3.婚約者との出会い1
待ちに待ったフィンリーとのお茶会の日になった。
「とても可愛いわ、ありがとう。」
自身の髪をきれいにセットしてもらい、クラウディアはメイドのアンナにお礼を言う。
「お嬢様はアップスタイルももちろんお似合いですが、今日のようなダウンスタイルも、もとの髪の毛の綺麗な癖が生かされてとても素敵です!」
クラウディアの髪型は、今日は編み込んだ髪をハーフアップにまとめてもらっている。
自ら行う日頃の手入れの甲斐があり、艶々とした綺麗な長髪である。魔法で髪の毛を保護することで傷みにくく艶が保たれるのである。クラウディア自身も、自慢の髪の毛だ。以前フィンリーから『髪の毛が綺麗だ』と褒められて以降、特に手入れを頑張っている乙女である。
「あら、支度が出来たのねクラウディア。」
「はい、お母様。」
「本当に…綺麗になったわね。」
幸せそうに微笑むクラウディアを見て、メリッサはしみじみと呟く。
「綺麗にしてもらったもの!」
しかし嬉しそうにズレた答えを即答する娘にメリッサは苦笑した。
「違うわよ。フィンリー殿下に出会ってから、本当にあなたは綺麗になったわ。特に婚約してからね。」
「!」
わざわざ説明されやっと気づき、恥ずかしいやら、照れくさいやらでクラウディアの頬がじんわりと赤くなる。
フィンリーに恋したこと、想いが通じたことにより自分が綺麗になったというならば、とても嬉しいことである。
「…幸せなのね。」
そう言ってメリッサが柔らかに微笑んだ。
「…はい、皆様のおかげです。」
クラウディアは、幸せだと自分自身でも思う。しかしこの幸せは、たくさんの人の協力により成り立っているものだとも理解している。
「ふふっ、いいえ、クラウディア自身と、殿下の努力のおかげよ。自分に自信を持って、そして殿下に感謝なさい。」
しかしメリッサは嬉しい言葉をくれ、同時にふわっと抱きしめられ、心地よいがなんともこそばゆい感覚になる。
「………ありがとう、お母様。」
「今日は楽しんでいらっしゃいね。」
「はい、行って参ります。」
母の愛をしっかり感じた後、クラウディアは馬車に乗り込み、愛しいフィンリーが待つ王宮へ出発した。
□□□
最初にクラウディアとフィンリーが出会ったのは、王家主催のお茶会の日だった。そのお茶会は、当時十五歳になったエイブリー王太子の婚約者候補を集めたものだった。
クラウディアはまだ八歳であり、本来対象ではなかったが、家格上招待されない訳にはいかず、形だけ参加していた。当然年上の令嬢ばかりで馴染めるはずもなく、ただただ会場をフラフラと散歩していた。
ーーーつもりだったが、いつの間にか一緒に来ていたメリッサともはぐれ、よく知らないところに迷い込んでいた。
(誰もいない…ここ、どこだろう?どうしよう……)
王宮は広く、慣れていない者からすれば、どこも同じような造りに見える。クラウディアはすでに自分がどちらから来たのかもわからなくなっていた。
不安ばかりが膨らみ、泣きそうになりながら辺りを見回していると、どこからか声が聞こえてきた。人の気配にひとまず安心し、声の聞こえてくる方へ向かう。
建物の陰から覗いた先には、王子様がいた。
少年がひとり佇み、風を纏いながら、自身の手のひらから発した柔らかな光を見つめている。金色の髪、瑠璃色の瞳が、その魔法らしき光を反射しキラキラと輝いていた。そんな幻想的な光景を目にし、クラウディアは少年が絵本に出てくるような、キラキラしている王子様に見えた。
そこにいる少年こそ、後に婚約者となるフィンリーだった。
無意識に、もっと近くで見たいと身体が乗り出し、気づけば壁からすっぽりと向こう側に出ていた。
ふと、瑠璃色の瞳と目が合う。吸い込まれそうな感覚に一瞬息が止まった。その瞳がクラウディアを認識し、みるみる驚きに見開かれていく。
「え…?だれ……」
「あ、えっと…その…」
