24.積もる
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「ねぇ、アレンくん。」
「ん?」
「……なんかずっといない?」
リリィがシエールのカウンターに座るアレンに言う。
「…もう三日目か?」
「リリィ、今更?」
「いや、なんか馴染みすぎてわかんなかった。」
そう、リリィが言うように、アレンはシエールに馴染みすぎるほどここ数日当たり前のようにいる。
しかも開店時間中のみではなく、今のこの準備時間中も。何故か普通に店員のように働いている。
「いやだからなんで?」
「聞いてなかったか?」
「うん。」
当たり前にリリィがそう答えるので、ローラが慌てて口を挟む。
「ちょっと、それはリリィだけよっ。ちゃんと初日に話があったわよ。ねぇ?ディアナ。」
「えぇ。リリィ気にならなかったの?」
「『あ、いるなー』くらいで何も考えてなかった…」
「さすがリリィ……」
もちろんリリィ以外の他の面子は、アレンがシエールに来ている事情を最初から聞いている。
ちなみにレベッカも別にアレンがいようがいまいが気になっていない様子だったが、リリィと違い話は聞いていたためちゃんと知っている。
一人だけ話を聞いてなかったリリィだけが慌てているのだ。
「えっ、バーレイ商会の方はっ?やめたの!?」
「そんなわけないだろう。」
「あたしにも教えてよ〜!やめてないのになんでずっといるの!?」
詰め寄るリリィに少し引きながら、アレンが面倒くさそうにひと言で返す。
「…なんか置いてかれた。」
「えっ!クビ!?」
「そんなわけないだろう!どれだけ俺を辞めさせたいんだ。」
「えぇ〜!じゃあ説明して〜っ!」
アレンがため息をついてから、リリィのためにもう一度事情を説明する。
「…今、この近くで、バーレイ商会の大きな商談が行われているんだ…」
それはなんと、このロワーグ国の王都に店舗を出すためのものだそうだ。
大きな商談だから、初回の今回は、若いアレンは置いていかれたのだという。初回からあまり若い者がいると、甘く見られ、いろいろと吹っかけられることが多いとのことで、アレンは口で負けないだろうが、無駄な時間を取りたくないバートンさんが、今回は置いていくことにしたのだ。
ある程度の土台を作ってから、アレンなど若い人員も紹介していく計画らしい。
「へぇー!でも、それは良いとして、なんでここに?」
「それは…」
もともといつものヴィレイユ担当として訪れ、商談には参加しなくても、商談中の間の仕事を割り当てられるはずだった。しかし、
「商談の方に思わぬお偉いさんが来てるらしくて…誰とかは聞いてないが、他の仕事どころじゃなくなったんだ。」
「そんなに偉い人が来てるってこと?」
「らしい。」
『王都関連で来る偉い人』と聞いた時、クラウディアの心は少なからずざわついた。商談に来るのならば、いくら偉いと言っても王子ではない。それでも、おそらく王宮で見知った顔が来ているのだろうと思うと、そわそわしてしまう。
もしかしたらフィンリーが来ているかもしれないとも一度は思ったが、フィンリーは時々とんでもない行動を取ることはあるものの、公務と私情はきちんと分けていた。無理に参加することは無いだろう。
「他の仕事どころじゃなくなって、俺の仕事もなくなった。」
「だから休めって?」
「あぁ。休みはいらないから金をくれって言ったんだが…」
「ははっ!そんなにお金ないの?」
「んー…別にそういうわけでもない。」
「違うの!あはは!」
「…でも、仕事自体がないから休まざるを得なかった。」
「ふーん…でも若い若いって、アレンくん何歳なの?」
「先月、二十一になったとこだ。商人の世界では若僧だよ。」
「へぇ〜。そうなんだね。」
そう言うと、リリィは十分話を聞けたとばかりに手鏡で自分の身なりを確認しだした。アレンもそれ以上特に話を続けない。
