18.新たな
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ヴィレイユでの日々は、気づけば半年ほど経っていた。
相変わらずクラウディアは、シエールの家事手伝いとして働き、時々店のホールを手伝う生活をしている。
「ディアもだいぶここの暮らしに慣れたね。」
「はい、おかげさまで…本当に、本当にマーシャさんのおかげです!」
ヴィレイユに来て、マーシャに拾われて本当に幸運だった。住む場所にも食べる物にも一度も困ることなく過ごさせてもらっている。
今ではクラウディアがシエールの全ての家事を賄えるようになっており、その分、マーシャはシエールの準備の方に専念している。
もちろんクラウディアは料理も作れるようになった。半年も毎日練習すれば、もともとの器用さも手伝い、すっかり慣れた手つきで調理出来るようになった。
そして、今は正式なお手伝いとして、お給料をいただいている。お給料と言っても、ここに住まわせてもらっている分、お小遣いのようなものだ。
その代わりに、これまでクラウディアが家賃として払っていたものが無くなっているので、差し引きすると多くも少なくもないという感じだ。
「いつか必ず恩返しさせてくださいね。」
「いいよぉそんな!こっちももう充分助けられちまってるしね。あ!まぁディアナがもっともっとお金を稼ぐっていうなら……あ、そうだ。」
冗談めいてそう言いかけたマーシャだったが、途中で思い出したようにポンと手を叩いた。
「ディアナ、あんた、客をとってみるかい?」
「え?」
「ここに来る馴染みのお客さんとも時々話しているだろ?そのお客さん達も、もっとディアナと話したそうだし。」
確かに、ホールに入ることにもすっかり慣れ、常連客とは会話をすることも多くなっていた。しかしクラウディアは芸妓でなくホールの手伝いとして入っているため、同席して話す訳では無い。いつも、料理を運んだ時や帰りがけに立ち話をする程度だ。
クラウディアともっと話したいと思ってくれている人がいるなら嬉しいことだ。
「それとも客をとるのは嫌かい?」
「いえ!嫌ではありません。」
「…本当に?」
「はい。」
マーシャは心配しているようだが、本当に嫌ではない。緊張はするが、客をとること自体は少し楽しみだ。自分の話で満足して貰えるかはわからないが、自分の学んできた知識で人を楽しませることが出来るのならやってみたい。
「…やって、みたいです。」
「本当かいっ!?」
「え!!ディアナお客さんとるの??」
「リリィ!うん、…どうかな?」
ちょうど準備を終えて来たリリィに聞こえたようだ。芸妓として実際働いている彼女からして、クラウディアが芸妓として働くのはどう思うのか気になる。甘いと思うだろうか。
だがそんな心配をよそに、リリィは満面の笑みでクラウディアの手をがしっと握ってきた。
「いいと思う!!!ディアナの話聞いてると頭良くなった気になるし!」
「あはは!そりゃ違いないね!」
「あ〜楽しみだなぁっ!今日もやる気出てきた!じゃあ行ってくるね〜!」
「よろしくリリィ!…ならディアナは芸妓として働いてみよう。じゃあ、家事の方はあたしが…」
リリィが行った後、マーシャが家事の話を始める。今クラウディアがしていることを、これからはマーシャがやるということだ。それについてはクラウディアも考えていたところだったので、話の途中だが口を挟む。
「あの、家事はこれまで通りさせていただいてもいいですか…?」
「えっ!?」
クラウディアからの申し出にマーシャが驚きの声を上げる。
「いや、でもそれじゃあディアナの休む暇が無いじゃないか。」
「もう生活の一部になってますので。お店に出ている時間には出来なくなりますが、お手伝いに入ってる時とさほど変わらないと思います。」
「いや、うーん、じゃあディアナの自由時間は?」
「今も日中に割と自由時間をいただいているので、そこもあまり変わらないかと。」
「………………。」
