29.その苦しさは
お読みいただきありがとうございます。
更新遅くなりすみません。
サブタイトルを考えるのが苦手です…
『クラウディア………………弟を……頼む………』
エイブリーのあの言葉はどういう意味だったのか。
エイブリーが去ってから、クラウディアは何度もその意味を考えている。
しかし、今現在もフィンリーからは何か連絡がある訳でもなく、クラウディアの方からは連絡を取ることはできない。
送ったあの手紙も、届いているのかどうかさえもわからない。
もう、このまま終わって行くのだろうと思っていたのに、あんなことを言われると気持ちが揺らいでしまう。
(……まだ、終わっていない…?)
簡単にそんな期待をしてしまうのだ。
(でも、だから、どうしろって言うの……っ)
□□□
「…ディアナさん。」
「?はい」
向き直って改めて名前を呼ばれ、クラウディアは不思議に思いつつ返事をする。
するとアレンはふと肩を落とし、クラウディアを見ながら自分の眉間をトントンと指さした。
「……眉間に皺。」
「えっ…」
そう言われて初めて、クラウディアは自分の眉間に皺が寄っていることに気づいた。無意識だった。アレンの前だとどうしても気が抜けて、ふとした時に思考の渦に沈んでしまうらしい。
「す、すみません……」
クラウディアは眉間をさすりながら慌てて謝った。アレンはそんなクラウディアを見てか、視線を落としこれまで話していたものから話題を変えた。
「……あの人…」
「?」
「この前ディアナさんに会いに来てたあの人…」
「!」
唐突で、何のことだか分からなかったクラウディアだが、おそらくアレンが言っているのは、先月現れたエイブリーのことだろうと気づく。
聡いアレンのことだ。何を聞かれるのかとクラウディアは少し身構えたが、何故かアレンの表情はどこか不機嫌そうだった。
「あの時、部屋で何を話してたんだ?」
そのまま不機嫌そうな表情で尋ねてきた。それは深い疑問を持っている様子ではなく、どちらかというと拗ねているようにも見える。
身構えたクラウディアは拍子抜けしたが、逆に何かアレンの気に障ることでもあったのか不安になる。
そんなクラウディアを見たアレンは、慌ててすぐにこう続ける。
「あ、いや、すまん。…俺が聞いていいような事じゃないよな……」
「い、いえ…他愛もない話をしたので、特に聞かれて困るようなことはないのですが…」
本当は聞かれて困ることもたくさんあったのだが、全体的には世間話だ。しかしアレンは首を横に振る。
「そうじゃなくて、せっかくの家族との会話を他人が根掘り葉掘り聞くのは野暮だったと思って。」
「あ…」
(そういうことだったのね…)
普通の人は、他人に聞かれたらまずい世間話をそうそうしないと気づき、クラウディアは少し恥ずかしくなった。
こういうところが、まだ公爵令嬢の感覚なのかもしれない。
お互い勝手に気まずくなり、しばらく二人して沈黙したが、アレンが少し躊躇いがちに口を開きそれを破った。
「…その、前に言っていた、『会いたい人』って、あの人の事だったのか…?」
「…?」
何のことを言っているのか。いまいちピンと来ていない様子のクラウディアに、アレンが問い直す。
「けっこう前だが…ディアナさんが、『会いたい人がいて、でも会えない』みたいなこと話してただろ?それが、あの人なのかなって。」
今度こそクラウディアは理解した。確かに、アレンにそのような相談をしたことがある。フィンリーと再会し、今後どうするべきか混乱していた頃だ。
どうやらアレンはその相手がエイブリーだと考えているらしい。
「えっと…」
「もしそうで、先月会えたのならそれで良かったが…結局一緒には行かなかったし…本当に良かったのか…」
アレンの憶測を聞きながら、クラウディアは『そうだ』と嘘をつくべきなのか、『違う』と正直に話した方が良いのか迷っていた。
『そうだ』と言ってしまえば、フィンリーのことにも話が飛躍するのを防ぐことが出来て楽かもしれない。
「そ…――」
