしも新品ばかりを置いているわけでは無いので、その可能性ももちろんある。


 しかし、クラウディアはどうしてもそうは思えなかった。


 明らかに綺麗すぎるのだ。この首飾りは、どう見ても最近作られた物だった。


(ウォルトン家の関係者が作った……?)


 仮にそうだとしても、何故装飾品店にあり、何故アレンがそれを買うことが出来たのだろうか。本当にたまたま入った店に売っていただけなのだろうか。こんなに都合良く、クラウディアの手に渡るものなのだろうか。


 心臓が脈打つごとに、どんどんと疑問が溢れてくる。


(それに、こんなに手の込んだ仕掛け……)


 月明かりにかざすと模様が浮かび上がる仕掛けなど、聞いたことがない。この複雑な仕掛けを、魔法で簡単に込められるであろう人物が一人思い浮かぶ。


(まさか……でも…)


 クラウディアは汗が滲んできた手で、首飾りをなぞるようにして触り、鎖の中間の金属板で手が止まる。


 小さく文字が彫られているその金属板。クラウディアは目を凝らすが、文字が小さ過ぎて読むことが出来ない。


 どくんどくんとクラウディアの心臓がうるさく音を立てる。


「………………。」


 クラウディアは、この読めない文字が重要な何かな気がしてならない。


(この文字さえ読めれば…)


 何か分かるかもしれない。




 クラウディアは、明日からまずはこの文字を読むことだけを考えようと、とりあえずベッドに入ったが、当然その夜はろくに眠ることが出来なかった。








 □□□






 その金属板の文字は肉眼ではどうしても読めなかった。ルーペを使えば読むことが出来るだろうが、クラウディアはルーペを持っていない。


 シエールに無いかマーシャにも尋ねたが、どこかにあった気はするが、使う機会がないためどこにあるのか忘れてしまったという。


 探してみたが見つからず、ならばこの際買いに行こうとクラウディアは街へ出てみたが、あいにく品切れで、入荷にはしばらくかかるという。


(なんて運の悪い……っ)






 もどかしい気持ちを抱えたままひと月が経ってしまい、気づけば今日はアレンが来る日だった。


(そうだわ、アレンさんに首飾りを買ってくれた時のことをいろいろ聞かないと…っ!)


 状況を聞けば、他にも分かることがあるかもしれない。そうクラウディアは内心で意気込みながら、とりあえず挨拶を済ます。するとアレンの視線がクラウディアの首元で止まった。


「首飾り、着けてくれてるんだな……ディアナ。」

「あ、…はい。…とても気に入っています。」

「…良かった。」


 アレンに名前を呼ばれ、嬉しそうに目を細められたら、クラウディアの意気込みはぷしゅりと潰れ、聞きたいことを言い出せなくなってしまった。


 それに、アレンは何も知らない可能性の方が高いため、とりあえずはいろいろと聞きたい気持ちを抑えながら、いつも通り話し、タイミングをみて聞いていくことにした。


 しかし話をしながら、クラウディアはふと思いつく。


(あ!アレンさんなら、ルーペを持ってるかも…!!)


 仕事柄、ルーペを使うこともあるだろう。さっそくクラウディアは尋ねてみた。


「アレンさん、ルーペって持ってますかっ?」

「ルーペ?確か鞄に入ってたような…何に使うんだ?」


 アレンが自分の鞄を探りながらそう尋ね、クラウディアは首にかかっている飾りをそっとつまむ。


「この首飾りの、板のところの文字を読みたいんです。」

「………文字なんか書いてあったか?」

「はい。でも小さくて読めなくて。」


 アレンは「へぇー」と言いつつ、鞄を探る手を止めた。


「………あれ、すまない。ルーペは宿に忘れてきたみたいだ。」

「そうですか。残念…いえ、ありがとうございます。」

「いや、役に立てなくてすまん。」


 金属板の文字が読めないのは残念だが、これをきっかけにアレンに首飾りを買った時のことを尋ねようとしてクラウディアが口を開きかけた時、隣の席に居た客が声をかけてきた。



「ルーペならあるぞ〜?」



「!!」

「話が聞こえたんだが、ルーペが要るんだろ?今日たまたま仕事で使って持ってたんだ。」

「え…!か、借りてもよろしいですか?」

「ああ、もちろん。」

「ありがとうございますっっ!!」


 クラウディアは急いで首飾りをはずし、ルーペを受け取った。


(ここに、何が書いてあるのか……)