二人を見守っていたクラウディアは、その会話が終わったかの様子に不安を覚える。
(あら、肝心なことをまだ聞いていないのでは…?いいのかしら…)
視線を泳がすと、クラウディアと同じことを思っているであろう、レベッカとローラと目が合った。やはり会話はどうやらこのまま終わってしまうのだろうというのが三人の見解だ。
そして見兼ねたローラがため息を吐き、またも口を挟む。
「リリィ、話終わっていいの…?」
「へ?なんで?」
「もう…肝心なアレンくんがシエールにいる理由聞いてないじゃない。別にもういいならいいけど。」
ローラに言われ、初めて気づいたリリィが慌ててアレンに聞く。
「あ!!そうだった!それそれ!なんでなの?」
「やっぱまだ続けるのか。もういいのかと思った。」
「わかってたなら言ってよ!お願い〜!」
「んー…」
面倒そうに、しかし別に隠すことでもないのでアレンは話し出した。
休みになったから、アレンは最初バートンからは観光でもしたら良いと言われていた。しかし、観光は初回にヴィレイユに来た時にし尽くしたので、これと言って行くところは無い。
アレンが知った新しいところと言えば、ここシエールくらいだ。しかしシエールも開店時間は限られているし、ずっと居座るわけにもいかないし、さすがに間が持たない。
アレンが街を歩きながら「することがない」とバートンに文句を言っていたところで偶然買い出しに来ていたマーシャに会い、事情を聞いたマーシャから、
『ははっ!んじゃその間ウチで働くかい?おもしろそうだ。もちろんお給料は出すよっ。』
と言われ、暇なアレンは乗っかった。
「…という訳だ。」
「へぇ〜!休みなのに、良かったの?」
「暇だからな。」
「そっか!ありがとう!」
今度こそちゃんと話を聞けたリリィは満足そうに頷く。
「じゃ、着替えてくるね〜!」
「ほんと自由ね…私もそろそろ着替えてくるわ。」
「わたしはチェス取ってくる。」
芸妓たちはそれぞれの準備をし始めた。クラウディアはもう着替えていたし、今することは特にないので、マーシャの手伝いでもしようとそのままホールに居る。
「やれやれ。リリィは全く話を聞いてないね。」
マーシャが厨房から下ごしらえの済んだ食材を運びこみながら、呆れた顔で言った。
「アレンくん、前からいたかのように働いてくれるから、こっちは楽さしてもらってるよ。」
「いえ、こちらこそすんません。」
「ずっと居てもらってもいいんだがね!」
「ふっ、それは、俺もそうしたいですけど。」
冗談に乗ってくれるアレンに、マーシャがまた豪快に笑う。
「あはは!嘘言いなさんな!今もそれ、商会の仕事してるじゃないか!」
「!あ、これは…」
「ほんと、熱心だねぇ〜。」
「…まぁ、仕事も好きなんで…」
今、ひと通り仕事を終え、開店まで休憩中のアレンは、手帳を開いて何やら書いている。本職であるバーレイ商会の方の仕事のことが書いてある、大事な手帳なんだそうだ。
「今度は置いてかれないようにしないといけないし。」
ちょっと不貞腐れて言うアレンに、クラウディアが笑いかける。
「ふふっ、アレンさんならきっと大丈夫ですよ。」
「…ディアナさんがそう言ってくれると大丈夫な気がする。」
アレンに目を細めてそう言われ、クラウディアは自分の頬が少し赤くなるのを感じた。
「あ……」
「おーいアレンくん!休憩中悪いがこっちの荷物運ぶの手伝ってくれないかい?ちょっと重くて…」
「…はい!今行きますね。」
奥からマーシャに呼ばれたアレンは、会話の途中だったクラウディアに目で断り、栞を挟み手帳を閉じた。
しかし急いで立ち上がった時に肘が引っかかり、手帳が落ちてしまった。
「あ!アレンさん!落としましたよ…っ」
クラウディアが落ちた手帳を拾うと、挟んでいた栞が落ちた。
「すみませんっ!栞が落ちてしまっ――――」