しかしクラウディアはふと、この前アレンには、エイブリーには『会えないわけではない』とにこやかに伝えてしまったことを思い出した。
それに確かアレンにフィンリーのことを相談した時は、『会いたいが会わない方が良い』とはっきり言っている。『もう望まない』とも。
(あぁ…肯定したらおかしなことになるわ……)
「――…違います。」
クラウディアは正直に否定することにした。話の辻褄もそうだが、アレンに嘘を重ねたくなかった。
「彼は、大切な方で、兄のような存在です。ですが前に言った通り会えないわけではありませんし。」
「…………じゃあ…」
「だから、違うんです。」
しかし、嘘をつきたくないからと言って、これ以上を話すつもりもない。
アレンは聞きたそうだったが、クラウディアは強引に笑顔でこの話を終わらせた。
アレンもクラウディアがもう話すつもりがないことを悟ったようで、それ以上は聞いてこなかった。
「――……そういえば、俺もソレーシュに行ったんだ。」
アレンは諦めたようで、クラウディアとはじめに話していた王都ソレーシュの話題に戻した。クラウディアに王都の様子や何がどの客層に受けているのかを聞いていたのだ。
「まぁ、王都に行かれたのですか?」
「あぁ。商談があったからな。」
もちろん、商談とはバーレイ商会の店を王都に出すものだ。
「あっそうだ。渡したい物があって…」
アレンは思い出したように自分の鞄を探る。しかし、ふと動きを止めると、その手には何も持たないまま鞄を置いた。
「っと、……持ってくるの忘れた……お土産があったんだが…」
今日渡す気満々だったアレンは、忘れ物にしょんぼりしている。
少し癖のある黒髪の隙間から子犬の耳が垂れているように見えてしまい、クラウディアはくすりとした。
「ふふ。どんなものなのでしょう。」
「あー、くそ。…明日持ってくるよ。夜は来れないから昼間でもいいか?」
笑うクラウディアに対して、アレンは前髪をくしゃりと握りながら悔しそうにしていた。
「構いませんが…わざわざいいのですか?」
「あぁ。俺が渡したいんだ。次に来るのは来月になってしまうし。」
確かに、人のために買ったお土産を、ひと月も持っておくのは嫌だろう。
「そうですか…では明日お待ちしています。」
「あぁ。」
そう言った通り、翌日アレンは準備時間中のシエールを訪ねてきた。
「アレンさん、わざわざすみません。」
「いや、こちらこそ。…準備時間中にすみません。」
アレンはそう言いながらクラウディアと一緒に出迎えてくれたマーシャに会釈をした。
「いいんだよ!アレンくんはお客さんのようでお客さんでないようなもんだしいつでも来ておくれ!」
「はは、なんですかそれ……マーシャさん、これ。」
アレンはマーシャに、王都で有名な菓子店のクッキーを缶ごと手渡した。
なるほど、食べ物ならばより早く渡したかっただろうなと、アレンが今日に来たがったことにクラウディアは納得した。ひと月も先になると、食べられなくなってしまう可能性が高い。
「おいしそうだ。いいのかい?」
「はい、前ここに居させてもらったお礼も出来てなかったし。皆で食べて。」
「いいのにそんな!でもありがとう。」
「ありがとうございます。」
マーシャと共にクラウディアもお礼を言うと、アレンもにこりと笑った。クラウディアが用事はこれで終わりだと思っていると、
「ディアナさん、あとこれ。」
先程の物とは別に、アレンはクラウディアに小さな箱を渡してきた。
「これは?」
「ディアナさんに似合うと思って、目に付いたのをつい買ってしまったんだ。」
「私に…?ありがとうございます。開けても?」
「あぁ。」
クラウディアがアレンから受け取った箱を開けた。
「え――――…」
そこには、首飾りが入っていた。
中心の空いた輪になっている円形の飾りに、綺麗で小ぶりな瑠璃色の石が一つ装飾されている。
――――そう、瑠璃色の石が。
(え、この首飾りの石…)
その首飾りに付いている石は、クラウディアがつけている耳飾りの石とよく似ていた。
