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12.公爵家の没落3

「…?」


 巨大な炎に思わず目を瞑ったが、いつまでも炎が近づく気配がない。




「!!」





 気づけば、クラウディアは誰かの腕の中におり、炎の渦は消えていた。




 ――――この、腕は。




「ディア。」




 ここに居るはずのない婚約者のものだった。




「よく耐えてくれた。」




 ――――本当に、来てくれた。




 突然のことに驚きつつも、しっかりとクラウディアを抱え込んでくれているその腕にほっと力が抜け、涙が溢れた。


 しかし、何故コータスに居るはずのフィンリーがここに居るのか。


「フィンリー様、どうして…っ!?」

「…転移魔法だよ。」

「転移魔法!?」


 フィンリーが口にした魔法にクラウディアは耳を疑った。


「…使えるのですか…!?」


 クラウディアも、転移魔法というものの存在は知っていた。しかしそれは、どこか現実味の無い魔法だとも思っていた。なぜなら近い距離でも大量の魔力を消費するものであるし、技術やセンスも無ければ使いこなせないため、転移魔法を使える者は現実にはいないと一般的に思われていたからだ。さらに距離が遠いとなると、それこそ空想の世界の域に達する。とても普通の人間になせる技ではない。


 しかし当の本人であるフィンリーは、ほんの少し息が切れている程度である。


「遅くなってすまない。屋敷の中に転移したらディアが居なくて探してたんだ。」


 そして、炎の渦が勝手に消えるはずもないので、おそらくフィンリーが相殺したのだろう。


 本当に、この人は、どこまで凄いのだろうか…


 あまりのフィンリーの規格外ぶりに、呆れに似たため息が出る。



「あーぁ、王子サマ、来ちまったな…」


 赤い目の男がさすがに驚きを隠せない様子で呟く。


「まさか、来るか…すげぇな……いや、勝てねぇだろコレ。」


 どうやらフィンリーの凄さは知っているようで、急に消極的な言葉を吐く。先程の炎の渦をあっさりと相殺されてしまったこともあるだろう。

 あれだけ自信満々だった男がこうもあっさりと戦意喪失すものか?とわずかに引っかかるが、フィンリーはそれほどの人だと言うことだろう。


「あー、勝てない、勝てないなぁ。お嬢サマだけならもう少しでいけたけど、王子サマまでいるのにお嬢サマだけを捕まえるなんてもう無理だわ。」


 赤い目の男が頭を抱えている。


「王子サマは傷つけられないし…」


 その口ぶりから、依頼主からはフィンリー、もしくは王族に危害を加えることは止められているようだ。

 このまま諦めてくれるのかと淡い希望を抱きかけた時、赤い目の男が顔を上げた。

 その燃えるような赤い目と、視線が合う。



「残念。やっぱお嬢サマは殺すしかないか。」



 クラウディアは背筋が凍りついた。


 この男は、何も諦めていない。

 思わず瞬きした瞬間、男が消えた。かと思うと、背後で激しい金属音が響き、振り向くと赤い目の男とフィンリーが剣を交えていた。


「!!!!」

「いやぁ、やっぱり王子サマ、強いなぁ。」

「クラウディアには触れさせない…っ」


 二人の動きに反応出来ず、クラウディアの背中を冷や汗がつたう。赤い目の男はクラウディアを殺すことに躊躇いがないのだと嫌でも感じる。


 しかし敵の動きが全くわからない。止まっていることは危険だとはわかっているが、生まれて初めて自分に向けられる殺意に体が固まり動けなかった。


「クラウディア!!防御!!」


 フィンリーの声にハッとし、急いで防御膜を張る。その瞬間クラウディアに向かってきた赤い目以外の三人を、フィンリーが剣を交えたまま風魔法をぐるりと放ち吹っ飛ばした。


(私は、何も、出来ない……っ)


 何も反応出来ない自分がもどかしい。

 しかし、実戦経験が全く無い令嬢が、先程のように敵に攻撃出来ただけでも普通なら有り得ない。クラウディアだからこそ反撃出来た訳だが、やはり訓練もしていないし経験も無いので、敵の動きに合わせ瞬時に反応することなど出来ないのだ。

 それに、もう魔力がほとんど無い。防御膜を張るだけならなんとかなるが、そこから魔法を繰り出すのはもう無理だ。


「ディアはもう何もするな!自分の身だけ守っているんだ!」


 そう叫びながらフィンリーは剣をいなし、赤い目の男を正面から蹴り飛ばす。

 男は少し呻きながらも、衝撃を上手く緩和させたのか空中でくるりと体勢を立て直し、再び地面を蹴り向かってくる。


 必死に赤い目の男の動きを目で追っていると、フィンリーから肩を強く引かれる。その瞬間、目の前をナイフが通り過ぎた。

 そしてすぐさま、フィンリーが鋭利な氷をいくつも作り出しナイフが飛んで来た方へ放つ。氷は敵のうちの一人の足や体に当たり、敵が蹲ったところを目掛けて氷柱を何本も地面に突き刺し動きを封じる。

 そうしながらも反対側ではしっかりと赤い目の男の攻撃を防御魔法で防いでいた。


 赤い目の男は舌打ちし一度離れ、氷柱の方に炎を出し溶かしにかかった。しかしフィンリーはそこに容赦なく大量の氷の粒を降らせ、あっという間に鎮火してしまった。氷の山に埋まった一人の敵は意識を失っているようだった。


