17.得意分野
読んでいただきありがとうございます。
ブックマークしてくださっている方、本当にありがとうございます!
「ねぇねぇディアナ!あたし達の仕事ぶりどうだったっ?」
仕事を終えるとリリィが興奮気味に詰め寄ってきた。感想を聞きたくて堪らないようだ。
「わっ…、あの、本当に凄かった…リリィ、歌すごく上手いのね。感動して泣きそうになった。」
「えっ、……そう?えへ、照れるなぁ。」
勢いよく詰め寄ってきたくせに、クラウディアが褒めると頬を染めぎこちない動きをしだしたリリィ。そんなリリィが可愛くてくすりとしてしまう。
普段は幼い印象なのに、仕事となるとあんなに堂々と綺麗な歌声を披露する。魅力溢れる素敵な娘だなとクラウディアは思った。リリィはクラウディアより二つ年上の十九歳だが。
ちなみにローラは二十歳で、レベッカはクラウディアと同じ十七歳だ。
リリィと話しているうちに、ローラとレベッカも合流した。
「あっローラ…あなたの舞、素晴らしかったわ!」
「そう?ふふっありがとう。」
「レベッカも、本当に強いのね!今度私も勝負したいわ。」
「いつでも。負けないよ。」
本当に、三人それぞれ素晴らしかったのでクラウディアは率直な感想を伝えた。客も楽しんでいたし、何より本人たちが楽しそうだった。
自分もやってみたいと思う反面、三人のように目に見える特技が無いクラウディアは、客を楽しませることが出来ないのではないかとも思う。大勢の目にさらされるのは社交界で慣れているものの、自分を求められたことは無いからだ。
芸妓の仕事というのは、自分が楽しむだけでなく、客を楽しませるために常に自分を磨いて努力しないといけない。自分を磨くというのは、作業と違い、結果がすぐに出ず終わることもない。深い仕事なのだと理解した。
「ディアナは、芸妓に興味もった?」
「…えぇ、素敵なお仕事だと思ったわ。」
「でしょっ!?」
「まぁ、今は家事のお手伝いをしているし、なるかどうかは決められないのだけれど…」
「うんうん、でも興味持ってくれて嬉しいっ!」
ここで過ごし、今日仕事を見学したことによって、何事に対しても偏見を持ってはいけないなと改めて思うきっかけともなった。
リリィとにこにこと笑い合っていると、ローラが真面目な顔をして呟いた。
「…でも、この仕事も良いことばかりではないわよ。」
「え?」
ローラがクラウディアのことを真っ直ぐに見つめた。
「この仕事を本当にしたいなら、ちゃんとそういうことも知っといた方がいいと思うわ。」
「…どのようなことがあるの?」
「他の仕事と違って、はっきりと容姿のことを言われたりするわ。心無いことを言われることもある。それに、同じことをしてもお客さんによって反応が違うこともあるわ。」
「……そうよね…」
客を取るということは、そういうことだ。たった一つのことが万人受けする訳が無い。しかしお金をいただく以上、中途半端なことは許されない。客の好みを瞬時に感じ取り、それに合わせる柔軟力も必要だ。
常連になってくれたらそれも楽になってくるが、やはり最初は疲れるだろう。
「…あとあれ。」
クラウディアがローラの話を頷きながら聞いていると、横でレベッカが呟く。
「あれ?」
「あ〜…あれかぁ…」
「何があるの?」
濁した言い方にクラウディアが尋ねると、ローラがため息をついてから答えてくれた。
「…シエールのお客さんは、基本的には皆マナーを守る良い人たちだけど、たまに、その、マナーの悪い人もいるのよ。」
「そうそう、触られたりね。」
「ここは娼館じゃないのに、身体を求められたりするのよ。」
「え…」
「もちろん、そんなことはシェールでは許されていないし、すぐに出禁にはなるのだけれど、嫌な思いをすることには変わりないわ。ディアナはいい所のお嬢様だったみたいだし、特に抵抗があると思う。」
つまり、準娼館という少しややこしい名称のせいか、娼館と同じようなサービスがあると勘違いしている客もおり、さらには娼館とは違うと分かっていながら触ろうとしてくるタチの悪い客もたまにいるのだという。
「やっぱり、名前で損してるのね…」
