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11.公爵家の没落2

「旦那様と奥様が――――――」



 護衛は、無情にも一番起こって欲しくなかった事をクラウディアに伝える。




 馬を待っている間に使っていた宿が、強盗に襲われ、二人とも犠牲になったという。体力と魔力の消費で疲労が溜まり、いつものように動けなかったのだという。



 あっけない死だった。




 聞けば、運悪くその強盗は手練だったらしく、伝達に来た護衛以外は、殺されたか動けないほどの大怪我だと言う。この護衛も怪我をしており、仲間を目の前で失い辛い思いをしながらも、こうして知らせに来てくれた。


 護衛に感謝もするべきなのだろうが、クラウディアはそんな心の余裕はなかった。



―――――お父様と、お母様が、亡くなった。



 あまりの衝撃に頭が回らない中、なんとかその護衛にロバートを屋敷の中に連れていくよう指示する。

 しかし、魔法では、止血をしただけで治癒は出来ない。すぐに医者を呼べるはずもなく、ロバートは最悪このまま息を引き取るだろう。


 足が沼に嵌ってしまったように動かない。何かを考えようとしても、ずっとぐるぐると空回ってまとまらない。


 今、クラウディアも敵と対峙しているのに、まるで自分が世界から切り取られたかのように現実味が無い。



「どうすれば、いいの、どう、すれば、いいんだっけ……」



 どうしようどうしようドウシヨウドウスレバ

 思考が暗い渦に沈みかけた時、



「とんだ()()だな。」

「!!」

「もう、俺といっしょに来れば?」



 赤い目の男がクラウディアの耳元で楽しそうに囁いた。


 その瞬間、クラウディアの意識がいっきに現実に引き戻され、同時に体がはっきりと拒否を示した。


「嫌!!!!」

「っ!」


 バチンと男を魔法で弾きとばすと、クラウディアは屋敷に駆け込み防御膜の上からさらに強めた膜を張った。これは並の攻撃では壊せない頑丈なものだ。



 扉を勢いよく閉め、ずるずると座り込む。


「お父様、お母様……っ」


 屋敷の襲撃に、目の前での執事の負傷、加えて両親の訃報。次々と衝撃的なことが起こり、思考と感情が追いつかない。

 見開いた両目からは涙が流れ、浅い呼吸が繰り返される。体は熱いが、極寒の地にいるかのように震えている。


「なんで、どうしてっ、こんな………っ」



『とんだ()()だな。』



 頭の中で先程の男の声が反響する。


(偶然…)


 偶然、馬車が壊れた。

 偶然、馬が怪我をした。

 偶然、宿に行くことになった。

 偶然、その宿が強盗に襲われた。

 偶然、誰もが疲れていた。

 偶然、その強盗が手練だった。


(そんな、ことって…)


 運が無かったと言われてしまえばそうかもしれない。

 しかし、現在、この屋敷も同時に襲われているのだ。

 こんなことが偶然同時に起こるとは思えない。




―――この、全てが、仕組まれていたことだとしたら。



 そう気づいた瞬間、背中に悪寒が走った。


 同時にクラウディアの思考が動き出す。


 そうだ。両親二人の命は狙われていたという情報があったのだ。

 それなのに、敵は二人がいないことを知っていた上でこの屋敷を襲った。

 そして『この家を潰す』と言われ、ロバートが狙われた。


 しかし、クロードとメリッサが居れば、ウォルトン家は問題なく存続する。言い方は悪いが、ロバートが居なくても。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ロバートが狙われたということだ。


 敵は、クロードとメリッサが殺される前提でこの屋敷に来たのだ。


 そして強盗は、ただの強盗なんかではなく、確実に殺すつもりで手練の暗殺者を送り込まれたのではないか。

 そもそも、両親の疲れが溜まっていたのは、ここ最近の、度重なる問題勃発のせいだ。それすらも、計画の一部だったのか。




 考えれば考える程、辻褄が合うことに吐き気がした。



 アーガンは、初めから嫌がらせなどという生温いものではなく、本気でこの家を潰そうと動いていたのだ。


(なんでっ!!もっと早く対応していなかったの…!)