「この、色は――…?」
そして何故、瑠璃色なのか。
静かに動揺するクラウディアをよそに、アレンは普通の顔をして答える。
「いつもその色の耳飾りつけているから、好きなんだと思って。なんか似てたし。」
「あ、これは……」
クラウディアは反射的に自分の耳に触れる。
「?違うのか?」
クラウディアの微妙な反応に、アレンは怪訝な顔をした。
「あ、いえ…この耳飾りは、大切なものです。」
「…そっか。」
クラウディアはうまく肯定したつもりだったが、アレンは細かい言い回しにもすぐに気づいてしまう。
「…じゃあ、瑠璃色が好きってわけではないのか……」
そう寂しそうにぽつりと呟く。クラウディアはしまったと思い慌てて弁解する。
「いいえっ!もちろんこの色も好きですよっ?」
「も…」
「あぁっ……好きです!とっても!!」
「本当か…?」
「えぇ!」
クラウディアは胸の前で両手の拳を握り、肯定を続ける。そして改めて首飾りを見つめた。
やはり瑠璃色の石は綺麗で、首飾りのデザインもとても上品だ。どの服にも合うだろう。
クラウディアの耳飾りの石と確かに似ているが、同じ色の石が使われる装飾品はたくさんある。似ていたところで大したことでは無い。
「……でも、例え瑠璃色が特別好きでなかったとしても、この首飾りはとっても素敵です。」
クラウディアは素直に思ったことを口にした。首飾りを見つめながら自然と笑みが溢れ、それを見たアレンが息を呑む。そして同時に少しほっとしたようで表情を緩める。
「…そりゃ良かった。」
「でもこれ、結構なお値段したんじゃ…」
とても安物には見えない。鎖の中間に金属の小さな板が付いており、何か文字のようなものも彫られている。
クラウディアはよく見ようと目をこらそうとしたが、アレンが話し出したのでそちらを向く。
「いや安……んー、いや?そうでもない、かな?」
「……やはり結構なお値段なのでは…?」
「……そうでもない。」
やはりアレンの返答には少し間がある。まるっきり嘘を言っているようでは無いし、すごく高価とまでは行かなくても、安物ではない、しっかりとしたものではあるのだろう。
「そんな…何でも無いのにこんな素敵な物をもらってもいいのですか…」
慌てて遠慮するクラウディアに対して、アレンは眉を下げながらも笑ってこう言った。
「たまたま目について、俺がディアナさんに買いたいと思ったから何も理由は無くていいんだよ。」
アレンが目を細めてクラウディアを見つめる。クラウディアは何故だかその笑顔に胸が少し苦しくなった。
「……っ、でも……」
「だから日頃の感謝………んー…」
すんなり受け取ろうとしないクラウディアに、アレンは少し考えたあと、
「じゃあ、誕生日の贈り物ってことで。」
そう言って首飾りをクラウディアに握らせた。
「え?」
クラウディアの誕生日は確かに来週だ。
しかしどうしてアレンがクラウディアの誕生日を知っているのか。確か誕生日に関しては一度も話したことがないはずだ。
「なんで私の誕生日…知って…?」
驚いたクラウディアだったが、アレンを見ると、アレンも驚いている。
「え?……本当に誕生日だったのか?」
「えっ!いや、えぇ、あの、はい。実は来週誕生日で……」
どうやら適当に理由付けをしただけらしい。クラウディアは過剰に反応してしまったことに焦って、返答がしどろもどろになってしまった。
「来週!そうなのか。それじゃあちょうど良かったな!たしか今は十七歳だったよな…じゃあ――」
しかしアレンはそんなこと気にする様子も無く、誕生日が近かったことを喜んでくれている。そして、
「――十八歳、おめでとう。」
アレンに嬉しそうに笑いながらそう言われ、クラウディアは胸がまたきゅっと苦しくなった。
もし更新が遅れても、完結はさせる気しかありませんのでお付き合いいただければと思います。
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