クラウディアはどこか納得した。クラウディア自身も、最初は娼館と同じようなものだと思っていたのだから。
しかし、思わず出てしまったクラウディアの呟きを聞いて、リリィが苦笑する。
「うーん、でも、損だとか言ってしまうと娼館で働く人に対して失礼だよ。」
「あ…」
そうだ。今さっき何事にも偏見を持ってはいけないと思ったばかりではないか。
リリィに言われクラウディアは恥ずかしくなり少し俯いた。でも続くローラの言葉に顔を上げる。
「そうね。娼館が悪い所という訳ではないわ。働く人達もきっとプライドを持って働いているだろうし、必要とされている店であることには変わりないわね。だからこそ、娼館でも無いところで同じようなことをするべきではないわ。しっかりとそちらでお金を落としてもらわないと。だから全く種類の違うものとしてこの店が知ってもらえるように、ややこしくない違う名前でも付けばいいんだろうけど。」
その店にはその店の役割があるということだ。名称が変わるならば一番いい事だと思うが、それはすぐには難しいことだ。
「失礼なヤツらをぱっと防御でも出来たらいいんだけどねぇ〜!こうしてこう!」
「ちょっと!やめてリリィ!もうそれ攻撃だからっ!」
リリィが身体の前で、拳を握った腕でバツを作り、レベッカに跳びかかっていた。
「防御……」
自分にとって耳馴染みのいいその言葉を聞いて、クラウディアはふと思い出す。
先程の話に「そんなことが!」と軽く衝撃を受けたが、よく考えれば社交界でもそのようなことがあるとは聞いたことがある。
身分が上の者に言われて断れない…というものだったり、ダンスにかこつけて触られたり…など。思い返してみれば似たようなものだった。
しかしクラウディアはそういった嫌な経験をしたことがない。まず公爵家なので身分は王族の次であるし、一人でいるならまだしも、ダンスのあるような夜会では必ず父のクロードと出ており、フィンリーと婚約してからはフィンリーと出ていた。
王族の婚約者であるクラウディアに、不埒な目的で声をかける勇気のある者はいなかっただろう。
そしてもし近寄られたとしても、クラウディアには防御魔法がある。クラウディアが嫌だと感じたり、身の危険を感じたら無条件で相手は弾かれる。実際にそんなことは起こらなかったが、どちらにしろクラウディアには縁遠い話であった。
しかし芸妓の三人は、困っている。頻度は低いとはいえ、実際にあるのだから。そして、それを防ぐ術が無いという。
(その件は私なら防御魔法で何とかなるのだけれど……防御……あ。)
クラウディアは、良いことを思いついた。
「三人は、そういう人達をどうにかしたい…?」
「え?えぇ……まぁ、出来るのならば、そうね。」
「…私に、考えがあります。」
□□□
クラウディアは翌日、マーシャに事情を説明し、洗濯だけ済ませた後は自由時間をもらった。そして街に出てシンプルな腕輪と色のついたガラス玉をいくつか購入した。
三人のために、防御の機能がある魔道具を作るのだ。
クラウディアはさっそく自室に籠り、購入したものたちと向き合った。
「……久しぶりだけど、上手く出来るかしら…」
シンプルな腕輪を手に取り、魔力を込める。
(リリィは可愛らしい感じに…ローラは、涼し気な感じがいいわね。レベッカは、細かい飾りがいいかしら。)
すると腕輪は淡く光り、凹凸のないシンプルなものから、するするとクラウディアが思い描いたデザインへと姿を変えていく。
「ふぅ……だいたい思い通りに出来たわ。」
二時間程で腕輪が出来上がった。
それぞれ少しデザインの違う腕輪に、ピンク、水色、黄色のガラス玉が一つずつ付いていた。
最後に肝心な防御魔法を込め、腕輪は完成した。
「…これを、三人に。」
昼過ぎにいつものように三人がシエールに来ると、クラウディアはすぐに腕輪を渡した。
「可愛い腕輪!なに、これ?ディアナが買ってくれたの?」
「土台は買ったけど、作ったのは私よ。」
「えっ!?これを?すごい!可愛い!」
まだ説明していないのに、腕輪だけでリリィはぴょんぴょん跳んで喜んでくれている。
「ほんと、素敵ね。ありがとうディアナ。…でもなんでまた急に腕輪?」
