20.再会
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クラウディアの背後でふわりと風が舞った。
室内で起こるはずのない、風が。
「クラウディア…っ!!!」
振り向くと、クラウディアの身体は大きな腕に包まれた。
「クラウディア、クラウディア……っ!」
泣きたくなるくらい懐かしい声が頭の上から降ってくる。クラウディアはおそるおそる抱き締め返した。
信じられない。
信じられないが、確かに感触がある。抱き締め返す腕にだんだんと力が入り、気づけばその背中の服をぎゅっと皺になるまで掴んでいた。
「フィンリー様……っ」
フィンリーが、ここに居る。
震える声でその名を呼ぶ。
フィンリーがその声を聞いて、抱き締める力をまた強くする。そして、
「やっと見つけた………っ!!」
絞り出すように、そう言った。
その言葉だけで、クラウディアの胸の穴が埋まっていく気がした。
探して、くれていたのか。
つい先程、そのことを否定したばかりだった。もうクラウディアのことを『クラウディア』として求められることは無いと思った。
だがフィンリーは探してくれていた。半年もの間、クラウディアのことを探してくれていたのだ。
―――『必ず探し出して迎えに行く!!』
離れる時に言った言葉を、フィンリーは実行してみせたのだ。
(本当に、この人は、どこまで……)
どこまでクラウディアの期待に応えてくれるのか。
もう、待っていないつもりだった。
もう、諦めたつもりだった。
しかしクラウディアは、この時本当はずっと待っていたのだと自覚する。
自覚と同時に大粒の涙が溢れてくる。
「お待ち、して、おりました……っ」
二人はまた強く抱き締め合った。
しばらくの間きつく抱き合っていた二人は、そっとどちらからとも無く離れ、ようやく見つめ合った。
瑠璃色の瞳と翡翠色の瞳の視線が重なる。半年ぶりのその綺麗な瑠璃色にクラウディアは思わず魅入った。その瑠璃色の瞳には、いろいろな感情が揺らいでいた。
後悔、葛藤、罪悪感、戸惑い、そして喜び。
きっとクラウディアの翡翠色の瞳にも、同じ感情が揺らいでいただろう。
フィンリーに会えた。その事実はどうしようもなく嬉しい。
しかし、何故今頃になってわかったのか。しかも、フィンリーは転移魔法を使って直接クラウディアの居る部屋へ来た。それは今居る場所がはっきりとわかっているからこそ出来ることだ。
これまで、周りで誰かがクラウディアを探している様子など微塵も無かったのに、そんなことが可能だろうか。
「どうして、ここがお分かりに…?」
「…耳飾りの、わずかな私の魔力に反応したんだ。」
フィンリーの返答を聞き、クラウディアはなるほどと納得した。魔力を頼りに探していたのなら、人が動くことは無い。誰も探しに来ていないのは当然だ。
(この耳飾りには、まだフィンリー様の魔力が……ん?でも…)
しかしそれならば、何故耳飾りを通して連絡が取れなかったのか。
クラウディアのそんな心の内を感じ取ったフィンリーは、あの日のその後を話してくれた。
あの後、フィンリーは直ぐに燃えている庭園の火を消し、王宮に応援を頼む連絡をし、駆けつけた応援により、とりあえず事態は収束した。
しかしその直後、大きい魔法を連発していたフィンリーは、魔力切れになってしまったらしい。意識を失うことは無かったが、身体が全く動かず2週間程高熱が続いたそうだ。
「それは…辛かったでしょう。私のために、申し訳ございませんでした。…もうお身体は大丈夫なのですか…?」
当時のフィンリーのことを考えるとクラウディアは罪悪感で胸が痛くなった。自分のために、あの膨大な魔力を使い果たさせてしまったのだ。
しかしフィンリーは全く平気だと笑ってくれた。
「もう随分と前に回復しているし、ディアが気にすることは何も無いよ。むしろ、守れなくて……私の方が謝らなくてはならない。」
