27.来訪3
昨日にも更新しています。
長くなって分けた前話の後半です。
――――戻りたいか?
エイブリーの呟きのような質問に、クラウディアは固まる。
そんなもの、戻りたいに決まっている。
両親が健在で、フィンリーと結婚できる未来があったあの頃に。
しかし、エイブリーが言っているのはそういうことではない。今の王都に戻りたいか、だ。
もちろん、それも戻りたくないとは言いきれない。
――――戻って、もしもフィンリーと結ばれる未来があるのなら。
クラウディアが答えられずにいると、エイブリーはひとつ息を吐き、話を続けた。
「今、おまえという婚約者がいなくなり、フィンリーをなんとしても王宮に留めたいという動きがある。さらに、フィンリーに娘を嫁がせたい、逆に婿入りしてもらいたいという別の動きもある。非常にややこしい事態になっている。」
自分がいなくなったせいで、と思うのと同時に、フィンリーが別の女性と婚姻を結ぶことを考えると、胸が苦しくなった。
俯いて黙り込んでしまったクラウディアを見て、エイブリーが慌てて付け加える。
「もちろんおまえを責めている訳では無いよ。現状を伝えたいだけだ。」
「……ですが、その、今の私にはその現状すら伝える必要はないのでは…?」
クラウディアのその自棄ともとれる言葉に、エイブリーは、寂しげに笑う。
「必要ない、か……。本当に?」
(…え?)
「どういう…」
クラウディアがどういうことか聞こうとすると、その言葉を遮るようにしてエイブリーが話を続けた。
「正直、ここから連れ出してやることだけは簡単だが、その後が苦しい。王宮に住まうにもそれなりの理由が必要だし、だからと言って、今のおまえを簡単に受け入れてくれる貴族はいないだろう。私たちがおまえの住む所を整えてもいいのだが、そうするとおまえに危険が及んでしまうだろう。」
「…そう、ですよね……」
それはフィンリーと会えた時にも同じ様なことを言われていた。しかし、相槌を打ちながらも、「ここから連れ出す」という言葉に肩が揺れた。
「それに、ここから出て貴族社会に戻っても、もう、第二王子のフィンリーと結婚することは…できない。おまえたちにとって辛くなることがわかっている以上、クラウディアを連れ出すことは、私にはできない。」
「フィンリーとは結婚できない」。わかっていたが、改めて王太子であるエイブリーから聞くと、その言葉が胸に重くのしかかる。
「…それに、クラウディアは…もうここの生活に慣れている…だろう?」
「それは…そうですね…」
そう、ヴィレイユでの生活で新しく得たもの、楽しみ、幸せも確かにあるのだ。ここを今すぐ離れることは、クラウディアには考えられない。ならば、
「…やはり私は、もう戻らない方が良いでしょう…誰のためにも。」
「……そうか。ならば私とはもう…会うことは出来ないな…おまえのためにも。」
「………………」
わかっているが、寂しい。仮にエイブリーが今の姿で「親戚の兄」として来るにしても、王都とヴィレイユでは遠すぎる。王太子、いずれは国王になるエイブリーが、そう簡単に外出する訳には行かない。実質、話が出来るのは今が最後の機会だろう。
俯くクラウディアに、エイブリーが静かに声を掛ける。
「大丈夫。会えなくても、私は生きているし、ちゃんとクラウディアのことを覚えているよ。」
「っエイブリー殿下…」
優しい言葉にまたクラウディアの瞳が潤む。
「……もうフィンリーとも会わないつもりか?」
「それはっ……」
エイブリーの言葉に驚いてクラウディアが勢いよく顔を上げると――――
コンコンッ
――――部屋のドアがノックされた。
「ディアナ…?来客中悪いが、あんたのお客が来てる。まぁアレンくんだから、待ってくれるそうだが、一応知らせとくよ。」
部屋の外からマーシャがそれだけ伝え、去って行く足音がした。
「アレンさんが…そっか、お店…」
気づけばシエールの開店時間はとっくに過ぎていた。
「アレン、とは?」
「この店での私のお客様です。」
「……そうなのか。では待たせてはいけないな。私はそろそろ行くとしよう。」
「えっ…もう?……あ。」
思わず出てしまった言葉に、クラウディアは慌てて口を押える。しっかり聞こえていたエイブリーは、優しい笑顔でクラウディアの頭をくしゃっと撫でた。
「クラウディア。おまえはずっと私の妹だよ。」
「アレンさん、お待たせしました。」
「ディアナさん。!」
アレンは飲み物を飲みながら椅子に座っていた。クラウディアを見つけ笑顔になるが、共に部屋から出てきたエイブリーを見て、ひどく驚いた顔をした。
「………その人は?」
「あぁ、こちらの方は私の遠い親戚です。兄のような存在で、とても良くしてもらっておりました。」
「……?親戚はいなかったはずじゃ…」
そういえばそんな話をアレンにしたことがあったかもしれない。覚えていたのか。まずい。
「いないに等しいですが全くいないわけではありませんよ?いなくなった私を苦労して見つけてくださったのです。」
「…………へぇ。」
なんとなく疑うような様子のアレンにそつ無く返しながら、クラウディアは内心焦っていた。
(上手くごまかせたかしら…!?この国の王太子殿下だとは、さすがにわかっていないわよね!?)
