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16.準娼館3

読んでいただきありがとうございます。

ブックマークをしてくださっている方、本当にありがとうございます!

 さっそく教えてもらった洗濯は、クラウディアの性に合っていたようで、その日のうちに出来るようになった。


 栓をした樽に服と水や洗剤を入れ、魔法で掻き回す。そして水を入れ替え、また掻き回して洗剤をすすぐ。それを2回程繰り返し、今度は籠に移し、籠を風魔法で高速で回転させ脱水する。

 水滴が落ちなくなった服を、一枚ずつ風魔法でシワを伸ばしながら干していく。

 魔法と手作業が混じった一連の作業がクラウディアにとっておもしろかった。そのうちどう効率よく済ますかを考えていき、自分の魔法の精度の高さも利用し、一週間もすればどんどんと洗濯の時間が短縮され、仕上がりも良くなって行った。


「へぇ、たいしたもんだねぇ…」


 これにはマーシャも感心していた。クラウディアの真面目な性格と勤勉さも手伝い、掃除も、食器洗いも、教えてもらえば難なくこなすことが出来た。


「本当にディアナは貴族のご令嬢だったのかい?」


 覚えの早さとあまりの手際の良さに、クラウディアが貴族だったことを一瞬疑ったマーシャだったが、クラウディアの品の良い立ち振る舞いを見て、それはないと思い直した。


「いや、うん、疑いようはないね……」

「ふふっ知らなかったことを覚えるのは楽しいですよ。」


 教えた時の反応から、クラウディアが初めて家事に触れたことは間違いない。それなのにすぐに吸収し、どんどんと自分のものにしている。クラウディアの能力の高さがとんでもないとわかったマーシャだった。

 なぜこんなにも優秀なご令嬢がこんなところに…と何度も思ったマーシャだが、『ディアナ』が自分から話さない以上、詳しく聞くのは避けているのだった。


 ひと通りの家事が出来ても、やはり料理は奥が深く、簡単にはうまくならない。魔法で出来ることも火加減調節や、ものをかき混ぜる程度。その火加減も、どの料理にどの火加減が合うのかを知っていないと美味しいものは出来上がらない。もちろん味付けも。

 包丁の扱いもすぐに慣れるはずもなく、何か作れるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 それでも、クラウディアは家事の中で料理が一番好きだった。マーシャやガルドがいろいろな美味しいものを作り出していく様を間近で見て、それを手伝うことは楽しい。試行錯誤して、魔法を作り出す過程に少し似ていた。早く自分も作れるようになりたいと、空いた時間には仕込みも兼ねて練習をしていた。


 そして、以前首飾りを売って得たお金から、シエールに住まわせてもらう分の家賃として毎月少し納めさせてもらうことにした。マーシャからは断られたが、自分が一文無しだったならまだしも、ある程度お金を持っている身として、タダで部屋を借りるのは気が引けた。クラウディアが頑なに払うと言ったためマーシャが折れたが、それでも相場よりも少ない金額で押し切られた。


「お手伝いとして雇うことにしたんだから、むしろこっちが払わないといけないのに…」


 マーシャはこう言ってくれるが、まだ手伝いの戦力としては無いに等しいどころか、教わる時間を割いてもらっている分マイナスだ。

 それなのに心苦しそうにするマーシャを見て、クラウディアが一人で家事を全てこなせるようになったらお給料をいただくということで落ち着いた。


 新しい服や靴も購入し、この町で出歩いても不自然ではなくなった。買い出しに行くこともあり、初めはドキドキしたものの、慣れると町の人と話せることもあり楽しいものだった。



 ヴィレイユでの生活は、クラウディアにとって何もかもが新しく、色鮮やかだった。







 そうしてあっという間にひと月経ち、家事に追われていたクラウディアだったが、シエールの仕込みの手伝いや開店前の準備はしたことがあるものの、芸妓の仕事を一度も見ていないことに気づいた。

 相変わらず顔を合わせれば声をかけてくれる三人だったが、どのような仕事をしているのか見てみたかった。ひと月過ごし、『準娼館』というこの店にも抵抗が無くなってきていたのも大きい。