半年で、クラウディアの家事の効率がぐんぐん上がり時間が短縮され、その分することがない時は自由時間になっていた。
「そういやそうだっ!あははっ!ウチの子は優秀だったわ!」
マーシャが少し考えた後大笑いしだした。「それなら心配ないね」とクラウディアの頭を撫でてくれた。
そして、少しでも両立が辛いと感じたり、芸妓が合わないと感じたらすぐに相談することを約束した。
マーシャからの温かい心配と、「ウチの子」と言われたことが、なんだか照れくさくて嬉しかった。
「じゃあ、さっそく来週あたりからホールじゃなくて芸妓として入ってみようか。今週はその宣伝だね!」
「わかりました。よろしくお願いします。」
マーシャは「さっそく今日のお客さんに宣伝してくるっ!」と意気揚々とホールの方へ向かった。
「あっ!ほら!ディアナも来て顔見せとかないと!」
と思ったらすぐに戻ってきて、クラウディアの手を引いてホールへ連れ出した。
その後常連客からも「いつから入るのか」や「どんな話をしてくれるのか」など質問攻めで、まだプランが決まっていないクラウディアは初めおろおろしていた。
「あははっ!まだディアナは芸妓じゃないよっ!気になるなら来週指名しておくれ!」
「来週かぁー!よし!ディアナちゃん、来週たくさん話を聞かせてくれ!」
「はいっ!是非聞いてください!」
マーシャに助けられながら色々な客と話してまわっているうち、慣れてきて後半はクラウディアからも話を振っていた。ふと、なんだか社交界での挨拶回りにも似てるなと思ったクラウディアだったが、あの堅苦しい雰囲気に比べ随分と楽しい時間だった。
「…ふぅ…」
閉店し、今日やることを全て終え、自室に戻ったクラウディアは息を吐いた。
芸妓として働く。
楽しみでもあるが、それが現実となるとなんだか緊張してそわそわしてきた。今週のうちに、どのように接客したらいいのかをきちんと確認しておこうとクラウディアは決めた。
(……今日はもう寝よう。)
今日も反応が無かった耳飾りをはずし、鏡台に置く。反応がないことが当たり前になってしまっている今、クラウディアは特にじっくりと見ることもせずにいつものように箱の蓋を閉め、ベッドに入った。
――――そのため、一瞬瑠璃色の石が光ったことには気が付かなかった。
□□□
翌日、夕食の片付けを終え、少し休憩した後お風呂にでも入ろうかと1階に降りてきたクラウディアは、ふと店のホールの方が賑やかなことに気がつく。
もう今日は芸妓の三人は帰っているので、お酒や食事のみを楽しみに来たお客さんだろうか。
その声になんとなく誘われ、クラウディアはお風呂は後にし覗きに行くことにした。
するとすぐにマーシャがクラウディアに気づき声を掛けてくれた。
「ディア!ごめんねうるさくして。あぁ、よかったらあんたもおいで!」
「?はい」
「今ねぇ、初めてのお客さんが来てるんだよ!と言っても前からのお客さんの連れだけど。」
「マーシャさん!なんだい?もしかしてさっき話してた新しい子かい?」
向こう側から陽気な男性の声が聞こえてきた。
どうやら、その他にももう一人いるようで、男性の話し声が聞こえる。お酒を飲んで楽しんでいるようだ。
「そうだよバートンさん!ディアナ、こっちに来て挨拶しな。」
マーシャに言われ、クラウディアはそろそろと顔を出す。やはり客は二人いるようだ。
「こんばん……っ」
挨拶の途中、顔も見る前に、男性に抱きしめられた。
「!?」
クラウディアは混乱した。いきなり知らない男性に抱きしめられたということにもだが、何よりも―――
――――その感覚が、フィンリーだと思ってしまったから。
「フィン―――」
思わず顔を上げると、そこには驚いた顔をした、知らない青年がいた。
「え!?えっと、すまない…っ!!!」
焦った様子で青年は慌ててクラウディアから離れた。
「おいおい!アレン酔っ払いすぎだぞ!!ごめんなぁ、嬢ちゃん!!」
その青年の付き添いらしき中年の男性が慌ててクラウディアに謝ってくる。クラウディアは動揺して未だ言葉を発せずにいる。