クラウディアが微笑みの裏で冷や汗をかいていると、エイブリーが一歩前に出る。
「こんにちは。ディアナと親しくしてくださっているのですか?お世話になっています。」
クラウディアの焦りをよそに、エイブリーが親戚の兄らしくアレンににこやかに挨拶をした。
「!親しいというか…まぁ、そう、です……」
睨むようにエイブリーを見ていたアレンだが、気まずそうにエイブリーから視線を逸らせた。
そしてクラウディアは、アレンに「親しい」と言われたことが、少なからず嬉しかった。
「ディアナに親しい方がいて安心しました。…これからもディアナをよろしくお願いしますね。」
「!……、はい…」
エイブリーがアレンに挨拶をし、クラウディアを振り返る。
「ディアナ。」
「!はい」
「では私は行くよ。会えて良かった。それと…」
エイブリーは一度言葉を切り、クラウディアにしか聞こえない声量でこう続けた。
「クラウディア…………弟を……頼む……」
「…え?」
先ほど、王家との別れの話をしたばかりで、その言葉の意味はどういうことなのだろうか?
何よりも、エイブリーが泣きそうな顔をしていたことに驚いた。
「……どうか、元気で。」
しかしクラウディアは咄嗟のことでその意味を聞くことが出来ず、エイブリーはクラウディアの頭を撫で、店を出ていく。
「…っ待ってくれっ!」
しかし思わぬ人物に呼び止められ、エイブリーは無言で足を止め振り返る。
「アレンさん…?どうしたの…?」
「……っ、あ、……」
アレンがエイブリーを呼び止めたのだ。アレンも思わず言ってしまったといった様子で、すぐに言葉が続かない。
「なにか?」
エイブリーが落ち着いて尋ねてくる。
「……あの、連れて行かない、の、ですか…?」
「……誰を?」
「!……ディ、ディアナさんを……親戚なんですよね?」
「あぁ、そうだ。妹のように思っている。」
「なら…」
「今のディアナの居場所はここだ。私が無理に連れて帰ることは出来ない。」
アレンは、クラウディアが泣きそうな表情をしているので、エイブリーと一緒に行きたがっていると思ったのだろうか。クラウディアを見て心配そうにしている。
「ディアナさんは、それでいいのか?あ……あの人と一緒に行かなくても。」
「えぇ。もちろん寂しいですが……」
「なら…っ」
やはりアレンはクラウディアを心配してくれている。
(…私は色々な人に心配をかけ過ぎだわ。しっかりしないと。)
そう思いクラウディアはアレンを真っ直ぐと見る。
「アレンさん。」
「?」
「私、ここが好きなんですよ。兄のことも大好きですが、知らないところで兄と暮らすくらいなら、ここに一人で残る方が幸せです。それに兄とは全く会えない訳では無いですしね。」
本当の気持ちと少しの嘘を混ぜ、綺麗な笑顔で言い切った。
「そう……なのか?」
「はい。」
「……二人がそれでいいなら…俺は言うことは無い…」
アレンが黙り、クラウディアとエイブリーを見比べた後、のろのろと離れた。納得してもらえたと捉え、クラウディアとエイブリーはお互いに頷く。
そしてエイブリーが、最後に再びクラウディアの頭を撫でる。
「…ディアナ、また。」
(さようなら、エイブリー殿下……)
クラウディアはまた泣きそうになるのを堪え、笑顔で言った。
「はい、また。お兄様。」
クラウディアにそう呼ばれたエイブリーは、くしゃりと笑い、その瞳を僅かに潤ませながら夜の街へ消えていった。
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