 正確には、対応はしていた。少なくとも我が家を貶めたいという裏の意図は読んでいたし、調べもしていた。それなのに、主犯の見当までついても捕まえられず対抗も出来なかったことに後悔が渦を巻く。

 結局は相手の思うがままに動いてしまったのだ。しかし、領民を放っておくことは出来ない。例え気づいていたとしても、動かないという選択肢は無かったのだ。領民のために迅速に事態の収束に動いていたクロードとメリッサは正しかった。相手がそれを見越して一枚上手だったということだ。


 でも、




 ―――あぁ、もう、ウォルトン公爵家は没落するんだ。





 絶望が、クラウディアに重くのしかかる。




「フィンリー様……」


 その重さに耐えられず、気づけば思わず遠い地にいる婚約者の名前を呼んでいた。

 

 この声が届くはずなどないのに。


 あぁ、フィンリーが帰って来たらどのように話をしたら良いのだろう。

 いや、もう一度会うことも叶わないのかもしれない。自分はここで死ぬかもしれないのだ。

 …そして、結婚は、生き延びたとしても、当然出来るはずもない。


 幸せな未来は、もう来ないのだ。



「フィンリー様…っ」












『クラウディア…?』




「え」


 空耳だろうか?絶望というのは、人に幻聴まで聞こえさせるのか。


『ディア、何があった?』


 しかし確かに、フィンリーの声が聞こえる。


「フィンリー様…?」


 おそるおそる空中に呼びかけると、やはり確かに返事があった。


『うん、そうだよ。』

「フィンリー様っ!何が、起こって……?」

『君に贈った耳飾りに、緊急時にのみ連絡が取れるよう魔力を込めていたんだ。…君が本当に私を必要としてくれた時に、反応するように。』


(耳飾りに、そんな仕掛けが…)


 確かに、贈ってくれた時に、何かしら仕掛けがあるように言っていたが、このことだったのか。


『………何が、あった?』


 優しく、慎重に問いかけてくれる声に、涙が溢れた。


「屋敷が、襲われてっ、それで……、お父様とお母様が………っ」


 何度も言葉につまりながら、フィンリーに今起こっていることを全て話した。




『…っ酷すぎるっ……今すぐ、傍へ行く!』

「え!?不可能です…っ!!」


 出来ることならそうして欲しいが、今フィンリーがいるコータスからここまでは相当離れている。馬で急いで帰ってくるにも2日はかかる。


『ディアが危険な目にあっているのにここでじっとしてなんていられない!!』

「それでも……っ」

『ディアを独りに出来ない!今はウォルトンの屋敷の中だな!?』

「そうですが、しかし…っ」


 物理的に無理だと言いかけたところに、ドォンと激しい爆音が聞こえ、同時にクラウディアが屋敷に張り直した防御膜が崩れたことがわかった。


『ディア!?大丈夫か!?』

「っ、はい、今は何ともありませんが、屋敷が攻撃されています…!」

『よし、もう少しだけ耐えてくれ…!』

「はいっまた防御膜を張り………っ!!」


 防御膜をまた張り直そうとした時に、視界がぐらついた。



 思えば、クラウディアは今までにない量の魔力を使っていた。


 まず、炎の広がりを食い止めるのにけっこうな魔力を使っていたし、ロバートの止血もした。そして防御魔法も連発している。心の状態も相まって、魔力の消費もいつもより早いようだった。


「っ、こんな時に…っ!」


 魔法が使えないと、完全に終わる。そしてその時は近い。


(と、なれば…)


 助けは来ないのだし、このままではただ死ぬか、生かされたとしても、相手の良いようにされるだけだ。生きて屈辱を味わうくらいなら、死ぬ方がましだ。


(せめて、相打ちくらいには出来ないかしら…)


 あの赤い目の男だけでも、どうにか痛手を負わせられないだろうか。あの男は絶対に強いし、それも叶わないかもしれないが、何もしないまま捕まるか殺されるかするよりは良いだろう。