「ほら!嬢ちゃん固まってるぞ!アレン謝れ!」
「す、すまん……!酔っていて…いま覚めたけど…」
違う。
一瞬フィンリーのように感じたが、目の前のこの青年は、まず顔が違うし、髪も黒く、瞳はクラウディアと同じ翡翠色だ。声ももちろん違う。
僅かに引っ掛かりを覚えながらも、抱きしめられたことのある男性などフィンリー以外いないのでそう思ってしまったのかもしれないと、自分が恥ずかしくなってきた。
そう、フィンリーがこのような所にいるはずが無いのだ。
「い、いえ…驚きましたが…お気になさらず。」
クラウディアはまだ動揺が収まらない中、なんとか笑顔を作った。
「!!えらい綺麗で上品な嬢ちゃんだなぁ!なぁマーシャさん!」
「あぁ、ディアはこの上品さと頭の良い会話が売りだよ!魔法についても詳しいし。」
「そりゃすげぇ!けっこう客がついてるんじゃないか?」
「いや、実はまだ客を取ってなくて、そろそろだなって話してたところだよ。」
「へー!」
「ディア、この人はバートンさん。隣の国の商人さんだが、けっこう大きな商会でね、この国によく来るんだよ。うちには前から来てもらってて、今日は優秀な若手を連れてきたんだと!アレンくんだってさ!」
マーシャが豪快に笑いながら二人の男性を紹介してくれた。
「ディアナと申します。以後お見知りおきを。」
改めてバートン達に完璧なカーテシーと共に挨拶をした。男性二人が息を呑む気配がした。
「ディア、ナ…」
先程クラウディアを抱きしめたアレンという青年がぽつりと呟く。
「なんだアレン、嬢ちゃんが好みか?美人だもんなぁ〜!」
「い、いやちがっ……っいや、………」
すかさずバートンが茶化すと、アレンは片手で顔を覆い真っ赤になっていた。
バートンの歯に衣着せぬ言い方とアレンの反応に、クラウディアの頬も赤くなる。
「へぇ〜、いきなり抱きしめるくらいに?」
「っ!それは本当にすんませんっっ」
マーシャもにこにこニヤニヤしながら茶化してくる。本来、初対面の芸妓や店員をいきなり抱きしめるなんて行為は許されないが、アレンの場合、故意ではなく、すぐに離れ謝ったので何も言われていない。
ちなみに常連客たちとは軽くハグすることくらいはこの店でもあるが、マーシャはクラウディアの様子次第ではアレンを追い出してもいいとは思っていた。
しかしクラウディアも驚いているだけで嫌悪感は抱いていない様子だったのでそのままにしたのだ。アレンの新鮮な反応から、マーシャも好印象を受けていたこともあった。
そしてやはり商売人。抜かりなく提案する。
「…なら、ディアナの最初のお客さんになるってのはどうだい?」
「えっ…」
「えっ!?」
マーシャの言葉にアレンがガバッと勢いよく顔を上げた。
「ちょっと前倒しになるんだけどね。いきなりだけど、ディアナなら大丈夫だろ。」
「えっと、まぁ、はい…。」
本当にいきなりで驚いたが、昨日と今日である程度どのような接客をしていくか考えていたので準備は出来ている。
「慣れないところはご了承ください。」
「わははっいいなぁアレン!記念すべき最初の客!」
「ディア、ナ、さんの、客……」
バートンにばしばしと肩を叩かれながら、アレンはまたゆるゆると俯いてしまった。
ちらりとクラウディアを見ては、目を逸らし、照れて恥ずかしいのか、何か葛藤しているようだった。芸妓の客になるということに抵抗でもあるのだろうか。
しばらく悩んだアレンは、ようやく顔を上げ、クラウディアを真っ直ぐ見つめた。
翡翠色同士の瞳がしっかりと合い、少しドキリとする。
「じゃあ、せっかくだし……。さっきのお詫びも兼ねて、俺がディアナさんの最初の客になることにしてもいいか…?」
アレンが気恥しそうに言う。なんだかその表情が可愛らしくて、思わずクラウディアは笑ってしまった。
「えぇ、もちろん。喜んで。」
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