 気になるとすぐにでも見てみたくなったクラウディアは、さっそくマーシャに相談してみることにした。


「マーシャさん、あの…シエールの、芸妓さんたちのお仕事を、一度見てみたいのですが…」

「えっ!?ついに興味が出てきたのかいっ?」


 クラウディアの相談に、マーシャは明らかに顔をほころばせた。


「えっと、…はい。ここに住まわせていただいているのに、そういえば一度もお仕事を拝見させていただいたことがなかったので…」

「ディアナからそう言って貰えて嬉しいよ!あたし達の仕事を知ってもらえるのは!楽しいもんだよ。今日にでもゆっくり見てみるといいよ。」

「あの、ですがただ座って見るのは心苦しいので……」


 クラウディアの言わんとしていることがわかったようで、マーシャは頷いた。


「あぁ、じゃあ、ちょうどいい。ホールに入りながら見るといいよ。」

「はい!ありがとうございます。」


 すんなりと見学が承諾され、クラウディアは少し緊張しつつもわくわくした気分だった。



 昼過ぎになり、店の準備をしていると、出勤してきたリリィがホールにいるクラウディアを見て驚く。


「あれっ?ディアナ今日こっち入るの?」

「はい…あ、うん。見学させてもらおうと思って。」

「えー!いいと思う!張り切っちゃうっ!」


 リリィは元気よく自分の準備をしに行った。シエールで暮らすようになってから、芸妓の三人とはよく会話をしている。会話をするのは主にリリィかローラの二人だが。その会話でクラウディアが無意識に敬語を使っていたところ、敬語はなしで話してほしいと三人に言われたため、今は敬語なしで話している。まだ慣れないが、以前よりぐっと距離が近づき、クラウディアは嬉しかった。

 すぐにローラやレベッカも来て、準備を始めていた。店には美味しそうな匂いが広がっている。クラウディアも食器や客への対応の仕方などの確認をしているうち、シエールの開店時間になった。


「マーシャさん!今日も腹減ったよ!」

「いらっしゃい!いつもの用意してるよ!」


 陽気な声と共に、店内がいっきに賑やかになった。開店して間もない時間にもかかわらず、次々と客が訪れる。


「リリィちゃんの歌、今日も楽しみにしてきたよ。」

「えへへ、ありがとう!あとで歌うから聴いてね!」

「とりあえず先に飯くれ!」

「はーい、注文とるよー!」


 流れるように料理の注文がなされていった。


「ローラさんの舞はすごいんだぜ!」

「今日は絶対レベッカちゃんに勝つ!!」


 それぞれ目当ての芸妓と話しながら食事や酒を楽しんでいた。


「あれ、新しい子だな!マーシャさん、新しい子入れたの?」


 クラウディアに気づいた客が、マーシャに尋ねていた。


「そうそう!ちょっと前からウチに居てね。店の手伝いは初めてだよ。ディアナってんだ!」

「ディ、ディアナと申します。よろしくあり、お願いいたします。」

「へぇー!綺麗な子だ!芸妓さんじゃないのかい?」

「え、えっと…」

「サムさん。ディアナはホールの手伝い。ちょっかいかけてないで、私と勝負しよう。」

「おっ!いいねぇ!今日こそ勝つ!!」


 クラウディアは初めて声を掛けられどうしたら良いかわからず戸惑っていたが、横からレベッカが客に声をかけ助けられた。人見知りなところがあるレベッカだが、仕事となると振る舞い方を心得ていて、さすがだった。


「チェックメイト。」

「あぁぁー!また負けたよ!」

「サムさん惨敗!次!俺な!」


 レベッカは恐ろしく強かった。レベッカの席が盛り上がりだし、これから順番にレベッカとチェスの勝負をするようだ。




「シエールは酒も飯もうまいわぁ。リリィちゃん、歌ってくれ〜。」

「じゃあ手拍子してねっ!」


 リリィがさっと立ち上がり、この国の民謡を歌い出した。とても綺麗な透き通った歌声で、ただの民謡なのに、最近の流行りの曲かのように新鮮に聞こえた。


「いやぁー!うまいわ!」

「えっお酒が?」

「ははっ違う!リリィちゃんの歌に決まってんだろ!」

「えへ!ありがと。ご飯終わったらあっちの部屋でもっとしっかり歌うね!」

「それを楽しみに今日の仕事を頑張ったんだよ〜」

「あはははっ!」




 ローラは先程リリィが民謡を歌うのに合わせて軽く踊っていた。軽く踊っているだけだったが、見ている人を惹き付ける魅力があった。


「音楽が聞こえると身体が動いちゃうのよね。」

「さすがローラさん!」

「ふふっ、食事が落ち着いたら本気の舞を見てくれるかしら?」

「もちろん!そのために来たんです!」




 客が食事を楽しんでいる間は、リリィやローラは軽い披露で終わるようだ。お腹が満たされお酒などを飲みながら、それぞれの部屋へ移り、本格的な歌や舞を見てもらうのだそう。レベッカは、タイミングは特に関係なく、いつでも楽しんでいるようだ。