そう言って顔を歪めたフィンリーの頬に、クラウディアはそっと触れた。
「いいえ、いいえ。…フィンリー様のおかげで私は生きています。」
フィンリーがクラウディアをヴィレイユにとばしたからこそ、クラウディアはあの場で殺されずに済んだ。そして、ヴィレイユに来てから、絶望して死んだ方が良いと思った時に、生きようと思い直せたのはフィンリーがくれた言葉を思い出したからだ。
クラウディアが今生きているのは、間違いなくフィンリーのおかげなのだ。
クラウディアがそのことをフィンリーに伝えると、フィンリーは僅かに目を瞠り、その瞳を潤ませながら「…そうか」と微笑んだ。
そして、耳飾りを通して連絡を取れなかった理由についてもフィンリーはクラウディアに説明した。
初めて魔力切れを起こしたからか、フィンリーが回復した後も、耳飾りに込めた魔法を上手く発動することが出来なくなったという。手元にある魔道具は発動出来たし、魔法も以前と変わらず使えるので、魔力切れの後遺症では無いと思うが、耳飾りはあの日のフィンリーの暴走気味な魔力に当てられ、オーバーヒートを起こし上手く発動出来なくなってしまったのかもしれないのだとか。
人を動かし大々的にクラウディアを探すことも可能だった。その方が早いのだが、派手に動くとウォルトン公爵家を狙っていた者たちにも「クラウディア・ウォルトンは生きている」ということが知られてしまう。それは避けたかった。
フィンリーは、自分の魔力はわかる。だから、人は動かさず、耳飾りにわずかに残っているであろうその魔力を頼りに、王国に自身の魔力を張り巡らせ、半年かかりやっと辿り着いたのだという。
「それは……そうだったのですね。そんなことが…」
フィンリーは簡単に言ってのけるが、このロワーグ王国はとても広いのだ。半年もかかったと思ったが、とんでもなかった。
フィンリーは、クラウディアがどこにいるのか見当もつかない状態で、魔力だけを頼りにたったの半年で見つけてしまったのだ。
呆気に取られて何を言ったら良いのか分からなくなっているクラウディアに、フィンリーは眉を下げ笑う。
「…本気、出してみたのだけど。」
(…あ。)
―――『本気出せばそれも出来るけど』
かつて、この耳飾りをフィンリーが贈ってくれた時、フィンリーの魔力が込められていると聞いたクラウディアが冗談めかして「自分の居場所がわかるようなものなのか」と聞いた時に、フィンリーは確かにこう言っていた。
「あ、あれは、本当に、本当だったのですね…」
「うん、頑張ったんだ。」
珍しく自分で自分を褒めるフィンリーに、クラウディアは微笑ましく思ったが、フィンリーはすぐに「しかし、」と申し訳なさそうな顔をする。
「…すまない、君の部屋なのだろうとは思ったが、いきなり転移してきてしまって…ディアに会えると思うと、居てもたってもいられなくて……失礼なことをしてしまった…」
フィンリーはバツが悪そうに頬をかいていた。
そう言われれば、この部屋はクラウディアのもので、普通に考えれば男性がいきなり入ってくることなど有り得ない事態だ。
今更ながら、クラウディアは着替えなどをしているところでなくて良かったと胸を撫で下ろす。
しかし、そんなことはもうどうでも良い。
「そんなこと、フィンリー様にお会いできたことに比べれば大したことではありませんっ!」
ここの生活に慣れ、貴族の常識であったことが少し薄れていたこともあるだろう。今のクラウディアにとって、何も悪いことをされた気分では無かった。
それに、咎める者はここには誰もいない。
「ははっ、そうか……なら、このままもう少し話してもいいかな。」
「えぇ、もちろん。」
クラウディアの返答を聞いて、フィンリーは真剣な表情でひとつ息を吐く。
「ディアにとっては嫌な話になるが……」
「話してください。」
クラウディアは、フィンリーの表情から何について話そうとしているのか感じ取った上で即答した。
