14.準娼館1
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「じ、準、娼館…?」
なにやらよくわからないが、『娼館』という言葉にドキッとした。娼館は、女性が身体を売る店だ。
これまで貴族の令嬢として生きてきたクラウディアにとっては全く縁のないところで、少なからずどころかかなり抵抗がある。
「そ、それは…、か、身体を売る、という事ですか…?」
さすがに、娼館では働けない。
しかし青ざめるクラウディアを見てマーシャは豪快に笑う。
「あははっ!うちは『準』娼館だからね。身体は売らないよ。」
「え…?」
クラウディアにはマーシャの言っている意味がよく理解出来なかった。『娼館』なのに身体は売らない?
「あぁ、そうか。準娼館はヴィレイユくらいにしかないかもね。」
全く理解していない様子のクラウディアに気づき、マーシャは説明をしてくれた。
準娼館とは、主に食べ物や飲み物を提供する店で、その店に所属する女性店員の、技術と時間を客が買う店なのだと言う。
技術とは、歌だったり、舞だったり、チェスなどの勝負ごとだったり、女性によって様々だそうだ。日によって食事や酒の席で話し相手をするだけのこともあるそう。
そして、客は気に入った女性を指名することも出来るという。『女性』の芸や時間を『買う』から、『娼館』という名前がついているそう。しかし、床に入ることはないので、『準』がつけられている。マーシャは、明確に『娼婦』と区別をつけるため、女性店員のことを『芸妓』と呼んでいるのだと教えてくれた。
「そ、そうなのですね…」
身体を売らないと聞き少し安心するが、初めて聞く店の形態にクラウディアは戸惑いを隠せない。つまりどのようなところなのか、はっきり言ってよくわかっていない。
クラウディアが何も言えないまま歩いていると、マーシャが足を止めた。
「ほら、着いたよ。」
紹介されたのは、なんとも小綺麗な屋敷だった。貴族の屋敷と比べてしまえば小さいものだが、ヴィレイユにおいては大きい建物だ。王都にある格式高いレストランにも少し似ている。庭もあり、薔薇の生垣で外から目隠しされている。非常に整った清潔感のある空間だった。
「ここが…お店?」
「そうだよ。あたしの家でもある。」
入口には、『シエール』と書いてある看板がかけてある。この店の名前だろう。
「主に1階が店で、2階に住めるようになってる。まぁ、厨房も風呂も1階だし、たいてい1階にいるんだけどね。2階はほぼ寝るだけさ。」
促されて中に入ると、床はピカピカに磨かれているが木製だった。そのせいか、外見に比べ、内装は温かな雰囲気があり親しみやすい。
カウンターもあれば、テーブル席もあり、寛げるソファも置いてある。どこに座っても飲食が出来るように整えられていた。そして奥には別室もいくつかあるようだ。
「とりあえず、着替えを用意するから着替えておいで。」
マーシャが「これでいいか」とテキパキと着替えを見繕ってくれた。
「風呂は?どうする?」
「いえっ!そこまでお気遣いいただかなくて結構です。」
「そうかい?じゃあ、そこの部屋で着替えてきな。」
「ありがとうございます…」
服を受け取ると、マーシャにじっと見つめられた。
「…?」
クラウディアが思わず見つめ返すと、マーシャが少し迷った後に口を開く。
「……一人で着替えられるかい?」
「!!だ、大丈夫ですっ!」
普段はメイドに手伝って貰うことが確かに多いが、正装でもない簡易的なこのドレスはクラウディア一人でも簡単に脱げる。
気を遣ってくれたというのはわかっているが、自分で脱ぎ着をすることが当たり前であろうマーシャから言われると、なんだか子ども扱いされたようで急に恥ずかしくなり、クラウディアはそそくさと奥の部屋に入った。
その服はここに来るまですれ違った人達が着ていたものと同じような服で、平民には一般的なものだったが、街で見かけたものに比べ、なんとなくお洒落に見えた。
着替えていると、先程通ったホールから美味しそうな匂いがしてきた。その匂いを嗅いで、クラウディアは初めて自分がお腹がすいていたことに気づく。
着替えを終えて部屋を出ると、マーシャがスープを用意して待ってくれていた。
「あら、案外似合ってるね。まだ午前中だし、お客さんは来ないよ。うちは夕方からの営業だしね。だから安心してゆっくりしな。」
戸惑いつつも、促されて椅子に座る。
「はい。紅茶にしようかと思ったけど、空きっ腹にはスープの方がいいだろ?作り置きのもので悪いけど。いろいろ考えるのは置いておいて、今は休みな。」
マーシャが目の前にスープをことりと置いてくれた。実際お腹は空いており、正直匂いがした時からスープの口になっていた。断る理由もないため、クラウディアはぎこちなく「いただきます」と、ひと言挨拶しありがたくスープを口に含む。
「…おいしい…」
温かいスープを飲みほっとする。野菜の旨味が出ておりとても美味しかった。その温かさで、自分の体温が氷が溶けたように戻っていくような感覚がした。
「よかった!ディアナはいいとこのお嬢様っぽいから口に合うかわからなかったけどね。」
「…そう、見えますか?」
「うん、見える。実際違いないだろ?」
ぼかしたクラウディアの返答だったが、はっきりとマーシャは言い切った。その自信満々な言い切り方になんだか可笑しくなってしまった。
正直に素性を言うのは躊躇いがあるが、貴族だったという事実を下手に誤魔化す必要は無い、と肩の力が抜けた。
「…えぇ。私は貴族の娘です。」
……いや、もう貴族とは言えない。言ったものの、追求されたらどうしようかクラウディアが少し迷っていると、
「そっか。やっぱりね!」
(…え、それだけ?)
