23.綴る
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モヤモヤな展開も続きますが、お付き合いいただけると幸いです。
その日、クラウディアはペンを手に机に向かっていた。
手紙を書くために。
クラウディアはこのままフィンリーと何も無く自然消滅のようになるのが悲しかった。
だから、自分の中で結論は出ているものの、整理をつけるためにフィンリーに手紙を書くことにしたのだ。
フィンリーのもとまで届くかどうかも分からないが。
これまでは、手紙を出すなど思いつきもしなかった。公爵家が襲われたこともあり、クラウディアからは動かない方が良いと、頭のどこかで考えていたからだろう。
今も、本当は手紙も出すべきではないのかもしれないが、フィンリーとの関係を終わらせるならば、何かしらけじめは必要だと思ったのだ。
フィンリーへの感謝と想いを綴ろうと、ペンを持つ手を動かす。
『 親愛なるフィンリー様。
あなたにこうして手紙を書くのは、貴方の19歳のお誕生日以来ですね。
あなたと過ごした日々は、私にとってかけがえのない素晴らしいものでした。
あなたには、感謝しかありません。
あの時、命を救ってくださりありがとうございました。
私は、あなたが逃がしてくださった命で、新たな地で平民として生きていきます。
公爵家は無くなりました。屋敷や領地のその後の処理をお任せしてしまい申し訳ありません。この手で守れなかったこと、私だけが逃げてしまった状況に罪悪感と後悔はあります。しかし、フィンリー様が後悔なさることは何一つありません。
私はもう、この国の王子であるあなたと気軽に関わることは許される立場ではありません。
迷惑をおかけしないように、もう連絡は絶とうと思います。
ウォルトン公爵家の者が生きていることが、今後火種のもととなるのであれば、『クラウディア・ウォルトン』は死んだものとしていただいてかまいません。
私のことは忘れ 』
ぽたりと雫が落ち文字が滲む。そしてクラウディアのペンを持つ手が止まる。
(もう……何度目かしら…)
手紙を書き出したはいいものの、失敗し続けてもう何度目かわからなくなっている。
内容もまとまらない上、書き綴っていくうち、どんどん想いが涙となって溢れてくるのだ。
『私のことは忘れて』?そんなの嘘。
忘れないで。行かないで。傍に居て。
…愛してる。
やっぱり、愛しているのだ。
あの時、フィンリーと再会出来た時、何も気にせず『私も愛しています』と言えば良かった。
しかし、クラウディアの立場で『あなたを諦めない』『私を諦めないで』とは言えない。
フィンリーは、もうクラウディアとの婚約は無かったことにして、第二王子として、いずれは王弟としてこの国をより良くして行ってもらうべきなのだ。
本当は諦めたくない、諦めて欲しくないのに。
(はぁ…また、だめね。)
クラウディアの気持ちの半分も書くことが出来ず、書くことを止め、涙を拭い窓から庭を眺めた。
「シロツメクサ…」
ふと、どこにでも生えている野草が目に入る。
王宮にももちろん生えていて、かつては勉強の合間によくフィンリーと摘んで遊んでいた。
花冠を作ったり、四つ葉を探したり…どれも楽しい思い出だ。
なんだか近くで見たくなり、部屋を出て庭に出る。
(こんなにたくさん生えていたのね…)
近づいてみると、クラウディアが思っていたよりも、シロツメクサはたくさん生えていた。
野草は強かだ。どこででも力強く生えている姿に、ヴィレイユに来て間もない頃、自分にもその力を分けて貰えたらと何度か思ったことはある。
そして実際、野草でさえどこででも生きていけるのだから、人間である自分が生きていけないはずが無いと思わせてもくれたのだ。
もともとシロツメクサは好きだったが、クラウディアはヴィレイユに来てから、なんだか勝手に自分の分身のような気になって、より思い入れが強いものとなっていた。
「あっ…!四つ葉!」
めったに見つからないと言われる四つ葉が、今日はすぐに目に止まった。
『幸運』の象徴である、四つ葉のシロツメクサ。
(そうだ、これを……)
クラウディアは四つ葉のシロツメクサをひとつ摘み、魔法で保護をかけた。
それを持って部屋に戻ったクラウディアは、四つ葉のシロツメクサを封筒に入れる。
そして便箋には、クラウディアが書ける本当の気持ちだけを短く綴った。
結局手紙の内容は、別れの挨拶とは程遠いものとなってしまった。
これでけじめとなるのかと言われればならないだろう。この手紙で別れの挨拶とするなら、薄情な女だと思われるかもしれない。
しかし、想い全てを綴ろうとすると文章に出来なくなり手紙がいつまでも完成しない。
(これでいい……)
クラウディアは半ば無理矢理そう自分に言い聞かせた。
クラウディアは封を閉じてから魔力を込め、封筒に細工をする。
一見ただの白い封筒だが、少し魔力を流すと、ウォルトン公爵家の紋章が浮かび上がるのだ。
しかもそれは、旧式の紋章で、ウォルトン家と深く繋がりがある者にしかその家だと分からない。
これは、フィンリーとクラウディアが、婚約する前に手紙のやり取りをする時によく使っていた手法だ。
婚約者でもないのに頻繁に公に手紙のやり取りをするわけにもいかず、二人で編み出した。
(まだ、受け取ってもらえるかしら…)
しかし、従者も誰もいない今、書いた手紙は一般の郵便として出すしかない。
そもそも平民の手紙が王宮に届くのかもわからない。運良く届いたとしても、ウォルトンの紋章が分からない者が見て、不審な手紙だと捨てられてしまえばそれで終わりだ。
当時は、王宮の郵便を管理している者に融通をきいてもらっていた。
差出人のはっきりしない白い封筒など怪しいことこの上ないが、明らかに害のある魔法などが掛けられていない場合は、フィンリーにまわすように頼んでいたのだ。
そのため、フィンリーは必ず、害のない白い封筒は受け取るようにしていたし、クラウディアに出す時も真っ白で差出人の無い封筒で送られてきていた。
しかし婚約してからは必要なくなり、そんなまわりくどいことはしなくなったのだ。
今でもそうしてくれるかはわからない。管理者も変わっているかもしれない。
それでも、何もしなければ何も届かないままだ。
(でもこれで、届いたとしても何かが伝わるのかしら………いえ、きっと…フィンリー様なら察してくださるでしょうね。)
フィンリーの手元に届くことを願い、クラウディアは手紙を出した。
『 あなたの幸せを願っています。
ありがとう。
クラウディア・ウォルトン 』
シロツメクサの代表的な花言葉は、「幸福」、「約束」。
そして中でも四つ葉のものは…
「私を思って」