(すごい…)


 フィンリーは一人で、しかもクラウディアを守りながら、四人を相手にし互角以上に闘っている。

 もちろん暗殺のプロが弱い訳が無い。フィンリーが強すぎるのだ。


 これまで余裕だった赤い目の男も、少し息を切らせている。


 フィンリーはクラウディアを氷の盾で囲み、敵の方へ剣を構え踏み出す。敵はクラウディアしか狙っていない。フィンリーだけに近づかれると、傷つけられない分敵の動きは防戦に傾き弱まる。


 分が悪いと判断した敵が距離をとった隙に、フィンリーはクラウディアの元へ戻り、魔法を繰り出す。


 風が光を纏い二人を中心に包むように広がる。


(あ、この魔法は……)


 その眩しさから、今光の中のこちらの様子は敵から見えないだろう。


「ディア。」


 フィンリーはクラウディアの頬に手を添え、しっかりと目を合わせてくれた。気付かぬうちに震えていたクラウディアは、少し落ち着きを取り戻した。


「ディア、恐いだろうが、絶対に私の傍を離れてはいけない。」

「はい。」

「……それとも……」

「…?」


 フィンリーは、何か言葉に詰まった後、一瞬躊躇うように瞳を揺らした。


「…いや、この魔法ももうじき切れる。集中しよう。」

「…はい…っ」


 風が光を纏うこの魔法は、フィンリーがかつて練習していたものだった。


 出会ったあの頃、この魔法を編み出したばかりで練習の途中だったフィンリーは、こんなにも凄い人になっているのに、クラウディアは守られてばかりだ。比べても仕方のないことではあるが、どうしても自分が情けなくなった。


 フィンリーに守られる度、安堵する反面、自分の存在が意味の無いもののように感じられた。


 敵は三人三様でクラウディアを襲ってくる。炎、刃物、飛び道具も使いいっせいに攻撃してくる。フィンリーはそれを炎で応戦し、剣で防ぎ、風で振り払い、全てに対応した。



 しかしいつまでも互角ではいられなかった。



 公爵家の暗殺を頼まれるくらいなのだ。やはり敵は相当な手練だ。

 フィンリーも異常事態に相当焦っている様で、普段ならあり得ないほど大きな魔法を連発している。このままではいくら膨大なフィンリーの魔力でも尽きてしまうだろう。ただ、転移魔法を使ってさえいなければそんなことはなかったのだろうが。

 そして見ている限り、敵の魔力はまだ余裕があるようだ。だんだんと圧されている。


「フィンリー様もうやめてください!!あなたの魔力が……っ!倒れてしまう!!私だけが狙われているのですから……っ」


 そう、クラウディアさえ出ていけばフィンリーが危険な目に合うことはないのだ。もう何の価値もない自分はもうそうした方がいいとさえ思う。なのに、


「私のことなどよりも君の方が大事だ!!!」


 フィンリーは当たり前のようにクラウディアを認めてくれる。そのことに胸が締め付けられた。



 しかしもうフィンリーも魔力の限界が近いようだ。息は乱れ、額からは汗が流れている。

 このような状態のフィンリーを見るのは初めてだった。


 全員まとめて向かってくる敵たちをフィンリーが強烈な光で遠ざける。目が眩んだ敵たちが怯み、二人が少し離れたところに着地した。


 二人?


 赤い目の男が、いない。

 気づいた時には、すぐ背後に男が迫っていた。とっさにフィンリーが反応するが、わずかに攻撃ははずれ、難なく躱された。



「クソッ…!」



 ついにフィンリーが庇いきれなかったものがクラウディアに当たり、防御膜が崩れた。


「!!」


 張り直している余裕はもう無い。フィンリーもわかっているようで、男が続けて放った炎を防ぎながら、先程より明らかに焦りの色が見える。


「逃げろクラウディア!!!!」


 このままではもう危ないと判断したフィンリーがクラウディアに叫ぶ。


「…この場ではもう守れないっ!!ここは食い止めるからとにかく遠くへ!!」


 それはつまり、クラウディアが一人で逃げるということだ。


「そんなっ…フィンリー様を置いて行けません!!」

「私はどうにでもなる!絶対にここで死にはしない!!」


 確かにここにはフィンリーを殺す気のある者はいない。それはクラウディアにもわかる。だが、


「嫌!!今の私にはフィンリー様しかいないのですっっ!!!!」


 ここで逃げると、きっと、もう会えない。


 これ以上独りになりたくなかった。それならここで死んでしまった方がいい。


「お父様もお母様もいない今、私に価値などありません……っっ!!!もうここで死――」

「馬鹿なことを言うな!!!!!!」



 聞いたこともないフィンリーの大声に肩がびくりと跳ねる。

 フィンリーを見ると瑠璃色の瞳は、口調とは裏腹に悲しみと後悔が滲んでいた。


「フィンリー様……?」

「…っ……すまない、こうなったのは私の判断ミスだ…っ。一緒に行ける程の魔力はもう無いんだ…!必ず探し出して迎えに行く!!…だから、」


 そう言ってフィンリーはクラウディアに向け手をかざす。



「待っ……!?」

「生きていて。」



 フィンリーを掴もうと手を伸ばした瞬間、光に包まれたクラウディアの視界が切り替わった。



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