フィンリーは頷き、その後の貴族たちの動きを話し出した。
ウォルトン公爵家を襲撃した敵は応援により捕らえたが、赤い目の男だけは逃げられたそうだ。さらに捕らえた者たちは自害してしまい、依頼主の足取りは未だに掴めていないのだという。
「…いや、正確には、依頼主は分かっているのに、証拠が掴めていない状況なんだ。」
もともとアーガン公爵が怪しいことは誰もが分かっている。そして、一見接点の無さそうな者たちだが他にも怪しい者は数人いる。
「ウォルトン公爵家があのようなことになった後から、奴らの機嫌が明らかに良くなっている。全く気分が悪い。」
しかし証拠が無い以上、問い詰めることも出来ない。
「だが奴らがこれ以上権力を持たないよう、色々な改革をし押し留めることは出来る。…私は今それに力を注いでいる。もちろん調査も含めてね。」
今はその根回しをしている最中で、これから本格的に忙しくなるらしい。
「それと………」
「…?」
フィンリーが言葉に詰まり何か迷っている。クラウディアは不思議に思ったが、視線で続きを促した。
それを受けてフィンリーは躊躇いがちに続きを口にする。
「……君の、ご両親のことだが…」
「!!」
「……話さない方がいいかい…?」
両親のことを話すという事は、クラウディアにとって一番辛く衝撃であることを、もう一度思い出させるということだ。
しかし、それでも二人のその後は娘として知っておきたい。
「…っ、いえ、聞きたい、です。」
聞きたいが、声が震えていた。
フィンリーはクラウディアの手を優しく握り、ゆっくりと話してくれた。
クラウディアの両親は、知らせに来てくれた護衛から話を聞き見つけ出し、国王が取り計らい王宮の墓地に埋葬してくれていた。亡くなっていることには変わりないし、もちろん傷はあったが、それ以外遺体は二人とも綺麗だったという。
「ありがとう、ございます…」
無惨に殺された上、そのまま放置されていなくて本当に良かった。さらにきちんと埋葬するよう取り計らってくれた国王には本当に感謝だ。
「ウォルトン公爵家の墓地に埋葬した方が良かったのだろうが、さすがに王家でも他人が勝手にそこへ踏み込むべきでは無いと思ってね…。」
「いいえ、充分です。ありがとうございます……」
いっしょに巻き込まれてしまった使用人たちも、身元がはっきりしていたため、それぞれの家へ知らせ、きちんと供養されていた。
残りの使用人たちは、別の仕事先を紹介され、生活は大丈夫だそうだ。
アンナは無事に出産し、今は子育てのため仕事はしていないとのことだ。だがやはり、公爵家のことはひどく気に病んでいるという。
「アンナ……お手紙でも出そうかしら…」
「うん。表の差出人に偽名を使えば大丈夫だろう。」
「偽名……そうですね…」
さすがに『クラウディア・ウォルトン』としては、もう安易に手紙を出すことも出来ない。
だが使用人たちが路頭に迷っていなくて良かったとクラウディアは安心した。ロバートが遠ざけたおかげで、皆巻き込まれることはなかったことも良かった。
「…………ロバートは…?」
その名前を聞き、フィンリーは悲しそうに顔を歪めた。
「………ロバートは、………王宮に運び込んだ時には息があったんだが……」
「っ…」
言葉に詰まるフィンリーの様子で、もうロバートが息を引き取っていることは察せた。
「そう、ですか……ロバート………っ」
「クラウディア、王宮では確かに息はあったんだ…っ」
クラウディアの止血のおかげで、ロバートはかろうじて息があった。王宮で処置をして一命を取り留めはしたものの、高齢なこともあり、それからどんどん衰弱しそのまま息を引き取ったのだという。
クラウディアは人生の全てにおいてロバートに世話になった。その恩人であり家族である彼に、最後にお礼を言うことも出来なかった。公爵家を、クラウディアを、最後まで守ってくれたのに。
(もう、会えないのね……)
「…私は、本当にたくさん失ってしまったのですね…」