 クラウディアは、はやる気持ちを抑えながらゆっくりとルーペを覗き、金属板を見る。


「…………」


 文字を読もうとするクラウディアを、アレンは隣で黙って見守っていた。


「あ、読め―――――」


 そう言いかけ、金属板の文字を読んだクラウディアは言葉を失う。


「…っ!」





 そしてクラウディアの瞳からはぼろぼろと涙が溢れてきた。





「!…ディアナ?」

「この、これ……」




 クラウディアは震える指先で金属板を指す。



 その金属板には、










 『クラウディア』








 確かにそう彫ってあった。











(――――フィンリー様だ…っ)



 クラウディアは確信した。


 この首飾りは、フィンリーがクラウディアに向けて作ったものだと。





「おい、大丈夫か?」


 アレンがいきなり泣き出したクラウディアを心配して覗き込む。

 他の客たちも様子のおかしさに気づき、心配そうにクラウディアを見ている。

 しかし今のクラウディアにはそれも目に入らない。反応の無いクラウディアを心配したアレンにさらに覗き込まれると、クラウディアは弾かれたように顔を上げた。


「…アレンさんっ!」

「っ?」

「この首飾りは、どのように買ってくださったのですか…!」


 顔を上げたクラウディアは、アレンに詰め寄る。


「え?えっと、普通に店で買ったけど……」

「嘘!!!!」

「っ!」


 クラウディアの今までにない剣幕に、アレンが少し後ずさる。

 アレンが後ずさったことにより、クラウディアは初めて今の状況に気づく。アレンどころか、皆が驚いてクラウディアを見ていた。


「あ…すみません……何でもありません…」


 クラウディアはこの状況に驚き、すぐに大声を出してしまったことを謝った。


(ここでは話せない……)


「…アレンさん、ちょっといいですか。」


 ここでは込み入った話が出来ないと判断したクラウディアは、アレンの手を引いて奥の個室へと向かった。


「っ、ディアナ?どうしたんだ?」


 個室の扉が閉まり、クラウディアのいきなりの行動にアレンも戸惑っている。


「この首飾りについて教えてください。これを売っていたお店はどのような店構えでしたか?」

「店構え……」

「お店の方はどんな方でしたか?」

「は、店員?……えっと…」


 アレンはクラウディアから手を離されると、反射的に両手を胸の前に挙げ、先程から興奮して矢継ぎ早に質問を続けるクラウディアから少し距離を取った。


「男性でしたかっ!?」

「あ、あぁ……」

「!髪の色は、その、金髪でしたかっ!?」

「!?そ、そう言われればそうだった気も…………いや、すまん、覚えてない…」


 アレンにいろいろと質問するが、思うような答えは何も出てこない。それはそうだ。馴染みの店でもないところでの売り手のことなど普通記憶に留めない。


 ―――――アレンは何も悪くない。



「……そうですよね……」


 そしてそう気がついた途端、急激に熱が冷めた。


 興奮が収まったと思ったら急に静かになったクラウディアを見て、アレンが心配そうに声をかける。


「…ディアナ?大丈夫か?」

「あ、すみません……」


 しかし少し冷静になると、さらなる疑問が浮かんでくる。


 フィンリーが作った物として、どうやって的確にアレンに買わせたのだろう?

 まるで、アレンがクラウディアと仲の良いことを知られているようだ。


(…いや、実際知っているのかも……)


 この前エイブリーにアレンのことは一度紹介しているし、そうでなくてもフィンリーなら何らかの方法でクラウディアの周囲を把握しているかもしれない。


(それなのに、会いに来てくれないの……)


 フィンリーも、クラウディアと同様に、会いたいと思いつつも会えないのだと思う。しかし何故、会えるのに会いに来てくれないのかと、もやもやとした気持ちが胸の中に渦巻いていく。


(…いけない、今は違う。)


 暗い気持ちに沈みそうになったが、クラウディアは思考を戻す。そう、どうやってアレンはこの首飾りを買うことが出来たのだろう。


 いきなり第二王子が一商人に売りつけるなんてことは不自然すぎるし、アレンは特に疑問もなくこの首飾りを買ってくれたように見える。

 アレンは隣国の商人であるし、ロワーグの第二王子の顔までは知らないだろうが、アレンが首飾りを買ったのはロワーグの王都だ。王都で第二王子がいきなり店で装飾品を売りつけていたらさすがに騒ぎになるはずだ。そしてその騒ぎにアレンが気づかないはずがない。


 しかしフィンリーのことだ。仮にフィンリー自身がアレンに首飾りを買わせたとしても、自分のことがはっきりと記憶に残らないように何らかの魔法をかけた状態だったのかもしれない。そもそも代理の者に売らせたのかもしれない。


 頭の中で次々と仮定を考える。だがどれもしっくり来ない。


(……それとも、)



 そしてクラウディアは、あることに思い至る。



(…アレンさんがフィンリー様と繋がっている…?)



