26.来訪2
「エイブリー、殿下…?」
かつての婚約者の兄で、この国の王太子がそこにいる。
(……いや?)
だがクラウディアはあることに気づき、一度思いとどまる。
(彼は、本当にエイブリー殿下なのかしら…?)
目の前に立っているこの男性は、顔立ちはエイブリーだが、髪の毛と瞳の色が、クラウディアと同じ色だった。エイブリーは、フィンリーと同じ、金髪碧眼だったはず。しかし、色が違うだけで、纏う雰囲気は確かにエイブリーのものだ。
困惑するクラウディアを見て、エイブリーらしき男性は状況を理解したように口を開く。
「私はあなたが思っている人物で間違いない。」
「え、でも…」
「…この髪と瞳の色は、魔法で変えているんだ。」
「魔法で色を…!?」
魔法で、そんなことが出来るのか。クラウディアは驚きを隠せなかった。
まだ信じきれないクラウディアの様子を見て、男性はひとつため息をつくと、目を閉じて少し俯き、そしてゆっくりと顔を上げた。
すると、髪は金色に変わり、かつてよく見ていた青い瞳と目が合った。
「………!!!殿下……っっ」
「クラウディア、久しぶりだな。これで信じてくれるだろうか。」
そう言うと、また俯き、顔を上げた時には再び茶髪に緑の瞳に変わっていた。
「………!」
「…これはけっこうな魔力を使うし、コツがいるんだ。」
クラウディアが何も言えないでいると、エイブリーは苦笑いを浮かべながらそう言った。
クラウディアは、色が変わる様子を目の当たりにして、戸惑いながらも、ここにいるのはエイブリーだと信じることが出来た。
しかし、親しかった者、自分がクラウディア・ウォルトンだったことを知っている者との再会に落ち着かない。
同時に何故か頭の片隅では冷静に、ならばフィンリーも魔法で色を変えることが出来るのだろうか、とぼんやり考える自分もいた。
こんな時にも、フィンリーのことを考えてしまう自分に半ば呆れてしまう。
「私がこちらに来ることをあまり公にするべきでないので、おまえの遠い親戚という体でこちらに来た。」
「はぁ、ですが、…何故……」
思いもよらぬ状況に、クラウディアは歯切れの悪い返事しか出来ない。
「おまえのことをずっと心配していた。…妹同然だった者が突然いなくなったのだぞ。」
「……っ」
「生きて、無事に暮らしていることを聞きつけたら、私も顔を見たいと思うことはいけないか?」
「それは…っ…いいえ、ありがとうございます…」
まだ自分を妹のようだと思ってくれていることに、嬉しさから胸がきゅっと締まる。「聞きつけた」とは、やはりフィンリーからなのだろうか。
しかしエイブリーの次の言葉でそんな考えも一度吹き飛んだ。
「ちょうどバーレイ商会の店舗を王都に出すための商談がこの近くであったからな。同行させてもらった。」
「えっ…!?」
まさか、聞いていた商談に、エイブリーが来ていたとは。確かに、理由もなく王太子が遠出など出来ないのだが、あまりにも無理矢理な理由付けだ。
(そりゃぁ、バートンさんも疲労困憊にもなるわね…)
いきなり王太子が現れたら驚くどころではなかっただろう。
「でも、わざわざエイ……王太子殿下が……」
「堅苦しい。私はおまえの兄としてここに来ている。」
立場を思い出し、とっさに言い換えたクラウディアに対して、エイブリーは少し寂しそうにそう言う。
「兄として」。その言葉がまたクラウディアの胸を締め付ける。
「…エイブリー殿下が、商談に同行されてまで来られるとは……」
エイブリーがそんな無茶をしてまで自分に会いに来てくれたことが、生真面目なエイブリーの印象からして考えられない。
「……それくらい、心配だった。」
「…っ!」
「私は普段仕事はしっかりしているぞ?…公務に私情を挟み込むのは、これが最初で最後だろうな。」
「そんな…」
「私も家族のためなら多少の無茶くらいする。」
エイブリーは眉を下げて笑い、それに、と続けた。
「私は誰かさんみたいに強行突破出来る程の魔力は無いからな。」
「!!」
フィンリーの、転移魔法のことを言っているのだろう。やはり、エイブリーはフィンリーがクラウディアに会いに来たことを知っているようだ。
「……元気そうで、よかった。いろいろと大変だったろう。」
「…えぇ、それはもう。」
先程の、エイブリーが当たり前のように言った「家族」という言葉も響き、少し泣きそうになっていたクラウディアは、誤魔化すためにわざと皮肉っぽく笑顔で答えてみる。するとエイブリーは苦笑し、ゆっくりとクラウディアに歩み寄る。
「…………よく頑張ったな。生きていてくれて、よかった。」
そう言ってエイブリーはクラウディアの頭をぽんと撫でた。
「来るのが遅くなって、すまなかった。」
その瞬間、堪えきれずにクラウディアの目から涙が溢れてきた。
「…っっ……!」
今まで、必死に生きてきた。親切な人に拾われ、とても運がいいことだったのだと理解は出来ている。自分の苦労など、もっと辛い境遇の人からすれば大したことはない。
だが、いきなり一人知らない場所に来て、慣れないことをし、そして家族はもう……側に、いない。いくらこの地で親しい人が出来ようが、その穴は決して埋まらない。そのことから必死に目を背けていたのに。
私はここで生きて幸せだ、と言い聞かせて。
後悔で涙したことはあっても、自分の境遇に涙したことはなかった。知らぬうちに、ずっと自己暗示のようになっていたのだろう。
クラウディアにとっても兄のような存在であったエイブリーの温もりに触れ、自分でも蓋をしてきた思いが溢れてしまった。フィンリーに会った時にさえこの感情は溢れてこなかったのに。
「こわ、かった、です……っ、ずっと、ずっと…っ」
「うん」
泣き続けるクラウディアをエイブリーはそっと抱きしめた。クラウディアが落ち着くまで、何も言わず背中をあやす様にぽんぽんと撫でてくれていた。
久しぶりに、家族の愛に触れた気がした。
しばらくして、落ち着いたクラウディアとエイブリーは、お互い椅子に座りぽつぽつと会話を始めた。
王女であるアイビーや、エイブリーの妻である王太子妃は元気に過ごしているということ。そしてエイブリーと王太子妃の間に産まれた子のこと。女の子が産まれ、すくすくと健康に育っていることを聞いてクラウディアは心から嬉しかった。
エイブリーはフィンリーの話もしてくれた。始めに聞かない方がいいかと尋ねられたが、クラウディアは迷わず聞きたいと言った。
フィンリーは今すごく忙しく、王宮を空けていることも多いそう。体制を改革したりして、ウォルトン家を潰した者たちを徹底的に洗い出しているそうだ。
「頑張っているよ、あいつは。これが片付くと、この国は悪い部分がぐっと減り、良くなるだろうな。」
「そうですか……」
フィンリーが頑張っている。それを聞いて、クラウディアはフィンリーがちゃんと生きていることを知ることが出来少しだけ安心した。しかし無理はしているだろう。体調を崩さなければいいのだが、と心配になる。
クラウディアが考え込んでいると、ふとエイブリーの表情に影が落ちる。
「…エイブリー殿下?どうなさいました?」
「……クラウディア。」
エイブリーは、クラウディアを見つめる。そのフィンリーに似た瞳が真剣で、真っ直ぐとクラウディアを捉えている。
「…殿下…?」
あまりにも真っ直ぐに見つめられ、戸惑っているクラウディアに対して、エイブリーは呟くようにこう口にした。
「……戻りたいか?」
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