25.来訪1
気づけば10万文字に到達していました…っ!
お読みいただいている全ての方に感謝です。
バーレイ商会の商談は、今回は今日で最後のようだ。アレンも出払っているため、シエールにその姿はない。
来ているらしい「偉い人」のおかげで、バーレイ商会一行はずっとバタバタしており、バートンは日に日に疲れが見え、こころなしかこの数日で痩せたように見えた。
一方シエールは特別なことは何も無く、クラウディアは、開店までの間はいつも通り家事をして過ごしている。
しかし、いつも通り過ごしていても、クラウディアの中で最近ある疑問が浮かんでは消えてを繰り返している。
そのせいでクラウディアはそわそわと気持ちが落ち着かない。
それは、アレンに対しての、かすかな引っかかりだ。
アレンの言動がおかしいと言うことでは無い。むしろその点ではアレンはとても真っ直ぐだ。
クラウディアが疑問に思い引っかかっているのは、
どうして、アレンの中にかすかにフィンリーを感じてしまうのかということだ。
顔も声も似ていない。髪や瞳の色まで違うのに。
もちろん話し方も違うし、おまけに一人称もだ。
(なのに、なんで……)
共通点と言えば、歳が近いことと、背格好くらいだろうか。しかしこれも共通点と言えるほどのことでは無い。「性別が同じだ」という程度のことと大差ない。
(もしかして、私が、無意識のうちにアレンさんの中にフィンリー様を見出そうとしてしまっているのかしら…)
だから敏感になっていたのだろうか。
そうだとしたら、自分で自分が嫌になる。
それこそ、先日見たシロツメクサの栞なんて、誰が持っていても何も変では無い。それなのに、アレンに対して問いただすような真似をしてしまった。こちらの事情など何も知らないアレンに。
(アレンさんにとったら、とても迷惑な話よね…)
クラウディアは溜息を吐く。
栞を見ていきなり真剣な顔をしてどうしたのかと尋ねたクラウディアに対し、アレンは笑ってくれた。
しかし、訳が分からなかったに違いない。心の内でややこしい変な女だと思われていないだろうか。クラウディアは不安になった。
そう考えていて初めて、クラウディアは、アレンには自分のことを良く思っていて欲しいという思いがあることに気がついた。
(嫌われたくない……)
今後、もしも同じように感じることがあっても、アレンに対して変な態度を取らないようにしなければ、とクラウディアは気を引きしめる。
アレンだって、さすがに勝手に自分の中に別人を写し出されていたら良い気はしないだろう。
(本当に、良くないわ。アレンさんはアレンさんであって、フィンリー様ではないのに。)
しかし、どうしてアレンにだけそう感じてしまうのか。クラウディアは他にも男性とは接しているし、客の中には歳も近い人も数人いる。
歳が近いと言えば、ヴィレイユに来た初日、マーシャに出会うきっかけとなった、クラウディアに最初に街で声をかけてきた男性二人もそうだ。以前からシエールに通っていたとのことで、クラウディアのことも時々指名してくれる。しかし、会話していても、楽しいが他には特に何も感じない。
(…アレンさんとは出会いが衝撃だったから?)
アレンと初めて会った時、確か酔ったアレンにいきなり抱きしめられたのだ。
いきなり抱きしめられたにも関わらず、驚いただけで恐怖や嫌悪は全く感じなかったのも、今思えば不思議だ。
しかしそんな経験がフィンリー以外にないクラウディアは、そこでもうアレンとフィンリーが重なってしまったのだろうか。
(だとしたら、私はなんて単純なの……)
そう思うと今度は自分が情けなくなってきた。なんだか雛鳥の刷り込みのようである。
クラウディアは男性に対してあまり免疫がない。令嬢時代はそれで良かった。そもそも公爵令嬢が男性経験豊富だったら公爵家の威厳が皆無である。
深く関わる男性など、婚約者のフィンリーだけで良かった。あとは社交や仕事で話すことが出来ればそれで良いのだから。
今から経験豊富になりたいとも思わないが、これまでの経験の乏しさのせいで今のような状態になってしまっているのだろうとも思う。
ならば他の芸妓たちに話でも聞いてみたら良いだろうかと、なんだかだんだんずれたことを考え出していることに気づき、溜息を吐く。
(結局私は何がしたいのかしら……いや、)
そもそも、と、クラウディアはふと思う。そもそも別人なのだから、今後同じようなことを感じると予測すること自体がおかしいのだ。
(…あれ、よくわからなくなってきた……)
クラウディアは、一人でぐるぐると考えすぎて、自分が何を考えているのかがよくわからなくなってきていた。
「ディアーっ?どこにいるー?」
しかしクラウディアを呼ぶマーシャの声で、思考も中断された。
「マーシャさん!部屋にいますっ。どうしたんですか?」
「ちょっと出ておくれ!ディアナ、あんたにお客さんだよ!」
「!はい!行きます!」
マーシャに声をかけられて返事をしたが、自分に客とは、と疑問に思う。
指名をされたならまだしも、開店までにはまだ随分と時間がある。
(まだお店が開いてないのに通されるって…誰?)
開店していないのに通される客など、クラウディアにはアレンくらいしか思いつかない。
(アレンさんが帰ってきたのかしら…)
ならば普通に名前を言ってくれれば良いのにと思いながら、ホールの方へ顔を出す。
「アレ……」
しかし名前を呼びかけてクラウディアは言葉を切った。
そこに立つ深くフードを被った男性は、明らかにアレンではなかった。
顔は見えないがこの店で初めて見る男性であることは確かだ。たまたまクラウディアのことを指名してくれたのだろうか。
予想外のことで、その場で突っ立って固まってしまっているクラウディアに、マーシャが声をかける。
「ディアナ、個室に案内してやりな。」
「え、あ、はい。」
マーシャに言われ、クラウディアは慌てて動き出す。しかしマーシャの方から個室にというのは珍しい。
フードを被っていてわからないが、高貴なお客様なのだろうか。
クラウディアは疑問を抱きつつ、とりあえず言われるまま案内する。すると後ろからマーシャに声をかけられた。
「店のお客さんじゃない。あんたの個人的なお客さんだ。……ゆっくり話すんだよ。」
(個人的な…?私に……?私の知り合いということ?)
疑問だらけだが、マーシャがああ言うなら怪しい人物でないことは確かだ。マーシャは怪しい人物には勘が働く。そして容赦しない。そのマーシャに、クラウディアと二人きりにしても大丈夫だと判断されたのだから、きっと大丈夫だろう。
扉を閉めて、とりあえず男性を椅子に促す。
「…どうぞ、お掛けください。羽織り、お預かりしますね。」
「……頼む。」
そう言って、男性はフードを脱いだ。
「!!!!?」
クラウディアはその顔を見た瞬間固まった。
その顔はよく見知った顔だったから。
「エイブリー、殿下……?」
かつての婚約者の兄が、そこにいた。
よろしければ、評価(下にある★マーク)やブックマーク、いいねや感想をいただけると嬉しいです。