2.ウォルトン家
「お茶会は五日後ですって。何を着ていこうかしら!フィンリー様のお好きなお菓子も持っていこうかしら。」
クラウディアは自室で先程の手紙の返事を書きながらはしゃいでいた。
「お嬢様は本当に可愛らしいですね。」
そばで聞いていたメイドは、クラウディアの年頃の娘らしい様子に微笑む。
メイドにそう言われた途端クラウディアはなんだか急に恥ずかしくなり口を噤む。
「……能天気に見えるかもしれないけれど、これでも一応いろいろと学んで努力はしているのよ…」
「ふふ、もちろんそれも存じ上げておりますよ。」
照れくさくなって見当違いの言い訳をし出したクラウディアに、メイドはにこやかに返す。
長く勤めているクラウディア専属のメイドであるアンナは、このような砕けたやり取りもよくしている。
クラウディアのことを好いて仕えてくれている、第二の母のような姉のような存在のアンナに、クラウディアも心を許して寛げるのだ。
「私は差し出がましくもお嬢様が、第二王子殿下のことのみ考えて暮らせればいい、とは思っておりますが。」
「ふふっ!アンナ、それは私を甘やかしすぎよ!」
言葉のとおり、クラウディアは好きな人のことだけ考えた甘えた暮らしをしている訳では無い。公爵令嬢としての教育はもちろんしっかり受けており、かつ真面目なため礼儀作法も完璧に身についている。
勉学においても、この国の歴史は当然のように頭に入っている。一人娘のため、当主に必要な計算や法律、各公的書類の様式や作成の仕方などもひと通り教わっている。
具体的な執務や領地経営に関してはまだ詳しく教わっていないが、結婚してからフィンリーと二人で両親からしっかりと引き継ぎを受ける予定だ。
だから、決して遊び呆けている訳ではなく、今出されている課題を全て努力で成し遂げた上で、愛しい婚約者との時間を作っているのだ。
それはフィンリーも同様で、いずれ王家から離れる予定の身だが、今は第二王子としての仕事もたくさんある。それらを完璧にこなしつつ、更にウォルトン公爵領のことも、公務の合間に学びに来ている。それらを終わらせた上でのクラウディアとの時間である。
このようなことは、並大抵の努力では叶わないし、要領よくこなせる実力がないと実現しない。それを平然とやってのける二人はすごいとしか言いようがない。
だが、ここまでせざるを得ない状況であることも確かである。
フィンリーとクラウディアの婚約が決まった時、フィンリーが公爵家に婿入りすることに貴族界はざわついた。王位を継いで欲しいという声も少なからずある中、王位につかないとしても、王弟として妃を娶り、王を支えていくものだと誰もが思っていたからだ。特に上層部はいい顔をしなかった。
本来は、婚約が決まった時点で王家が認めていることであるので、他の誰を認めさせる必要もないのだが、多くの人が納得出来る形で結婚を迎えたいと、フィンリーとクラウディアは努力した。
その結果、二人ともがあまりにも優秀で、真面目にそれぞれの役割を完璧に果たしているため、表向きは誰も文句は言わなくなったのだった。
ウォルトン公爵家の跡取りさえいれば…という声は今でも無くならないが。
ウォルトン公爵家は、何故か代々子宝に恵まれない。もちろん、それでも養子をとることなく存続は出来ているため全く子がいないということは無いのだが、子どもはいつも一人、多くて二人である。
しかし、歴代の当主が例に漏れず皆優秀であったため、親族という人脈が極端に少ないにも関わらず、公爵家として国の中枢に居続け、広大な領地を治めることが出来ている。
これまでも、娘一人しか産まれず婿をとることはあったが、王家から婿を迎え入れるのは、クラウディアが初めてだった。
ウォルトン家の当主たちの優秀さは、領地運営や執務スピードに関してだけではない。
ウォルトン家の特徴として、代々防御魔法を得意としている。
防御魔法自体は珍しいものではない。広く一般的に使われているのは、『攻撃を防ぐための盾』のための防御魔法だ。文字通り魔力が盾のように出現し衝撃を防ぐものであり、魔法の訓練を受けている貴族たちはほとんど使うことが出来る。
しかし、ウォルトン家の防御魔法は、一時的なものでなく、持続的なもので、微量の魔力をコントロールし、常に自分の身体の周りに薄い防御の膜を張っているのだ。
この持続型の防御魔法は、やり方さえわかれば誰でもできる、という訳では無い。まずある程度魔力がないと出来ないことであるし、ウォルトン家では、子どもが幼く、思考も魔法の放出の仕方も柔軟な頃に教えることにより、子どもは感覚でコントロールの仕方を掴み、無意識下でも出来るようになっていく。