 一組目の客たちの食事が落ち着いた頃、リリィとローラはそれぞれの部屋に客と共に移動した。ホールも同時に落ち着くので、こっそり両方の部屋を見に行ったクラウディアだが、二人の上手さに驚愕した。

 リリィの本気の歌は、身体全体に響き、心を揺さぶられるようだった。高めの、どちらかというと幼い声のはずなのに、何故かすとんと入ってくるのだ。

 ローラの舞は、目が離せない。ひとつひとつの動きがとにかく美しく、どうやったらこのように踊ることが出来るのか不思議だ。クラウディアも、社交でのダンスはよく踊っていたし、それなりに上手かったはずだが、ローラの舞は、型はバラバラでもうまく繋がっており、踊っているだけなのに物語を観ているようだった。


(……これは、通うわね。何度でも聴きたくなるし、何度でも観たいわ。)


 そして、レベッカとは何度でも勝負したい。食事も美味しいし、本当に魅力的な店だとクラウディアは思った。




 □□□




「ふぅー、今日も忙しかったね!ディアナ!ホールの方の手伝いありがとね!…どうだった?」


 最後の客を見送り、マーシャがうずうずしながらも少し緊張した様子で尋ねてきた。

 ひと言で言うと、「とても良かった」だ。来る客も店員も、もちろん芸妓たちも皆楽しそうだった。


 そして何より、芸妓の三人がすごかった。


 まずそれぞれの技術の高さに感動した。そして自分の得意なことを活かし、たくさんの客を楽しませている姿はクラウディアの目には輝いて見えた。


「あの……とても、とても良かったです。皆さん楽しそうで、いきいきとしてて……とても、素敵な空間でした。」


 クラウディアが心からそう言うと、マーシャはほっと肩の力を抜いた。


「そっか!よかった。ディアナも、そのうち芸妓として働いて欲しいもんだね。今日のお客さんもディアナと話したそうだったし。いつか芸妓として働くのはどうだい?」

「私の話でも、楽しんでくださる方がいるのであれば…いつかはしてみたいです。」


 これは、社交辞令ではなくクラウディアの本心だった。自分の知識を活かして人を楽しませることが出来るのならとても嬉しい。


「今の三人のように特技はありませんが…」

「いやいや、ディアナの社会情勢に詳しい話は、商人たちは興味あるだろうし、魔法に関する話なら皆が聞きたいだろうよ!あたしも魔法の使い方は気になるところだし。」


 マーシャには、家事を教えてもらいながらいろいろな話をしていた。

 家事で魔法を使ったのは初めてだったが、魔法の技術には自信があり、使い方や合わせ方、効率良い魔法の繰り出し方などを勉強し練習してきていたことや、貴族だったので、社会情勢は頭に入れており、物の流通にはある程度詳しいことなど。

 そのどちらにもマーシャはたいそう感心していた。


『すごいねぇ、ディアナ。その知識は一種の特技だよ。』


 そう言ってクラウディアのことを褒めてくれていたのだ。



「ディアナの得意分野で、人を集めるんだ。わくわくしないかい?」

「得意分野…」


 自分が学んできたこと、努力してきたことが仕事として活かせるかもしれない。


 ――これまでやってきた事が認めてもらえるかもしれない。


 正直、今はまだ自分が芸妓として接客している姿は想像がつかない。だけど、クラウディアのことを、ただの店員やお手伝いの一人ではなく、『ディアナ』を必要としてくれる人がいるならば、いつかは。


「…これから、時々シエールのホールのお手伝いもしたいです。」

「あぁ、それは構わないよ。むしろ助かるね。」


 クラウディアの迷いつつも前向きな表情を、マーシャは優しく見守っていた。



「ま!とりあえず先のことは、料理を作れるようになってからだね!」

「……明日からも頑張ります!」

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