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19.初めての接客

読んでいただきありがとうございます。


ブックマークやいいねをしてくださっている方、本当にありがとうございます!

「改めて、ディアナと申します。」


 さっそくクラウディアは、お試しとしてアレンの接客をすることになった。

 クラウディアの接客は初めてな上、アレン一人に対してなので個室には入らず、マーシャとバートンから少し離れたソファにアレンと二人で座っている。


「……アレンだ。」

「………」

「………………………。」


 アレンは何を話したら良いのかわからないようで、名前を言っただけで黙り込んでしまった。


(そうだわ、初めてのお客さんはこうなることが多いって聞いてたっけ。)


 シエールに初めて来た客は、アレンに限らず何をどうしたらいいのかわからず黙ってしまうことが多いらしい。


 それはそうだ。誰だって知らないところは緊張するものだ。

 だからこそ、楽しいと思ってもらえるようにこちらが主導しなければならない。


 しかし他の芸妓は、芸が主で、話すこと自体は目的としないため、あまり長く話す時間を取らない。だから初めての客ははじめマーシャが相手をし、場を和ませてから芸妓を紹介することが多いのだ。

 リリィは話すのも得意なので、初めての客とも気さくに話しているが、それもマーシャの後だ。ローラは少し話す程度で、客が何度か通って慣れてから世間話をしている。レベッカに至ってはほぼ喋らない。


 対してクラウディアは、魔法を見せることくらいは出来るが、これといった芸がある訳ではなく、話すことが主な接客なので、お試しということもあり、とりあえずはじめから任されている。


「えっと、アレンさんは、商人さんなのですか?」

「あぁ。隣の…トネサ王国の、アスプールを拠点にしているんだ。」

「まぁ、アスプール!」

「知ってるか?」

「えぇ、有名な町ですもの。」


 アスプールは、ここロワーグ王国と、隣国のトネサ王国との国境からそれ程遠くない位置にある。この国で言うヴィレイユのように、商売が盛んで栄えている町だ。

 しかしアスプールはヴィレイユよりかなり広く、海も近いため、色々な国の貿易の中心地となっている。


 クラウディアは実際には行ったことがないが、本で読んだり、公爵家に来る商人から聞いたりし、どのような町かは知っていた。いつか行ってみたいと思っていた町でもある。


(ん?アスプールを拠点にしている商会って…)


 隣国、トネサ王国のアスプールを拠点にしている商会といえば、クラウディアには一番に思いつく名前があった。すると、まさにその思いついた名前をアレンが言った。


「なら、俺たちが所属するバーレイ商会も聞いたことあるか?」

「やっぱり!聞いたことがあるどころじゃありませんっ!とても大きな商会じゃないですか!」


 バーレイ商会は、食べ物から日用品まで幅広く取り扱っていて、貴族向けの高級なものもあれば、比較的平民にも手が出しやすい安価なものもある。しかしそれも決して安っぽいものではなく、「無理なく手が届く、ちょっと良いもの」という感覚だ。

 クラウディア自身もバーレイ商会の商品を買ったことが何度もある。特に化粧品を愛用していた。もちろん高級品を買うことが多かったが、興味があり安価なものも買った時、思った以上の質の良さに驚いたのだ。大きな商会で独自に開発出来るからこその値段設定なのだろう。


「商品の質もとても良いですし、私も使っていたことがありました。」

「へぇ、ウチから買ってくれたことがあるのか。」

「えぇ、愛用しておりました。」

「『していた』?今は違うのか?」


 アレンに突っ込まれクラウディアはしまったと思った。クラウディアが何気なく言った本当のことを、アレンはしっかりと聞きとってきた。


「えっと、…その、諸事情で購入出来る機会が無くなってしまったので…」

「!………そっか…」


 そしてアレンはなかなか察しの良い人のようで、言葉を濁すクラウディアの様子を見て、それ以上突っ込んでこなかった。


 話を聞いていくと、バーレイ商会は月に一度はヴィレイユを訪れるらしい。商会の中にロワーグ担当部署があり、その中から数人が来るのだそう。メンバーは、同じであることも違うこともあるそうだ。


「そんなに頻繁に来られていたのですね…」

「俺はまだ何度目かだけど。…提携している店がヴィレイユにはあるんだ。バーレイ商会のものを取り扱っているから、そこに行けばウチの商品を買うことも出来る。」

「えっ!」


 そんなこと初めて聞いた。もちろん、公爵家にはあちらから来てくれていたので、自分から買いに出ることが無かったためだ。バーレイ商会の商品を買うことが出来るのなら買いたい。

 そんな気持ちがクラウディアから漏れ出ていたのか、アレンが欲しい言葉をくれる。


「…どこにあるか教えた方がいいか?」

「はいっ!是非!!」


 クラウディアが食い気味に返事をすると、アレンは勢いに押され軽く仰け反ったが、クラウディアの期待に満ちた表情に思わず笑いがこぼれ、力の抜けた笑顔になりながら地図を出してくれた。


「ここと、ここ……あと、ここもだな。こっちは化粧品、ここは衣服を中心に取り扱っている。そしてここなら比較的安価なものを幅広く取り揃えているから、誰でも入りやすい店構えになっている。」