(よし…)


 気持ちが固まったクラウディアは再び扉を開けた。



「よぉ、遅かったじゃん。頑丈な壁になかなか苦労したよ。」


 やはりそこには赤い目の男が立っている。しかし、


「え…!?」


 男の傍らには、同じようにフードを被った者が三人いた。


「増えてる……っ」

「実は最初から一人じゃなかったけどな。屋敷の防御が硬すぎてこっちに呼んだんだよ。全く、大人しく捕まればいいんだって。」

「それは、嫌よ。」


 増えた人数に動揺しながらも、大人しく捕まるつもりなんてない。


 クラウディアは魔力を自分に纏う。先程は、動揺して何も出来なかったクラウディアだが、得意な防御魔法を様々な形に応用出来るように普段から鍛錬しているのだ。もちろんそれで攻撃も出来る。


(こんなことをする日が来るなんて…)


 ただ、それを実際に人に向けたことはない。当然、これまで必要な場面が無かったからだ。


 おそらく、これが最初で最後の経験だろう。出来れば経験したくないことの一つでもあったが、クラウディアにも譲れないことはある。


 そうしている間に、あっという間に赤い目の男がクラウディアに距離を詰める。


「ほら、簡単に捕まえ……っ!?」


 クラウディアに触れようとした男が、慌てて手を引っ込める。

 男の手からは、血が滴っていた。


「なんだ…?これ…」

「一応、私はこれでも公爵令嬢として恥ずかしくない教育を受け、自己鍛錬をして来ました。実戦経験が少ないことは否めませんが、技術だけは磨かれているのです。」

「お前の、魔法…?こんなの知らない。触れただけで斬撃をくらうなんて…」


 男の疑問に、クラウディアは堂々と答える。


「そうでしょうね。私が考え、作りましたから。」


 自身でいろいろな魔法の活用方法を編み出していくフィンリーに刺激を受け、クラウディアも得意分野を生かしてどんどん研究していたのだ。


 防御膜は、張ったとしても相手に気付かれない。その膜に風魔法も混ぜ、高速で動かすことにより、触れたものに斬撃を与えることが出来る。

 しかも、それは防御膜と同じように、体に纏っている間は身の危険を感じた場合にのみ発動する。

 ここまで精度を上げるために随分と時間がかかった。時間がかかって完成した割に、使うことがないので当時はがっかりしたものだ。だが実際に使う場面になってみると、一生使えなくて良かったのにと思う。


「ちっ…すげぇな。これじゃ触れねぇ。」


 ただ、この魔法は魔力を消費する。あまり長く使いたくはない。

 クラウディアは地面を蹴り男たちに近づく。そのまま突っ込んだが、避けられてしまった。

 避けられることは想定内なので、そのまま防御膜を風で勢いよく拡散させる。


「うわっ…!」


 その防御膜の破片で敵たちにいくつかの斬撃を与えることが出来た。

 さすがに敵たちは驚き、クラウディアから距離を取った。

 クラウディアからは滝のような汗が流れているが、まだもう少し踏ん張れそうだ。


「さすがだな、冷静になると結構強いんだな。」


 赤い目の男が少し引き攣った顔で呟いた。

 すると傍らにいる別の男がぼそりと言う。


「…ならば、遠距離から狙うまでだ。これで死んでも文句は言うなよ。」

「えー、殺しちゃうの?」

「お前の要望より依頼が優先だ。」

「…ま、そうだな。」


 赤い目の男はあっさり頷くと、他の仲間と共に巨大な炎の渦を作り出した。


 それを見た瞬間、


 ―――あ、もう、駄目だ。


 と思った。あれほど巨大な炎を防ぐ力は残っていない。

 結局、大して反撃も出来なかった。最後まで悔いの残る人生だったなと、冷静に思う。


(そういえば、もう日付は変わってるわよね…)




「ばいばい、お嬢サマ。」


 炎の渦が、クラウディア目掛けて飛んできた。








 今日は、クラウディアの17歳の誕生日だった。

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