そのため、不意に攻撃を受けても必ず一度は防ぐことが出来る。そして、同じ要領で屋敷全体も防御されている。つまり、非常に暗殺に強いのだ。
不意をつけないとわかっている者にわざわざ暗殺を仕向ける輩はそうそういない。
そしてウォルトン家はさらにもう一つ他家とは違うことがある。貴族社会では珍しい恋愛結婚であるのだ。
ある程度親が場を整えはするが、生涯の伴侶と選ぶかどうかは当人達が決める。親が強制して決めたことは一度もない。
当然身分差で結婚した代もあり、平民から迎え入れたことも、少ないケースではあるものの、一度や二度程度ではない。そのため、血筋を重んじる派閥の貴族たちからはウォルトン家は『混血の一族』といって、疎まれることもある。
『混血の一族』だと、ウォルトン家のことを嫌っている筆頭がアーガン公爵家で、ここは特に血筋にうるさい。
アーガンからすれば、奔放な結婚を繰り返しているウォルトンが、王家と仲良くしているのがそもそも気に食わないらしい。
さらに今代は王家が公爵家に婿入りするという前代未聞な重大案件があるため、余計に嫌われている。アーガンを初めとする保守派閥の貴族とは仲良くないが、今のところ表立って対立することはない。
いくら平民から伴侶を迎え入れようが、しっかりと血が繋がった子が引き継いでいるため、本来何も『混血』ではないのだが、アーガン家のように、貴族の血に平民の血が混ざることが受け入れられない家もあるようだ。
種族が違う訳でもないし、貴族は貴族と結婚しなければならないという決まりはこの国にはない。暗黙のルールのようになってはいるが、ウォルトン家としては何を言われようが、悪いことをしている訳ではないので全く相手にしていない。
世の中の貴族の大半は、やはり政略結婚である。親の思惑通りの政略結婚しかさせてもらえない若者たちは、理解はしているが、割り切れるとは限らない。
年頃の若者たちの間では、ウォルトン家の恋愛結婚方針は、あからさまには言えないものの、羨ましく思われているようであった。
皮肉なことに、その中には保守派の貴族の子どもたちも多く含まれている。
ウォルトン家が恋愛結婚に拘ることにも一応理由はある。
当人たちの気持ちの尊重をしたい、ということももちろんあるが、恋愛結婚だと、仕事のパフォーマンスが上がるのだ。
愛している人がいるから、仕事を頑張れる。愛している人との子どもだから、しっかりと愛情を注いで可愛がることが出来る。愛している家族のためならば、様々なことを頑張ることが出来るのだ。
血筋や権力拡大のために気持ちのない政略結婚をするよりも、真面目に自分の仕事に取り組んだ方が、遥かに確実に富を築けるのである。
そうしてウォルトン家は存続していっているのだ。
もちろんクラウディアとフィンリーも互いに慕っている関係で婚約している。
これは実は公爵夫妻も予想外のことだった。
ゆくゆくは同じくらいの家格の子息とクラウディアを会わせてみようと考えていたが、もちろん王子はその中には入っていなかった。
そしてその機会よりも前に、どうやら娘が第二王子と意気投合し仲良くなっていると気が付いた。
はじめは「仲良くなる分には、将来のためにも良いことだし」と微笑ましく思っていたが、まさかのまさかで慕い合う関係になっていて驚いたのだ。
今代は婿を取らねばならないので、クラウディアがフィンリーを慕っていることに勘づいた時は、もちろん焦った。
他の子息を勧めて諦めさせるべきだとも考え、数度、それとなく会わせてみたりはしたが、それなりに親しくはなったがそれ以上はなく、むしろフィンリーもクラウディアを慕っているとはっきりと伝えられ、二人の想いは揺らがなかった。
公爵夫妻は娘の気持ちと跡継ぎ問題との板挟みで途方に暮れかけたが、フィンリーの方からウォルトンに婿入りすると言ってくれ、国王をも説得し、許しももぎ取ったため、安心して後押しができるようになったのだった。
公爵家がするには面倒くさいことこの上ない、国王の説得と許しをフィンリーが自ら進んでしてくれたことによって、もともと高かった好感度がさらに上がったことは言うまでもない。
結婚まであと約一年。クラウディアはこれまでの努力と、これからのさらなる努力を思い息を吐く。
「…早くフィンリー様に会いたいわ。」
「目いっぱいお洒落して行きましょうね!」
「ふふ。…じゃあ、いっしょにドレスを選んでくださる?」
「ええ、喜んで。」
クラウディアはアンナと共に、お茶会へ着ていくドレス選びを開始した。