 こんなひと欠片の疑惑が浮かんだ。



 有り得ないとは思いつつも、一度そう思ってしまうと、そんな気がしてならない。アレンをそろりと見やると、真っ直ぐとクラウディアを見つめる翡翠色の瞳があった。


「!」


 ―――その瞳は、何故か瑠璃色のそれと重なった。




「――――フィンリー様。」




 クラウディアの口からその名がこぼれる。


「、え」

「……………」


 クラウディアは、アレンを静かに見つめる。アレンは、僅かにだがその瞳を揺らしていた。動揺しているのか、ただただ困惑しているのか。この名前に反応を見せるなら、アレンは確実に何か知っているだろう。

 クラウディアは見極めようとアレンを見つめ続けた。


「―――………ディ…」

「…この名前に心当たりはありませんか?」

「え?」


(…あれ?)


 クラウディアにそう問われ、アレンは心底不思議そうな表情をした。

 動揺だったり、隠されたり、肯定されたり、てっきり何かしら反応をされると思ったクラウディアは拍子抜けする。


(…やっぱり何も知らない……?)


 アレンのこの反応は、何も知らなさそうに見える。

 フィンリーの名を出した時は、動揺した様に見えたが、どうやらクラウディアの言動に困惑していただけのようだ。


 そうなると、途端に今度はアレンに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「…いえ、何でもありません。詰め寄ったりして、本当にすみませんでした…」

「いや……」


 クラウディアはアレンに一連の行動を謝った。アレンは戸惑いながらも、何か事情があるんだろうと言い、そこからは何も聞いてこなかった。

 せっかくクラウディアのためを思って贈ってくれた首飾りなのに、こちらの事情や思い込みで振り回してしまった。それなのに、何も言わないアレンの優しさに、クラウディアは涙が出そうになったが、今は泣くべきではないとぐっと堪えた。


(…でも、これは絶対に、フィンリー様が作った物。)


 どうやってアレンの手に渡ったのかは謎のままだが、これがフィンリーによって作られクラウディアまで辿り着いたものだということは間違いないだろう。


(アレンさんは、巻き込んでしまって申し訳ないわ……)


 フィンリーはアレンを通して首飾りをクラウディアの手に渡らせ、クラウディアはそれに気づき何も知らないアレンに詰め寄った。

 二人してなんて自分勝手なんだとクラウディアは反省し、アレンにはもう一度謝った。




 しかしこれで、クラウディアはひとつの決心がついた。




「……………」


 クラウディアはアレンに向き直る。自分と同じ翡翠色の瞳に向かい、自分の気持ちを口にする。


「…会いたい方が、います。」

「…っ」


 何も関係の無いアレンに伝える必要などないのだが、クラウディアは何故かアレンには言っておかなければならない気がした。


「以前、お話しましたよね。会いたい方がいると。」

「……あぁ、覚えてる。」

「会わない方が良いとも言いました。」

「……言っていたな。」


 アレンは静かに頷く。


「……ですが、会いに行ってみようと思います。」



 会いに、行こう。

 やはり、もやもやしたままの別れなど嫌だ。


 これ程の想いを、自然に終わらせようと言う方が無理だったのだ。

 これ以上、想いを拗らせて、関係の無い人を巻き込みたくない。



 『会いに来て』ばかりでなく、自分から会いに行けば良い。


 会えない可能性もある。むしろ会えない可能性の方が高いが、何もしないよりよほど良い。


(会って、ちゃんと話したい。)

 


 ――――それによってフィンリーとの関係が続くのか、終わるのか、どちらであっても。



 クラウディアは、そう決心がついたのだ。




「……ディアナは、その人のことが好きなのか…?」


 ぽつりとアレンにそう言われ、クラウディアは一瞬驚いたように目を見開き、そして悲しげに微笑んだ。





「えぇ、どうしようもなく。」









 □□□










「気づかれたか……まぁ、気づくよな……」


 気づかれなくて良いと思っていたが、気づいて欲しかった気持ちも少し。



 装飾品の円形の飾りには、『永遠』という意味合いがある。



 「『ディアナ』になっても、君は『クラウディア・ウォルトン』だ。」



 夜風が金色の髪を撫でる。



「―――私が永遠に、その名を忘れない。」




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