ローラもレベッカも喜んでくれているが、不思議そうだ。それはいきなり腕輪を渡されたら不思議だろう。
「昨日、過剰なお客さんに対しての悩みを聞いたから…」
「?それで、腕輪?」
「えぇ。この腕輪は、三人の気持ちに反応して、相手を弾くことが出来ます。」
「えっと、え?」
クラウディアは腕輪の説明を始めた。
「私の魔力を込めました。私は防御魔法が得意で、それの応用も多様に出来ます。これは、着けている本人が、『嫌だ』と相手に嫌悪を抱いた場合に反応します。防御魔法が発動し、相手は本人に触れなくなりま……なるわ。」
しっかり説明しようと無意識に敬語に戻っていたことに気づき、口調を戻す。
「…それで、ピンクがリリィ、水色がローラ、黄色がレベッカの色よ。そしてこの三色とも入ってる腕輪は、マーシャさんとガルドさんにつけておいてもらおうと思って。」
「なんでマーシャさんとガルドさんにも…?」
まだ先程の説明の整理がついていない様子のレベッカが尋ねる。その疑問はもっともだ。二人は芸妓ではないし、客から変なことをされることはないのだから。
でも、もちろん意味はある。
「こっちの二つは、三人の誰かの腕輪の魔法が発動すると、マーシャさんとガルドさんの方のガラス玉が光るようになっているの。これなら個室に入っていても二人に知らせることが出来るでしょう?」
「…………。」
「…………。」
「………………。」
説明を終え部屋が静まり返っていることに気づき、クラウディアは何かまずいことをしてしまったかと思った。
もしかして余計なお世話だっただろうかと冷や汗が滲む。
「あの、えっと……」
「……す、」
「す?」
「すごすぎるっ!!!!!!」
リリィがクラウディアに飛びついてきた。
「ありがとうディアナ!これで、前よりももっと安心して接客出来る!」
「そうね。余計な気を遣わなくて良くなった分、身体がよく動きそうだわ。ありがとう。」
「……ありがと、ディアナ。」
ローラとレベッカからもお礼を言われ、ほっとするのと同時に照れくさくなった。
(作って良かった…)
「もしかしてディアナがいっつも着けてるその耳飾りも、似たようなものなの?」
突然耳飾りのことに触れられ、身体がびくりと反応してしまった。
「えっ?あ、いつも着けてるから、その、どうなのかなって…」
明らかに反応がおかしかったクラウディアを見て、聞いた本人であるリリィが焦りだした。
(いけない、過剰に反応してしまったわ…)
「いや、これは、そういうのとは違うけど、大切な物なの……」
なんとか微笑んでそう返事をすると、リリィはほっと安堵したため息をついた。
「へぇ…そうなんだ!とっても素敵ね!ディアナによく似合ってる。」
「ありがとう、リリィ。」
「…ちょっと服には合ってないけどね。」
「レベッカ!いらないことを言わないのっ!」
直球なレベッカと、それを窘めるローラに思わず笑ってしまう。
「ディアナに似合ってるのはわかる。」
「ふふっありがとうレベッカ。」
「もう!素直じゃないんだから!じゃあディアナ、また明日ね!」
「私も帰るわ。ディアナ本当にありがとう。また明日。」
「また明日。」
「えぇ、また明日!」
三人を見送り自室に戻る。クラウディアはひと息つき、耳飾りをはずした。
確かにこの耳飾りは、服装には似合わない高価なものだ。瑠璃色の石が、光を反射し綺麗に輝いている。
しかし服装には合わないとわかっていても、どうしても身につけてしまうのだ。
「フィンリー様……」
何か反応がないか、毎日期待して、毎日落胆する。
フィンリーのことを考えない日は、これまで一度だってない。
――『緊急時にのみ連絡が取れるよう魔力を込めていたんだ。』
あれは一度きりしか発動しないのだろうか。
――『君が本当に私を必要としてくれた時に、反応するように。』
それとも、クラウディアがフィンリーを本当に必要としていないというのか。
――『本気出せばそれも出来るけど』
クラウディアの居場所がわかるというのは嘘だったのか。それとも本気を出す価値が無いだけなのか。
(……こんなこと、考えても仕方ないわよね…)
クラウディアは、埋まらない胸の穴に無理やり蓋をするように、耳飾りを入れた箱をそっと閉じた。