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21.迷いと

読んでいただきありがとうございます。


評価してくださった方、ブックマークしてくださっている方、本当にありがとうございます!!




 フィンリーとは何もやり取りがないまま、二ヶ月が経った。




 あれから、ずっとクラウディアは一人で悩んでいた。


 もうこのままフィンリーとは会わずに何事も無かったかのように過ごせば良いという思いと、また会いたい、いつ会えるのか、話したい、触れて欲しいという思いが渦巻いている。


 一度会えてしまったから、余計に。


 クラウディアは、この半年以上、フィンリーに対しての想いは何も変わっていなかったことに気づいてしまったのだ。


 だがしかし、クラウディアがフィンリーとどんなに想い合っていようが、公爵令嬢だった頃とは違う。


 身分の差というものはやはり大きく、フィンリーがウォルトン家に婿入りすることが認められたのも、ウォルトン家が公爵家だったからだ。もしもこれが男爵や子爵、伯爵だったならば、フィンリーがどんなに頑張っても周りが良しとしなかっただろう。


 そして、ウォルトン公爵家が没落してしまった今、クラウディアは『公爵令嬢』とはとても言えない。

 ただの平民の『ディアナ』として生きている今、それを変えないとなると、常識的に考えてフィンリーに気軽に会うことさえ許されない。


 仮に王都に戻ったとして、何の後ろ盾もないクラウディアは、どこかの養子に入らないといけないだろう。しかし、絶対にアーガン家やその派閥には入りたくない。そうなるくらいなら死んだ方がマシだと今でも思える。

 イルビス家なら安全は確実だが、イルビスと王族はもともと血が近い上、先々代が婚姻を結んでいるため、少なくとも三代以上は間を空けなくてはならないと決められている。

 クラウディアが養子に入ったとして、血縁関係は無いが、家のしきたりを崩す訳には行かない。レイモンドとは気心が知れているし、きっと受け入れてくれるだろう。養子に入るなら最適ではあったが、代わりにフィンリーと結ばれることは永遠に叶わない。



 最終、今の『ディアナ』としてのクラウディアと結ばれるならば、フィンリーが王族から除籍するという手段に出なければならない。しかし、そうしたらフィンリーが家族に気軽に会えないのは必然だ。


 フィンリーは、きっと自分のことなどどうでも良いと言ってくれる。クラウディアが頼めば、除籍だってなんてことないとすぐに踏み切るかもしれない。


 しかしクラウディアは、自分のために、フィンリーに全てを捨ててとは言えない。


 それに、それはこの国にとって非常に良くない。フィンリーは、中枢で国を支えるべき存在だ。フィンリー程の人を、国は簡単に手放してはいけない。フィンリー自身も、エイブリーを支えていきたいという意思はある。王家から公爵家に籍が移る程度なら可能であったことが、今の立場では出来ない。クラウディア個人のことでフィンリーの志を断つにはあまりにも重すぎる。

 そして、いくら除籍したとしても、王族の血を引いていることには変わりないのだ。その血が残されるとなると、絶対に、後の王位継承問題がややこしくなる。

 そうなる前にと、命を狙われる可能性もある。エイブリーがそのような指示することは無いと思うが、周りが勝手にどう動くかはわからない。


(……つまり、私が諦めればいいだけなのよ…)


 いろいろと考えても、結局はそうなのだ。クラウディアが完全にフィンリーとの関係を絶ってしまてば全てが丸く収まる。


(わかっているのに……)


 わかっているのに、フィンリーに会えるかもしれない今の状況に甘えてしまっている。



 周りの人達にはとても話せない。芸妓の仕事はこなしているものの、やはりそれ以外の時に気分は上向きにはなれないでいた。




 今日も無心で洗濯をしていると、マーシャから声を掛けられた。


「ディアナ!いたいた!あんた…大丈夫かい?」

「?大丈夫です…」

「………ずっと元気ないだろう?疲れているなら休んでもいいんだよ…?」

「えっ…私、そんなに元気無いでしょうか……」

「あぁ、…心配なくらい元気無かったよ。仕事はきっちりしてくれてたけど…。家事と両立は大変かい…?」


 クラウディアは隠していたつもりだったが、いっしょに暮らしているマーシャには気づかれていたらしい。だが少し違う。


「いえ、仕事は楽しいですし、家事も好きです!」


 これはクラウディアの本心だ。接客をしている間は気持ちを切替えることが出来る。家事はもう生活の一部であるし、手を動かしていると余計なことを考えずに済むのでこの時間はむしろ貴重だ。


「そうかい…?」


 少し疑ったマーシャだが、クラウディアの笑顔を見て納得した。


「…なら、今日はもう少し元気になれるかな。」

「?今日 …?」


 何か特別なことでもあったかとクラウディアは記憶を辿るが特に思いつかない。


「ほら、今日は久しぶりにアレンくんが来るじゃないか!」


(あ!そうだった……)


 アレンは、結局あの二日後だった二回目の来店予定は仕事の都合で来れなくなったのだ。次は二ヶ月後、つまり今日に変更して欲しいと連絡があったのをクラウディアは思い出した。