はらはらと零れるクラウディアの涙をフィンリーが指で拭った。
「私がいる。」
フィンリーがクラウディアをそっと抱き締める。
「私が、いる…っ!…っ、本当は今すぐにでも私と共に連れていきたい…っ」
フィンリーが抱き締める腕に力を込める。
「っ、…だが、それは出来ない。立場の問題もあるし、何よりディアが危険だ……」
「………っ」
それはそうだろう。まずフィンリーが出歩くとなると、いくらフィンリーが強かろうが、それなりに護衛が必要となる。そうなると目立つ上に、動向が分かってしまう。
クラウディアが生きていて、フィンリーと会っているとアーガンに知られれば、まだ証拠を掴めていない今、何をされるかわからない。今度は確実に殺しに来るかもしれない。
王宮に連れて帰りでもしたら、いくら隠そうがすぐに嗅ぎ付けられ狙われてしまうだろう。それに、クラウディアにそんな日陰の生活を強いるのもフィンリーは嫌だった。
それ故に、今回やっとクラウディアを見つけても堂々と会いに来ることは出来ず、転移魔法で会いに来るしかなかった。
「…それに、もう半年も経ってしまった。ディアには今の生活があるだろう…?簡単にそれを変えられない……」
確かにクラウディアには、もうヴィレイユでの生活がある。芸妓としても働き出したばかりだ。それを簡単に放り出すことは出来ない。
王宮での日陰の生活か、ヴィレイユでの今の生活かなら、確実に今の生活の方がいいだろう。
「ここでなら会えないことはないのだけれど…いくら転移魔法で来ても、何度も来れば足がつく可能性がある。…だから、次はいつ会いに来れるか…立場上私からは手紙を出すことも出来ない…だが、」
フィンリーは一度身体を離し、クラウディアを真っ直ぐ見つめた。そして「これだけは確実だ」と口を開く。
「……愛してる、クラウディア…っ。今も、ずっと…」
「フィンリー様…っ」
そしてフィンリーはまたクラウディアを抱き締める。
「私も…」愛しています、と言いかけてクラウディアは言葉を止めた。
愛している。目の前の彼が愛しくて堪らない。
しかし、今のクラウディアの立場では、それすらも許されない気がした。
代わりに何度も頷くことしか出来なかった。
「…っ、ディア。だが今の私では君と結ばれることは出来ない……。」
クラウディアを抱き締めたまま、フィンリーが苦しげに呟く。
やはりそうだ。今の生活を続けるとなると、立場上絶対にフィンリーといっしょになることは出来ないのだ。…戻っても確実とは言えないが。
「だが君を諦めたくはない…。私は、私の出来ることに手を尽くす。」
「…はい、フィンリー様…」
「……待っていて、くれるか…?………いや、今のは忘れてくれ。」
「………フィンリー様……?」
「ディアは、自由に生きて。」
フィンリーは、クラウディアの頬に手を添え笑った。
こんな時にも、こんなことでもフィンリーはクラウディアのことを気遣ってくれる。その優しさにまたクラウディアは泣いてしまった。
「いいえ、待ちます」と言いたかったが、それは言わない方がいいと思った。フィンリーの優しさに水を差したくなかった。
「……もう、今日は戻らないと…抜け出してきたから…」
「っ!フィンリー様……また、………」
また会いたい。だけどクラウディアは言葉にすることは出来なかった。しかしフィンリーは優しく微笑む。
「あぁ、ディア…。次に…いつ会えるかもわからないが……」
「えぇ。大丈夫です。私はここに居ます…っ」
いや、本当はもう、会わない方が良いのだ。
もう、ここで完全にお別れをした方がいいのだとお互いが分かっている。
――――しかし、どうしても、どちらもそれを言い出せなかった。
その代わり、
『また会おう』
それを明確に口にしないまま、少しの希望のみを残して、二人は再び別れた。
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