慌てて栞を手にしたクラウディアの動きが止まる。
「―――シロツメクサ……」
それが、シロツメクサが挟んである栞だったからだ。
しかも、四つ葉の。
「これ……」
固まっているクラウディアを不思議そうに見たあと、手に持っているシロツメクサの栞に気づき、アレンは一瞬驚いたような表情をした。
「!…あぁ、それ。良いだろ?四つ葉。」
しかしそれも気のせいか、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「…えぇ…。アレンさん、これってどこで…」
「ん?シロツメクサなんかどこにでもあるだろ。」
クラウディアが真剣な表情で尋ねるのがおかしかったらしく、アレンは笑いながら答える。
確かに、シロツメクサはどこにでもある。しかし、クラウディアは、何故かこの栞のシロツメクサが、どうしても気になった。
そう、自分がフィンリーに送ったものと重なったのだ。
「まぁ四つ葉は珍しいよな。…俺のそれは…母さんに貰ったんだよ。」
「……お母様…?」
「あぁ。働き出す時に、お守りも兼ねてって。」
「そ、そうだったのですね…でも、これ、魔法もかかってますよね?」
この栞には、丁寧に保存の魔法がかけてあるのだ。
「あぁそれ、俺がかけた。シロツメクサだけ渡されたから。すぐダメにならないように栞にした。」
「!アレンさんが…?」
魔法が使えることは別に珍しいことでも無い。しかし、栞自体も魔法で作ってあるようなこれは、結構複雑な魔法ではないだろうか。
「でもこれ………」
「アレンくーん?」
「あ!マーシャさん今行きます!すまん、ディアナさん。」
「……………………。」
クラウディアもそれ以上何を聞きたいかと言うとよくわからず、アレンを引き止めることも出来なかった。
アレンがマーシャに言われた荷物を運び終え、ホールに戻ってきた時、再びアレンがクラウディアに話しかけようとしてくれたが、同時にシエールの呼び鈴が鳴り、扉が開いた。
「おーい!アレン!いるかぁー?」
「!バートンさんだ。今日はもう終わったのか。」
バートンと商会の人が入口から覗いている。
「バートンさん!お疲れ様!今日は早かったね?」
「マーシャさんこいつ預かってもらってすまないね!今日でちょっと区切り着いたから、明日に向けてアレンに話しとこうと思って。今からこいつ借りていいか?」
「借りるも何も!ウチが借りてんだよ!持ってきな!」
「俺は物か。…すんませんマーシャさん、行ってきます。」
アレンはバタバタと奥に自分の荷物を取りに行った。
(…………………。)
アレンが奥に行ったのを見て、クラウディアは、そっとバートンに近づく。
「…バートンさん。」
「なんだい?ディアナちゃん。」
「アレンさんって、いつからバーレイ商会で働いてるのですか…?」
「アレン?んー、いつからだったかな。あいつが十八の時からだから、三年前くらいか?」
「え、三年も前……ですか…」
「あぁ。どうしたんだ?急に。」
「いえ…」
(最近じゃなかったのね…)
「…三年前に突然ふらっと来て、ちょこちょこ不定期に顔を出す程度だったのが、成長したもんだよ。まぁ今も商会に来るのは毎日ではないんだがな。実力はあるからなぁ〜。」
「そう、なんですね…」
「あ!来た来た!アレン行くぞ!」
「はい!……じゃ、ディアナさんもまた。」
アレンがにこやかに挨拶をした。バートンに呼ばれて嬉しそうな表情に、思わずクラウディアも笑顔になる。
「えぇ、また。お仕事頑張ってくださいね。」
「ありがとう。」
(……やっぱり関係ない、かな……)
だがクラウディアの中に、どうしても拭えない何かが、自分でも気づかないくらい静かに積もったのだった。
読んでくださりありがとうございました。
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