 その知らせを聞いた時、クラウディアは少なからずがっかりしたことはよく覚えていたのだが、日程までは随分先だと覚えていなかった。


(そうか、アレンさんが、今日……)


 今日の接客時間が少し楽しみになったクラウディアだった。






 その夜、今度は予定通りアレンがやって来た。


「アレンさん!ようこそお越しくださいました。」

「ディアナさん!この前はすまなかった。仕事が入ってしまって…」

「はい、聞いておりましたよ。急にも関わらず、ご連絡ありがとうございました。」


 急な仕事が入ることは誰にだってある。常連客でも、たまに連絡なしでキャンセルになることがあるくらいだ。


「いや、失礼だし…その、次の予約もちゃんと取っておきたかったんだ。」


 連絡もなしに二ヶ月も空いてしまっては自分が不安だったのだとアレンは気恥しそうに言う。


 まだ会うのは二回目だというのに、どこか安心感がある。やはり初めての客だったからだろうかとクラウディアは思った。


「お食事は?」

「今日は接待で済ませてきたんだ。」

「ではお飲み物をご用意しますね。」

「頼む。酒をくれ。」

「ふふ、はい。おすすめは……」


 アレンを席に案内し、注文を済ませた後は、前回バートンに中断されてしまった話の続きから始め、またどんどん会話が広がって行った。


(やっぱり、アレンさんと話すのは面白い…)


 そう思いながらも、クラウディアの心の中の悩みの種は消えない。






「ディアナさん?」

「!」


 会話の途中だったが、アレンに不意に名前を呼ばれクラウディアはハッとする。会話しながらもどこか意識が別のところへ行っていたらしい。


「…何か悩んでるのか?」

「えっ…」

「そんな顔してる。」


 まさか気取られるとは。これまでそんなこと一度も客に指摘されたことが無かったために、クラウディアは動揺する。


「っ、すみません、仕事中に……」

「いいよ。…大丈夫か?」


(仕事だと気をつけていたのに…。)


 今日もアレンとは笑顔で楽しく話をしようと思っていたのに、すぐに気づかれてしまった。気が緩んでいたのだろうか。

 しかし、誤魔化そうにもアレンがそれを許してくれ無さそうだ。心配そうにクラウディアを見ている。

 クラウディアは、迷いながらも今の悩みを口にする。アレンなら聞いてくれるかもしれないという思いもあった。


「…ある、決断に迷っていて……」


 何から、どう話せば良いのかわからず、クラウディアは言葉に詰まってしまう。想いだけが、苦い表情となって現れる。

 クラウディアのそんな表情に、アレンも真剣な顔をして尋ねる。


「……辛い決断?」

「………………えぇ、とても。」


 クラウディアは膝の上で拳をぎゅっと握り締めた。何度自分の中でそうしようと決意しても、迷いと寂しさが溢れてくる。


「聞いても?」

「………」


 アレンに促されると、もう全部話してしまいたい気持ちになる。しかし、どうしても言えない部分はあるので、慎重に言葉を選びながらクラウディアは話し出す。


「…会いたい、方がいて…でも、気軽に会える訳でもなく、…もう今後、会わない方が絶対にお互いの為なんです。」

「……………」

「……だから、やはり、もうきっぱりと会わないと決めた方が良いのだと思います。相手は、どう思っているかはわかりませんが…、もうこのまま会わない方が良いことは確かです。」

「…………それは、本当にそうなのか…?」


 アレンが、口には出さないが、「無理していないか」とクラウディアと同じ翡翠色の瞳で訴えている。


「っ…」


 無理は、している。だが、無理しない選択肢を選ぶことは許されない。


「私が、もう彼を、望んではいけないのです……っ」


 アレンに話しているうち、やはりこれがいいのだと自分の中で結論が出る。


「…だから、私は、もう望みません。」


 クラウディアは、顔を上げ、真っ直ぐにアレンを見つめた。


「…そっか。」


 アレンは一瞬、自分のことのように寂しそうな表情を浮かべた後、クラウディアを見て微笑んだ。


「…でも、ディアナさんが決めたことだったら、それでいいんじゃないか。」


 なんだかその笑顔が切なく見え、クラウディアは泣きたくなった。

 しかし、そのアレンの言葉にも救われた。アレンは何も知らず全くの無関係であるはずなのに、ちゃんと認めて貰えた気になるのだ。


「…そうですね。ありがとうございます。」

「ん。」


(全く関係ないアレンさんに、相談してしまった…申し訳ないことしたな…)


 しかしそのことを謝ると、話してくれてむしろ嬉しかった、とアレンは言ってくれた。


「だって、俺の接客中にずっと悩んだ顔されてるよりいい。」


 アレンはそう冗談めかして笑うのだ。


「……少し、いい顔になったな。じゃあ、仕事に集中してもらおう。まず飲み物追加で。」


(本当に、良い人。)


「………ふふ、えぇ、何になさいますか?」









 クラウディアはその日アレンを見送った後、自分の部屋で少しだけ泣いてしまった。





読んでいただきありがとうございました。

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