明らかに訳ありだらけなクラウディアに対して、マーシャは深く聞いては来なかった。興味が無いのか、優しさなのか。おそらく、後者だろう。「無理して言わなくていいよ」なんて言葉にせずに、話を終わらせてくれたのだと思う。
そんな優しさを感じ、クラウディアは、マーシャになら、もう少し詳しく話してもいいのではないかと思った。
すると、なんとなくクラウディアの髪に目をとめたマーシャが少し目を見張る。
「あんた、綺麗な髪の毛だねぇ!艶々だ。長いと手入れも大変だろうに、切ることは考えないのかい??」
「…切る、のは…嫌なんです。あ、ずっと伸ばし続けるつもりはないのですが、短くするのは抵抗があって…」
クラウディアは自身の髪にそっと触れる。この髪を褒められるのは嬉しい。
「へぇ…長い髪に思い入れがあるのかい?」
「!」
マーシャが穏やかな笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「…それは…」
―――フィンリーが綺麗な髪だと言ってくれたから。
そう笑顔でマーシャに答えようと思ったのに、フィンリーのことを思い出すと、途端に昨夜の後悔が押し寄せてきた。
「………っ、何の、役にも立たなかったのです…」
押し寄せた後悔が、言葉と涙と共に溢れてくる。
「えっ?」
マーシャには何を言われているかわからないだろう。いきなり泣き出したクラウディアを見て驚いている。しかし一度口に出すと止まらない。
「これまで、頑張って勉強してきた知識や技術が、全て無駄だったのです…っ!大切なものが、何一つ守れなかった…!!」
「………何があったんだい?」
クラウディアはグラスから水が溢れてくるように話し出す。
貴族令嬢として不自由なく暮らしていたが、自分では何も守れず、両親も家も全て失ってしまったこと、気づけばここに居たこと、大切な人とも別れてしまい本当は死んでしまいたかったこと、しかし思い直しこれからはここで一人で暮らしていこうと考えていること……。
話が突飛すぎて訳が分からないだろうに、マーシャは時々相槌をうちながら黙って聞いてくれていた。そして、気づけば手を握ってくれていた。
「…辛かったんだね…。ディアナ、話してくれてありがとう。」
マーシャは静かにお礼を言った。
辛かったことを話すことは、その当時のことを思い出さないといけないのでどうしても辛くなる。初対面のマーシャに対し、『ディアナ』が少しでもそうやって話してくれたことがマーシャにとっては嬉しかった。そして同時に、こんなに素直で綺麗で賢い若い女の子が、辛い目にあったということに心を痛めた。
おそらく、『ディアナ』は貴族の中でも高位の立場だったのだろう。もしかしたら、マーシャも知っているような家なのかもしれない。マーシャには貴族の暮らしは想像はつかないが、こういう店をやっていると、貴族との関わりは多少ある。社交界がどのようなものなのか、少しなら知識もある。不自由なく暮らしていたと言うが、きっと『ディアナ』はそのような精神的に過酷な環境でも、上手く立ち回れるだけの器量があったのだろうと想像ができる。
細い小さな身体でその重圧の中でしっかりと立つ事が出来るだけの力の持ち主は、きっと果てしない努力の末に大きな幸せを手に入れる目前だったに違いない。
それがどのような理由なのかわからないが、永遠に叶わなくなってしまったのだろう。それでも綺麗な姿勢で前を向き、一人で生きようとしている、儚い『ディアナ』を見て、マーシャはどうしても守ってあげたくなった。
おそらく『ディアナ』は本当の名前ではない。それでも、これからはこの子は『ディアナ』として生きていく決意をしたのだ。それならば、この子の『ディアナ』としての人生を自分が最初に受け入れてあげたいとマーシャは思った。
「……ここに居な。」
「え?」
「ここに住みな。もちろん働くことは今は考えなくていい。…行くところないだろう?」
「いいの、ですか…?」
マーシャはクラウディアをここに置いてくれようとしている。話した出来事だけでも聞きたいことがたくさんあるだろうに、何も聞かないでいてくれる。どうしてそんなに親切にしてくれるのか。
「どう、して…」
思わず呟いたクラウディアに、マーシャは笑顔で答える。
「あたしがそうしたいから。それだけさ。」
こうしてクラウディアは、ここシエールに住まわせてもらうことになった。
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