いきなり現れた年下であろう少女に驚きつつも、クラウディアのモゴモゴと口ごもる様子を見て、フィンリーはこの少女は自分に危害を加える存在でないと判断し、さしずめその格好から今日のお茶会での迷子だろうと見当をつける。
「えっと、今日はお茶会に、来たのかな?」
「は、はい!そうです…」
(やっぱり。でもこんな小さい子も参加してたんだ…婚約者候補…ってことは無さそうだし、高位のご令嬢ってとこかな。)
「じゃあ、お茶会の方へ戻らないとね。」
迷子だと気づきながら、敢えてそのことを聞かず案内の手間を省きたかった。一人の時間を邪魔されたくなかったのだ。でも、クラウディアは動かない。
「…そんなところにいたら危ないよ…?」
「危ない?なんでですか??」
フィンリーが婉曲に伝えてみるが伝わらない。
「いや…だって今僕魔法の練習してるし。もし失敗して君に飛んだら危ないでしょ?だから……」
「じゃあ!わたしは、ぼうぎょ魔法が使えるので大丈夫です!」
「…防御魔法…?」
防御魔法は盾のようなものだ。確かに防御魔法が使えれば魔法が当たるのを防ぐことはできる。というか、離れて欲しくて言っているのに、意図が全く通じてない会話にフィンリーは少し苛つきを感じたが、続くクラウディアの言葉でその表情が変わる。
「はい、魔法で自分や近くにいる人を守ることができます!自分には常に膜を張っているので、不意打ちがききません!」
両手で拳を握り、自慢気に話すクラウディアを、フィンリーは目を丸くして見た。聞いたことがない魔法の使い方に興味が沸いた。
「……へぇ、膜?それは…すごいね。他にどんなことが出来るんだい?興味がある。」
「……あとは…お家全体に膜を張って、悪い人のしんにゅうを防ぐとかですかね…?それはわたしは出来ないのですが…他にいろいろと練習中で…」
なんだろう、さらっと爆弾発言を聞いたのではないだろうか。
「…それって、かなりの魔力量がいるんじゃないのかい?」
「そうなのですか?魔力りょう?はよくわかりません…でも、じゃあ、わたしのお父様とお母様はすごいのですね!!」
クラウディアは翡翠色の目をキラキラさせてフィンリーを見ていた。
「王子様は魔法にくわしいのですね!!さっきの魔法も、とってもキレイでしたし、魔法がとくいなんですねっ!すごいです!」
「さっき?…あぁ、やっぱり君があの時から見てたのか……」
先程魔法を練習していた時、フィンリーは誰かが自分を見ている気配は感じていたが、危険な感じはしなかった為放置していたのだ。その現場を見られていて『キレイ』だの『すごい』だのと純粋に褒められると、なんだか照れくさくなる。
しかしそれよりも今、目の前の少女は、自分のことをはっきりと『王子様』だと言った。
何故こんな少女が自分のことを知っているのだろうか。子どもでも名前は知っているかもしれないが、顔までは知られていないはずだ。知っててわざと話しかけてきたのだろうか、もしわざとなら計画的なのだろうか、と嫌な疑問がいろいろと浮かぶ。
「……あれ?僕が王子だって知ってたの?」
とぼけてカマをかけてみる。ところが、
「え?あ、王子様のように格好よかったから、そう呼んで………………………………………………え?」
返ってきた言葉にフィンリーは拍子抜けした。嘘を言っているようには見えないし、どうやら考え過ぎだったらしい。
こちらが気恥ずかしくなるような可愛らしい理由に、思わず笑みが溢れる。
そして、今いろいろと察しはじめ、だんだん焦りの色が見えてきた少女が、自分が王子だとはっきり告げたらどんな反応をするのか見てみたい悪戯心がうまれた。
「何それ。ふふっ、僕は本当にこの国の第二王子だよ。名はフィンリーという。」
フィンリーの口から、察して始めていたことが確定されてしまい、クラウディアは笑顔のまま固まった。
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