 アレンは地図を指さしながら、丁寧にそれぞれの店のことをクラウディアに教えてくれた。前を通ったことのある店もあり、すぐにでも行ってみたくなった。

 クラウディアは、しっかり覚えようと地図を覗き込む。真剣に覗き込みすぎて髪が顔にかかってしまうので、地図を見ながら髪をそっと耳にかける。


 その仕草を、アレンが思わずといった様子でじっと見つめていた。

 ふとクラウディアと目が合うと、アレンは驚き少し目を見開いた後、その目を細め、照れたように微笑んだ。


 その笑顔を見てクラウディアの心臓がどきりと大きく跳ねた。目を逸らさず微笑まれ、なんだかこちらの方が恥ずかしくなってしまった。


(あ、そういえば今日はもう耳飾りはずしてたな…)


 髪を耳にかけた時、なんとなく耳元が寂しい感じがして気がついた。もうお風呂に入って寝るつもりだったため、耳飾りははずしていたのだった。

 そもそも何の準備もしていないこんな普通の格好で初めての接客をして良かったのかとクラウディアは今更思うが、もう遅い。かろうじて化粧をしていただけでも良かったとしようと自分を納得させた。


 その後も商会の話や商人から見た国の情勢など、様々な話をし、バートンから「そろそろ帰りたいんだが…」と声を掛けられるまで二人で夢中で話していた。





「…じゃあ、また来週も来るよ。」

「はいっ!ありがとうございます。お待ちしてます。」


 今回、アレン達はヴィレイユには2週間程滞在するらしく、今日が楽しかったのでとりあえず来週も来てくれるとのことだった。

 帰り際、アレンはバートンにからかわれながらもしっかりとクラウディアへ挨拶をし、宿へと帰って行った。


(アレンさんが初めてのお客さんで良かった…)


 見送りながら、素直にそう思えたクラウディアだった。


 アレンと話すのはとても楽しく、初めて会って話した気がしないくらいはずんだ。博識だし、クラウディアの話も興味深げに聞いてくれる。これでは接客というより、ただのお茶会のようになってしまったが、アレンも満足してくれたようだし、マーシャも褒めてくれた。


 久しぶりに、公爵令嬢だった時、社交でしていたような内容の会話をし少し疲れたが、それ以上に気兼ねなく話せたことが嬉しく、心が温まった。と同時に、何故かものすごく寂しくなった。


 クラウディア自身にも、この突然現れた寂しさが何なのかよくわからなかった。




□□□




 翌週、クラウディアはついに芸妓として働き出した。

 先週の宣伝効果もあり、常連客がクラウディアを指名してくれたり、新しい客をマーシャがまわしてくれたりした。

 皆クラウディアの話を興味深げに聞いてくれた。特に魔法の効率的な使い方が気になるようで、ちょっとした講義のようになっていた。

 話を聞いた客たちは、今回聞いたことを実践してみて、また今度別の話を聞きに来たいと言い、次の約束もしてくれた。

 なんだか、こんな講義のような接客で、店の方針的にいいのかと不安になったクラウディアだったが、マーシャは客が楽しんでくれていたらそれでいいとのことだった。



 クラウディアが芸妓として働き出し、あっという間に週の半分が過ぎた。

 仕事を終え自室に戻ったクラウディアは、椅子に座り息を吐く。


(…さすがに疲れてきたな。)


 …でも、


(もうすぐアレンさんがまた来てくれる。)


 さすがに慣れない仕事で疲れは出てきていたが、アレンとまた会えると思うと、少しまた気持ちが上向きになった。


 アレンが来ると言っていた日は明後日だ。アレン以外の客と話すのももちろん楽しいが、アレン程いろいろなことに踏み込んだ話をした客はまだいない。

 明後日のことを考えると、どんな話をしようかと楽しみになってきた。


 気を取り直し、お風呂にでも入ろうと、クラウディアはつけていた耳飾りをはずす。


 これまでならすぐに箱の蓋を閉めていたが、最近はなんとなく耳飾りを見つめている。アレンを接客した日に何故か感じた寂しさのせいでもあるだろう。


 そしてこの耳飾りの贈り主のことが、どうしても頭に浮かぶのだ。


「………フィンリー様……」


 クラウディアは、そっと耳飾りに触れ、その名を呟く。


 今頃どうしているのだろうか。

 自分のことを探しているのだろうか。


(もう、探してないか…)


 半年も経つのだ。もしはじめは探してくれていたとしても、今も探してくれているとは思えない。

 今でもあの日のその後が気になり眠れない日もある。

 ロバートは、領地はどうなったのか。公爵家の使用人達や、領民は。…しかしもう、クラウディアにはどうすることも出来ない。


(全て、忘れられたらいいのに…)



 フィンリーのことも含めて。



(だめね。せっかくまた気持ちが上向きになったところなのに。)


 クラウディアが頭を振り、箱を閉じようとしたその時――――





「えっ…光った…!?」





 確かに石が一瞬光った。


 反射的にクラウディアは耳飾りを箱ごと掴み、必死に呼びかける。


「フィンリー様!?フィンリー様!!フィ―――」








 その時クラウディアの背後でふわりと風が舞った。



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